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11.王子様の初恋は成人から

 リゼル王子と言いました?

 マクレーン様の言葉に耳を疑った。


 何故、今このような騎士団の所有地に王子がいるのだろう。

(ああ、でもよく見ればグレイ王子に似ていらっしゃるわ)


 特に王家の象徴たる青い瞳はサファイアのように煌く光を灯している。

 微かに赤みを帯びた長髪を一つに束ねている。髪の色は母親似のようだ。


「アルベルト。急な訪問申し訳ない。その、どうか匿ってもらえないだろうか」


 帽子を持つ手がギュッと力を込められる。

 困惑気味な青い瞳が訴える姿を見ると、あの母にしてこの子ありだ。

 守ってあげたいような欲求が私にも芽生えてきてしまう……!


「…………どうぞこちらへ。エディグマ嬢、お茶を頼めるか?」


 はあ、と大きな吐息をしてから、マクレーン様がリゼル王子を執務室にお連れした。

 私は言われた通りお茶をご用意するために足を急がせた。




 取ってきたポットと茶葉を手際良く用意しながらカップに紅茶を注いだ。

 給仕室には「マクレーン様のお客様用です」と告げれば、ついでにクッキーまで用意してくれた。

 誰が客とは伝えていないが、給仕室の者には素性が分かっているらしい。

 つまり、リゼル王子が訪れるのは常習ということだ。


「新しい侍女だね」


 リゼル王子が私に声をかけてきてくれた。

 慌てて姿勢を正しく深くお辞儀する。


「マリー・エディグマと申します。先程は無礼な発言、失礼致しました」

「いや、こちらこそ不審だっただろう。にもかかわらず丁寧に対応してくれた。どうもありがとう」


 礼節正しいリゼル王子の発言に、私は少し……いや、だいぶ驚いた。


(しっかりしていらっしゃるわ)


 少なくとも生前お付き合いしていたグレイ王子より全っ然まともだ。


 立場関係なく相手を見下さず、礼儀を欠かない姿勢だけで好感を抱かせる。



「それで?王子は何故こちらにいらしたのですか。貴方には城を離れないでくれと武官から散々言われているのではありませんか?」

「だからだよ。あんな窮屈な城の中にいたら息が詰まる」


 グイッと一気に紅茶を飲む様子は、少し苛々しているようだった。


(まあ、無理もないよね。あれだけ大量の婚約者狙いの侍女がいちゃあね……)


