これはひとつの『もしも』の話
本日、マグコミでコミカライズ連載が開始されたので、その記念にアップしました!
話としては第一章と第二章の間ですが、本編のネタバレを含みますのでご注意ください
これはひとつのもしもの話。
例えばマリー・エディグマ嬢が記憶を取り戻さなければ。
今頃ローズマリー・ユベールを愛した者による復讐劇が完結し、ディレシアス国という王国が大きな変化を遂げ、新たな歴史が生み出されていたのかもしれない。
無惨にも公開処刑となっていたであろうグレイ国王とティア王妃の姿は民衆に晒されていたはずだ。
その光景を、かつてのローズマリー令嬢であった記憶の無いマリーが目にした時、その残酷さから眉を顰めるだけで特に何も思い出すことなく故郷に帰っていたかもしれない。
その時レイナルドとアルベルトは。
恐らくローズ領にあるローズマリーの墓前で花を添えながら嬉々として復讐を遂げたことを報告していたことだろう。
では、もうひとつの例え話。
もし、ローズマリー・ユベールが偽りの罪状で処刑されたことを憎んでいたら?
己が無実の罪である事を一切聞く耳持たず罠に陥れた者達を恨んでいたら?
復讐を魂に刻み、命を落としたとして。
その憎しみを生まれ変わったマリー・エディグマが継承し、復讐のためにレイナルドとアルベルトの元に訪ねていたとしたら。
それはそれで面白いほどに、より残虐な方法で復讐を遂げていたかもしれない。
或いは多少の情けをかけ、せめて命だけは救うような罪で終わらせていたかもしれない。
お優しいローズマリー・ユベール。レイナルドの姉にして最愛の人。
彼女の事を考えない日が、言葉通りレイナルド・ローズには存在しなかった。
ディレシアス国でリゼル王子が新王となる。
その騒ぎで王城はいつもより慌ただしい。
ローズ家の紋章である薔薇の印章で飾られた馬車は人を避けながらとある場所へと向かっていた。そこは、王城から僅かに離れ寂れた場所にある砦であり、要塞であり、監獄であった。
国の重要たる罪人を保留するための刑場でもあるそこは、国裁にかけられる者であれば一度は訪れることのある場であった。
民衆の使うような場所で処罰されることがない者は、皆この離れで罪を告げられる。
レイナルドの姉、ローズマリーがそうであったように。
「…………」
賑わいていた街を離れ、次第に人の少ない路地を馬車は進んでいく。暫くすれば王都にしてみれば殺風景な景色が見えてくる。次に見えてくるのは衛兵の姿。脱走などすればすぐにでも見つかるであろうほどに厳重に警備されている。
レイナルドがこの道を通るのは今回が初めてではない。既に凡そ五回ほどは通っているだろう。それも、ここ最近は特に。
それというのも、先だってに行った国王への叛逆に際し捕縛した貴族諸侯を処罰するために召喚されているからだ。
ローズマリーの生まれ変わりであるマリー・エディグマは、その優しさからレイナルドの心を染めていた復讐という闇を打ち消した。残されたものは姉から与えられた一筋の愛情。そして、虚しいばかりの悲しみだった。
姉は既にいない。
けれど、生まれ変わった姉は側に居てくれる。それだけでレイナルドは満たされたのだ。
だが、それだけで全てが無事平穏に終わる筈が無い。
「到着致しました」
馬車が停まり、御者が声を掛ける。
レイナルドは黙って席から立ち、馬車から外に出た。殺風景で飾り一つ無い要塞のような建物。かつては戦で使われていたであろう建物が、今では罪人のために使われている。
レイナルドは複数の護衛と共に建物の中に入った。勝手知った道順を進み書斎室に足を運ぶ。
そして机の上に置かれた書類を手に取ると眺めた。
「今日はザイール子爵か」
書面に書かれた名をレイナルドは忘れた事などない。
過去調べ上げたザイール子爵の罪状に加え、彼自身が自白した内容が書面に書かれている。
そして、最後には彼に言い渡される判決も。
「……それでは取り掛かろうか」
書類を手にし、レイナルドは書斎室から離れた。
「ザイール子爵。貴方の罪状についてはディレシアス国王代理、リゼル王太子の名の下に明らかとなった。その判決に異論は無いな」
牢屋の先、縄で繋がれたザイール子爵は項垂れながら小さく頷いた。
彼の罪状に関して、レイナルドはあくまで第三者の立場で聞いていた。そして彼に下された判決は罪を考えれば当然とも言える判決でもあった。
