14.(過去)王子は愚王に成り果てた
元婚約者回なので、いわゆる胸クソ回です。嫌な方は流しちゃって下さい
グレイ・ディレシアスには恐れる者がいる。
一人はティア・ディレシアス。
グレイの妻にして王妃だ。
出会ったのは二十年以上前のことだった。
グレイの侍女としてダンゼス伯爵から紹介を受けた少女は、可憐でふわりと揺れる赤髪に、幼さを残した美しい少女だった。
柔らかな身体でグレイにそっと触れてくる妖艶さと幼さがチグハグで、一気に惹かれた。
定められた婚約者がいる立場でありながら、どうにかして彼女と一緒になりたかったほどに、ティアに溺れた。
婚約者だったローズマリーは、グレイに対し口煩かった。
甘い言葉を投げかけるどころか、いつもグレイを諫めていた。
王となるべき者がそのように振る舞ってはなりません。
今は勉学に努める時期です。
まるで家庭教師のような婚約者がグレイには煩わしかった。
あの美しかった顔に翡翠色の瞳でグレイを見つめ、睦言でも囁いてくれていれば違っただろうが、ローズマリーを思い出すといつもしかめっ面してグレイに注意していた。
婚約者という立場で表に出る以外、グレイはローズマリーの元に通うことはなかった。
王宮で彼女が暮らし始めても変わることなく、むしろ常に侍女として側仕えしていたティアと接している時間を長く持っていた。
次第に関係は噂となって周知されていく。
慌てたローズマリーがティアを脅してきたと、誰かが教えてくれた。
ティアに手を出すなと忠告すれば、あの翡翠の目が侮蔑するようにグレイを見て不快さが増した。
ローズマリーの父親にしても不愉快だった。
そもそも幼少の頃に婚約者を決められたことも腹立たしい。
グレイはグレイの意思でもって結婚する相手を選びたくなった。
父である王にも叱られたが、拒否されればされるほどグレイのティアへの執着は増していった。
その頃、ティアがグレイに教えてくれた。
『ローズマリー様が私を殺そうとしてきたのです』
涙を零し、震えながら教えてくれたティアの言葉にグレイは激昂した。
側にいたティアの父、ダンゼス伯爵から証拠を集め、ローズマリーとの婚約を解消すべきだと助言され、グレイは素直に頷いた。
あとはダンゼス伯爵に一任した。
彼はとても良くしてくれた。
ローズマリーがティアを殺めようとして使用した毒入りの茶葉と、毒針の刺さったドレスを手に入れたという。
そして、ローズマリーの父、ユベール侯爵の不祥事も揃えて断罪しようと勧めてくれた。
グレイは顔がニヤけるのを止められなかった。
これで口煩い侯爵も、鼻持ちならない婚約者も一掃できる。
可愛いティアとの婚約が進められる。
グレイは執事に対し、ローズマリーを呼び出すよう書面を書かせた。
結果、事態はグレイが想像する以上の結果をもたらし終息した。
追い出そうと考えていたローズマリーは処刑された。
まさかそこまで罪が重かったとはな。
その程度の感想しか浮かばなかった。
長く側にいた婚約者が絞首刑にあう姿は多少胸が痛む思いもしたが、それよりも処刑が恐ろしいと泣くティアを抱き寄せることの方が優先度が高かった。
ローズマリーの無実を叫ぶユベール一族並びにユベール侯爵の派閥は、ダンゼス伯爵が知らぬうちに処罰をしてくれていた。
何て頼りになる義父だろう。
グレイはティアの夫となることと同時に、王になっても安心出来る家臣を持てて誇らしかった。
ローズマリーの処刑後間も無くして華々しい結婚式を挙げた。
その華麗な日は後世にも残されるようにと、絵物語として書き記してもらった。
思えばグレイにとって、人生で最も楽しかった時代はそこで終息していたのかもしれない。
王太子妃となったティアは、侍女の頃には全く見せることが無かった贅の限りを尽くし出した。
彼女の部屋には常に新しいドレスや宝石が贈られるようになる。
ユベール侯爵の後に就任した、ダンゼス伯爵を中心とした彼の派閥が王宮内で目立つようになった。
諸々の役職を彼らの派閥が牛耳り、中立派並びに対立していた派閥はいっせいに姿を消した。
そのことに、父である国王から忠告された。
『ティアを妃に迎えたことで、起こるべくして起きた騒動だ。その事態の深刻さをお前は分かっているのか』と。
グレイには叱責される理由が分からなかった。
役職に就くものが変わろうと、国に大きな変化など無いではないか。
ユベールの代わりにダンゼスが立とうと、何がおかしい?
