12.(過去)騎士の呪縛
アルベルトが騎士団長に就任してから暫く。
アルベルトはレイナルドの事を考えていた。
共にローズマリーを助けようと誓い合ってから十年以上経った今。
レイナルドが何を考え行動しているのか、アルベルトには分からなかったからだ。
彼の姉であり、自身が忠誠を誓ったローズマリーを騙し処刑したディレシアスという国に、アルベルトは何の情も湧いていなかった。
それどころか憎む対象ですらある。
しかし、レイナルドはアルベルトに対して指示してくる内容は、いつも不可解だった。
『引き続き騎士団に所属していてくれ。いずれ力を貸してもらう時が来る』
ローズマリーが処刑され、退団を考えている時に言われた言葉。
数年後、北部領地奪還のためにアルベルトが統括していた部隊と共にレイナルドに協力した。結果功績をあげ、こうして騎士団長にまで就任した。
『リゼル王子の助けになってやってくれ。彼から信頼を得るんだ』
護衛騎士として接し、傀儡になりかけていたリゼル王子。
レイナルドに言われ、目をかけるようにした。
まだ子供で、知識を吸い込むように覚えていく王子に対し、自分の意思を持つよう指導した。
そして、国を治める者が持つべき思想を教えた。
ローズマリーが話していた思想を。
彼女を裏切った者達の子息に、彼女の考えを教える。
アルベルトにとってその行為は復讐とも言えた。
同時に、ローズマリーの本懐のようにも思えた。
彼女ならアルベルトの行為を良しとするだろうと。
結果、アルベルトはリゼル王子から信頼を得た。
リゼル王子の素直さや純粋に慕ってくる姿に、子供に罪は無いのだと割り切った。
アルベルト自身もリゼル王子に対し、情が湧いていた。
たとえ両親を殺したいほど憎んでも、リゼル王子自身に罪が無いことは事実。
だが、恐らくレイナルドはそう考えていない。
表面上では王子を擁護するように見えているが、本心は別にある。
これまで守れと告げた王子すら手駒にし、復讐を練っているのだろうと思う。
レイナルドの復讐は、アルベルトの復讐でもある。
しかし、情が湧いてしまったリゼル王子を殺せと言われたら、彼に剣を向けることが出来るのだろうか。
アルベルトの心はローズマリーに向けられている。
もし、彼女がこの場にいて「リゼル王子を殺して」と命じれば、躊躇したとしても実行したかもしれない。
(けれど彼女はそんな命令をしたりしない)
裏切られ殺された彼女が、罪の無い子供に対し、刃を向けろと命令する姿がアルベルトには想像できなかった。
幼い頃から王妃になる事を決められたローズマリー。
私情を殺し、領民を想い、時々騎士に憧れていた少女。
彼女がもし今生きていたならば何を思うだろう。
アルベルトの胸が疼くと同時に、酷い痛みが伴う。
しかし、それでも。
たとえ彼女が復讐を望まなかったとしても。
アルベルト自身は復讐を止めることが出来ない。
ローズマリーが絞首台でぶら下がる姿を見た時に生まれた仄暗い復讐の炎は、今もアルベルトの中で燻り続けている。
永遠に消えることの無い怒りの炎。
(俺は王と王妃を許さない)
ローズマリーを傷つけ、彼女を見殺した二人をアルベルトは許さない。
たとえ騎士は国を護るために存在するとしても、アルベルトの忠誠は未だローズマリーにある。
度重なる国王や臣下達から推薦される見合いの書状は全て断っている。
復讐を遂げようとする者に家族は要らない。
国王や側近は、ローズマリーに傾倒していたアルベルトに対して懸念しているのだろう。
なるべくローズマリーに情を持っていないように振る舞ってはいるが、幼少の頃から顔見知りだったことは周知の事実であることも確かだ。
引き続き騎士団に所属し、国王の信頼を得て欲しい。
王子の信頼を得て欲しいと告げたのはレイナルドだったが、アルベルトはその理由も何も知らない。
智略は幼いながら天才と呼ばれていたレイナルドに任せている。
アルベルトに出来ることといえば、ローズマリーの為に剣を捧げることぐらいだった。
彼女が護りたいと思った民を護ることは、ローズマリーに忠誠を誓うことと同義であると考えている。
国のためではなく民のために。
彼女の事を思い出し、剣を振るうしか能がないとアルベルトは思っている。
しかしレイナルドは違う。
アルベルトには、レイナルドの考えが分からない。
彼は復讐を全うするために生き長らえているように見える。
実際そうなのかもしれない。
復讐を遂げた時、レイナルドはどうなってしまうのだろう。
命を絶つのかもしれない。
(お前はどうなんだ?アルベルト)
復讐を遂げたらどうするつもりだ。
アルベルトにも分からない。
もう、十年以上も復讐することだけを考えて生きた今。
何に喜びを見出していたかすらも思い出せず。
呪縛のように生きているのは、アルベルトも同じだった。