 ハイエナに食べられておいでと言っているようなものだ。


「でしたらさっさと婚約者でもお決めになられれば良いでしょう」

 執務室机に置かれた書類から視線を外さずにマクレーン様が指摘する。


「未だ独身のマクレーン卿にだけは言われたくないよ」



 クッキーを一つ手に取り王子が頬張る。

「君も一ついかが?」

 もう一つ手にして私に向けてくれたが、丁重にお断りした。


「申し訳ございません」

「真面目だね」

 無邪気に笑う。


 うーん人たらしだな。

 ティア妃の魅力は充分受け継がれたらしい。

 悪い方向に伸びないことを願いたい。


「婚約者のことは考えていないわけじゃないよ。ただ、僕は父や母のような事にはなりたくないから慎重に考えたいんだ」

「そうですね。これ以上国費を無駄にされたくはありませんから」


 王子に対し、堂々彼の両親に対し暴言を告げるマクレーン様に驚いたけれど、彼らにとってはどうやら日常的な会話らしく、問題なく続けられた。


「そうだね。今更弟や妹が生まれたなんて話になったら余計混乱をきたすし」

「だからこそ、王子に早く結婚をして頂きたいと強硬手段に及んでいるんですよ」


 マクレーン様の言う強硬手段とは、今回の侍女登用騒動のことだろう。


「父と同じ過ちを迎えろと言うのか」

 剣呑としたリゼル王子の態度から、ティア妃が侍女だった事を知っている事に気づいた。


 ローズマリーの記憶にも残っている。

 ティアが初めてローズマリーの前に現れた日のことを。


 侍女らしからぬ態度でローズマリーだった私にお辞儀をした口元は笑っていた。

 控えめな視線の先に侮蔑の感情があった。


 危険を察した時には既にグレイ王子は陥落していた。


 もう少し早く行動すれば何か変わっていたのだろうか。

 なんて考えても仕方がないこと。



「僕は父のようにはなりたくない」


 父のように侍女を気に入り婚約者にしたくないと、そう聞こえてきた。

 それには私も少し疑問が浮かび上がる。


「リゼル王子。恐れながら発言してもよろしいでしょうか」


 差し出がましいかもしれないが、かつての当事者としては、忠告しておいた方が王子のためになるのではと思い、言葉を待つ。

 彼から発言を許諾されなければ口を閉ざすつもりだ。


 王子は、厚かましくも発言してきた私に対し不快な顔もせず、不思議そうにこちらを向いた。

 むしろマクレーン様の方が驚いた様子だった。


「構わないよ」

「ありがとうございます」


 深く礼を告げてから、改めて王子を見つめた。


「リゼル王子が仰る御父上の過ちというのは、侍女の立場にある女性と懇意ある関係になることを仰るのでしょうか」


 私はそう思わない。

 グレイ王子の行動で、過ちだというならば。


「それとも、婚約者がいる立場でありながら、別の女性と懇意になったことを仰っているのでしょうか」


「……君は違うと言うのかい?」

「はい」


 グレイ王子、かつての婚約者の過ち。


 それは。



「王族という立場でありながら、自身が起こす行動がどのような結果になるか、考えもせずに行動した事が過ちであると思いました」







 ローズマリーは何度も伝えていた。


『グレイ王子。どうか考え直して下さいませ。ティア嬢と添い遂げたいのであれば、耳を傾けて下さい』

『黙れ!俺とティアの間を引き裂きたいだけだろう!』

『いいえ、そのようなことは致しません。だからどうか、話を聞いて下さい』


 彼の行動一つで、王政は大きく変動する。

 実の父の立場が綻び、保守派であったダンゼス伯爵の発言が強まるだろう。

 更には中立派との関係に亀裂が及ぶ。ユベール侯爵の発言が強い現在、婚約破棄によって均等を保っていた天秤が揺らいでしまう。

 だったら事を穏便に済まさなければならない。


『このまま続けてしまっては、私の父が黙っていません。どうか一度ダンゼス伯爵様と私の父との話し合いの場を設けさせて下さい』

『ふざけるな!その場でティアを陥れるかもしれないユベール侯爵を連れてくるなど』

『お願いします、王子。ユベールに住む民にも慈悲を与えて下さいませ!』


 政権が揺れれば、その管理された領地の影響も些細では済まない。


 グレイ王子が忌々しげにローズマリーの手を払い、足早に廊下を進む。


『グレイ王子!どうか……!』



 ローズマリーの悲痛な叫びは、彼女が亡くなっても尚、聞き届くことは無かった。







「見識あるリゼル様であれば、きっと問題ございません。どうか、私達民のためにも良き婚約者をお選び下さいませ」


 彼ならグレイ王子のような過ちは起こさないだろうと信じて笑ってみせた。


 ローズマリーの時には届かなかった願いを託すような形になってしまうけれども、リゼル王子を信じてみたいと思った。




「……………………」


 王子は、茫然と私を見ていた。


「あの、王子……?」


 不躾に言い過ぎただろうか。

 何の返事も無いので不安になってきた。

 やっぱり差し出がましかったのかもしれない。


「失礼な事を申しました。申し訳ございま……」

「マリー・エディグマ嬢」


 ようやく王子の声がしたので、ほっとして見上げたら。



 王子が真っ赤になった顔のままこちらを見ていた。


 赤らんだ顔には不釣り合いなほどに、サファイアの瞳がキラキラと輝いていた。


「あのっ。マリーと、呼んでもいい、かな……?」



 見慣れない熱視線から。

 庇護欲掻き立てられる御顔から。


 どうにも私は、あまりよろしくない発言をしたようだった。






 

やっと恋愛要素っぽいのが出てきた…!

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