理解できていないグレイの顔に、落胆を隠せない王は『せめてローズマリーがいればまだマシだったんだろうな』と告げた。
それがグレイには余計に不快だった。
何故ティアを殺そうとしたような女が、必要だったと言うのだ。
そういえば王は、ローズマリーが断罪された時に周囲へ注意していた。
事の審議を急いて追及していないか。
真実を隠蔽されているのではないかと。
再三、中立出来る者の立場から、事の真相を見据えるよう進言をしていた。
結果、ローズマリーは処刑されているではないか。
父はローズマリーに甘かった。
息子のグレイ以上に可愛がっていたことを思い出し、やはりグレイは不快な気持ちになるだけだった。
人生が下降するのは早い。
ティアが第一子を出産して以降、共に在る時間は皆無だった。
グレイ自身もティアの元に行きたくなかった。
それは、ある書状がきっかけだった。
グレイの部屋に、誰が置いたか分からない封筒が置かれていた。
そこにはティアの真実を知ることが出来るとのメッセージに加え、時と場所が指定されていた。
十分に不審な情報ではあったが、どうしても気になったグレイは、僅かに護衛を伴って指定の場所に足を運んだ。
そこは、王都内で貴族が訪れる遊楽街であった。
グレイ自身は滅多に訪れたことがない場所の、とある宿屋の一室で時間を待った。
すると、宿屋の窓向かいに見える部屋の窓に見覚えのある女性の姿があった。
グレイの妻、ティアだった。
ティアは見知らぬ男性と顔を寄せ合いながら何かを話し、すると唇を寄せ合った。
慣れ親しんだ様子にグレイは衝撃を受けた。
王太子妃でありながらグレイ以外の男性と関係を持つ事を理解していないというのか。
それとも、グレイと結婚する前から、彼女には異性との付き合いがあったというのか。
だったら、だとしたら。
産まれた王子、リゼルは誰の子なんだ。
一度芽生えた疑念は解消されることもなく、グレイの中に存在し続けた。
可愛いと思えた我が子が可愛く感じられなくなり、常に乳母に任せるようになった。
腹いせのようにグレイ自身も遊楽街に向かい、女性と関係を持った。
せめて、自分の子であると確信が取れるように側室を娶るも、側室から子供の誕生の気配が無い。
グレイはティアを疑った。
実際、何か薬を盛られているということを護衛から聞かされたこともある。
グレイには妻が分からない。
何故愛していたのかすら、何処を愛していたのかすら思い出せなかった。
だからグレイは、ティアが恐ろしく、そして憎く、それでも離すことが出来なかった。
グレイの恐れるもう一人の人物は、レイナルド・ローズだった。
国政が崩れ始め、ダンゼス伯爵による独裁政治と揶揄された今。
王は既に引退し、グレイが王になってから、傀儡の王と嘲笑われている。
外国の言葉をご存知でない王の代わりに、諸外国との会談をお任せください。
税制に関する知識をご存知ないのであれば、私にお任せください。
そう甘言され、言われるままに仕事を放棄した結果、傀儡の王に成り果てた。
そうしたグレイを咎める視線が刺さる。
近頃王宮で見かける、かつての婚約者の弟が射殺す勢いで自分を見る。
ローズマリーと同じ瞳の色で。
まるでローズマリーに睨まれているようで、グレイは恐ろしく、どうにかしてレイナルドを王宮から引き離したかった。
しかし相反して彼は国に貢献し、親同士が対立していたはずのダンゼス伯爵にまで影響を及ぼすほどの力を持ち、中立派達の力を引き伸ばしている。
今やディレシアス国にとっての脅威は隣国ではなく、レイナルド・ローズ公爵だった。
だから恐ろしい。
いつグレイはレイナルドに殺されるか分からない。
グレイはいつも怯えていた。
その度に幼い頃から口煩かったローズマリーを思い出す。
あの時素直に彼女の言葉を聞いていれば何か変わったのだろうか。
ティアに目を向けず、彼女と共に勉学に励んでいれば、あの恐ろしい弟は自分の元で力を貸してくれたのだろうか。
グレイには分からない。
だからグレイは愚王と呼ばれるに相応しかった。
書ける予定があるか分からないので補足すると、グレイに手紙を差し向けたのはレイナルド(頭脳派の弟)で、こっそり置いたのはアルベルト(脳筋派騎士)です。