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13.婚約者にはなりたくない

 問題です。

 貴女は前世で殺されました。

 生まれ変わった貴女に、前世で貴女を殺した相手の子供がプロポーズをしてきました。

 さて、貴女は何と応えるでしょう?


「ないない」


 現実逃避している思考に私はツッコミを入れた。




 リゼル王子の迷走に付き合わされてからどれだけ時間が経過したか分からない。

 呆然としている間に王子は退室していた。

 今部屋にいるのは、私を座らせてくださったマクレーン様と、何が起きたかまだ理解し切れていない私。


 何がどう転がったのか分からないけれど、リゼル王子が私に好意を持った……らしい……

 本当に何故そうなったのかは分からない。


 恐らく刷り込み、というものだろう。


(初めて注意してきた女性だからとかかな)


 先生に憧れる生徒とか、そんな感じ?

 私の方が歳下なんだけど。





 騎士団執務室で行われた告白のような発言の後、リゼル王子は頬を真っ赤にして告げてきた。


「急なことで信じてもらえないだろうが、貴女の言葉と強い意志に惹かれた……もっと貴女を知りたいと思うのは我が儘だろうか」


「あ……有難いお話ですが、王子は婚約者をお選びになる大事な時期です」

 至極丁寧にかわそうと試みる。


「だからこそ貴女の言葉に僕は耳を傾け、貴女を知りたいと思う」

「ありがとうございます……で、でしたらどうか民のために、良い行動をなさってください!」

 少なくとも田舎娘に興味を持つような愚行はしてはならないということを伝えたい。


「僕は、もし貴女に選んで頂けたならば、きっと民を幸せに出来ると確信を持っている」


 何でそうなる。

 根拠は? 根拠は何だ。


 どうにか丁寧に誤魔化したい私の悲痛な思いを察してくれたらしいマクレーン様が仲裁に立ってくれた。


「王子。女性を困らせるものではありません」

「そうか。貴女を困らせてしまっているのか……」


 だから、その庇護欲類稀なる顔を止めて!

 今ならほんのちょっと婚約者だったグレイ王子の気持ちが分かってしまう!

 この庇護欲そそる顔は反則!


「僕の立場を私欲に囚われず、真っ直ぐ受け止めて貰えた事だけでも初めてだった。それに貴女の言葉はとても真っ直ぐで、惹かれずにいられなかった」


 いたく真面目に告白されて戸惑わない者がいるだろうか。

 しかもこの端正な顔立ちに。

 ローズマリーだってグレイ王子にこんな熱視線を受けたことが無いし、私に至っては恋愛と無縁の生活をしていたのに。


(でも、無理なものは無理!王子の婚約者とか、グレイ王子とティアの子供とか、無理だから!)


 リゼル王子自身に非は全く無いけれど、無理なものは無理だ。


「申し訳ございません……」

「こちらこそ申し訳ない。けれど」


 リゼル王子が私の手を取り、手のひらに口付けた。

 まるで絵本で読んだ騎士のように。


「マリー。貴女を慕う気持ちだけは許してもらいたい」


 この王子、天然の人たらしだ。

 朦朧とした意識の中で、そんな風に思った。






「あんな王子は初めて見たよ」


 仕事も手につけられないほど精神的に弱ってしまった私に、休んでていいよと執務室のソファに座らせてくれたマクレーン様が、更にはお茶まで淹れてくれた。


「ありがとうございます……」

 弱々しい私の反応に、マクレーン様が笑った。


「私としては、とても有能な侍女殿に辞めて貰いたくないから断って貰えて嬉しかったけどね」


 国を悩ませている婚約者騒動が落ち着くよりも、騎士団の侍女の辞職を防げたことを喜んでくれるなんて。

 マクレーン様の優しさが胸に染みた。


「エディグマ嬢は王太子の婚約者という立場に興味は無いのか?」

「無いですね」


 はっきり告げる。

 前世での経験だけで充分だった。

 その経験が無ければ、憧れていたかもしれない。


「リゼル王子は、顔立ちも良いし性格も悪くないが」

「仰る通りだとは思います。けれど嫌なものは嫌なので」

「そうか。なら王子には、私からも言っておこう」

「ありがとうございます」

「構わないよ。ただ、エディグマ嬢は侍女にしておくには惜しいというのは事実だろう」


 俯いていた顔を上げると、マクレーン様が真摯な様子で私を見ていた。


「あれほど国を見据える立場の考えを持っている女性は少ない。とても素晴らしい考えを持っているのは確かだよ」


 真っ直ぐに見つめてくる眼差しに、顔が赤くなった。

 ローズマリーが覚えている頃よりもマクレーン様はずっと大人びた男性に変わっていて、記憶にあるアルベルトと、目の前にいるマクレーン様が同一人物だなんて思いづらい。

 大人の余裕を持ったマクレーン様を見ていると、ほんの少しだけ寂しい気持ちも芽生えてきた。


 一緒に過ごしていた時間が長かった分、ローズマリーが亡くなってからの知らない時間があることが何だか彼を別人にしてしまったようで。

 年上の男性に変わった幼馴染みに、寂しさと憧れのような気持ちがない交ぜになり、どう反応すれば良いのか戸惑ってしまう。


「ただ、もしリゼル王子が強硬手段に出た場合は、覚悟しておいた方がいい」


 マクレーン様の視線が鋭くなった。私は頷いた。


 王子が私を婚約者にしたいと公言されれば、立場から考えて断れるはずもない。

 リゼル王子は「マリーの気持ちを尊重したい」と言ってくれていた。

 けれどもし、王子の結婚を急かす者に気付かれでもしたら、それこそ私の意思なんて関係無く王命の元、エディグマ男爵に圧力をかけて終わってしまう。


 考えるだけで悪寒が走る。

 王太子の婚約者だなんて、あの陰謀渦巻くような世界にまた飛び込むなんて冗談じゃない。


「どうにかして王子には、諦めて頂きたいです」

 気持ちが負けそうになって、声が弱々しくなってしまう。


 マクレーン様が私の不安を感じ取ったのか、頭を優しく撫でてくれた。

 随分伸びて見上げる身長になったマクレーン様を見た。


「心配するな。なりたくないものに、無理してなる必要はないさ」


 だいぶ大人になった幼馴染みの言葉が、私だけじゃなくローズマリーにも向けられているように感じて。

 ほんの少し泣きたくなって、急いで俯いた。


「ありがとうございます……」

 ありがとう、アルベルト。



「そうだな。もし良ければこの件、私の知り合いにも相談していいか?」


 頭を撫でていた掌を腰に当て、マクレーン様は屈んで私に視線を合わせてきた。


「知り合いですか?」

「私では良い案が浮かばないんでね。頭仕事をいつも頼んでいる者がいるんだ」


 頭の良い知り合い?誰だろう。


 二十年もの空白期間に友人も出来たんだなあ、とぼんやり考えていたけれど。


「レイナルド・ローズ公爵を知っているかな」




 かつての弟の名前に、私は頭が真っ白になった。






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