もし、ここでレイナルドが私情を交えて判決を下していたのならば。
(その偽りばかり吐く舌を抜き、野犬にでも食わせていただろうか)
そんな恐ろしい事を考えながら、ザイール子爵に私財没収、鞭打ちの上で労役の刑を命じた。
こうして刑罰を言い渡す回数も、一体何度目だろうか。全て先日の時に捕らえた者達である。
レイナルドにしてみれば、復讐を終えた今になっては最早どうでもいい価値の無い者達だった。
それでも私怨は少なからずあるため、然るべき罪を償うよう罪状を言い渡す事は怠らない。無論、一切の情けなどかけるはずもない。
(早く終わらせて彼女の元に行きたいな)
彼女。マリー嬢。
姉の魂を受け継ぎし愛しい女性。
姉が見つめていたような優しい眼差しでレイナルドを見つめてくれる大切な人。
今のレイナルドが復讐に燃えた生き方をしないのも、ひとえに彼女の存在のお陰だった。
最近の日課となっている、仕事が終わってからマリーに会う時間こそがレイナルドにとって休息のひとときである。
今日もまた、さっさと仕事である判決を言い渡した後、来た時に乗った馬車で王都に戻る。
恐らく鞭打ちが開始されているであろうザイール子爵の事など、既にレイナルドの意識からは抹消されていた。
(もし……例えばの話)
レイナルドは行きにも考えていた例え話を帰りにも思い出す。
こうしてぼんやりと馬車に乗っている間、ふとした時に思い浮かべる仮定の話。
(もし、マリーが私の事を少しでも好いていたのなら)
そんな想像すらするほどに、彼は馬車の中で物思いにふけていた。
姉であったローズマリーが密かにアルベルトを慕っていたことをレイナルドは知っていた。
ほんの僅かにでも抱いた淡い初恋の思い出を胸に抱いていた姉の心情を、幼いながらにレイナルドは理解していた。
そんな姉の生まれ変わりであるマリーもまた、少なからずアルベルトの事を男性として意識していることをレイナルドは知っている。
だからといって喜んでマリーをアルベルトに差し出すのも全くもって面白くなく。せめて姉の魂を持つマリーには十分に幸せを感じて貰いたい。
そしてその幸せを友人でもあり戦友であるアルベルトが、マリーにしっかり与えてくれるのかレイナルドは見定めていた。
ずっと二人を見つめながら、ずっと見定めているのだ。
姉を幸せにしてくれるのか。
姉が幸せであるのか。
(でも、もしも……マリーが私を好きだったら)
アルベルトではなく、レイナルド自身に目を向けてくれていたのなら。
たとえ過去では姉弟という立場であろうとも、何のしがらみも抱かずにレイナルドはマリーを守り、慈しんだだろう。
それがローズマリーの幸せであるのなら。
ふと、それがマリーの幸せであるのかを考えるとレイナルドには分からなかった。何せマリーとローズマリー、彼女は同一にして別人でもある存在。いくら魂が引き継がれていようとも、マリーとレイナルドが血縁関係で無いように、立場も年齢も変わっているところは大きい。
(それでも彼女がアルベルトに惹かれるのは、姉様の影響なのだろうか)
レイナルドには分からない。結局、彼は姉以外の人間を愛した事など無いのだから。
「それでも」
思わず声を発していた。
「それでもマリーが私に想いを寄せていたら」
どんな未来があったのだろう。
そんな事を考えてから、ふと小さくレイナルドは笑った。こんな仮定の話から物思いに耽る時間など、以前のレイナルドには存在しなかった。
けれど今は考える余裕もあった。心にゆとりが生まれていた。
だからこそ、もしもの話を考えては遊んでいる。
そう。これは「もしも」の話。
「もしもマリーが私を好きだったら?」
レイナルドは笑う。
それはきっと誰よりも彼女を幸せにするだろうけれど。
きっと少しでも視線を変えてみれば。
誰よりも不幸な事なのかもしれない。
そんな薄暗く澱んだ感情に蓋をして。
レイナルドは遠くに見える王都を眺めた。
その先で待つ、愛しい人の笑顔を見るために。
コミカライズ本日マグコミ様で連載開始です!
磐秋ハル先生による素敵なキャラクター達が描かれていて感涙です……!
本おまけはレイナルド視点での話ですが、いつか書こうと思っているレイナルド編を匂わせているつもりです(つもりかよ)。
評価、コメントなどありがとうございます!
評価等反応を頂けるだけで嬉しいです……!