23.未来の王妃と未来の王と、その宰相と
感想、ブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます!
物語も落ち着いてきたのであと1〜2回で終了予定です。
最後までお付き合い頂ければ幸いです!
ディレシアス国を大きく揺るがした事変は、歴史書に残されるほどに大きな出来事として、世間を大きく揺るがした。
王権を腐らせていたグレイ王並びにティア王妃を実子リゼル王子が反国王派であった諸侯を率いて王位を交代させ、過去から現在まで全ての事柄を洗い出し、清算させた。
その中には故ローズマリー侯爵令嬢の処刑も含まれていた。
悪女として名が広まっていたローズマリー令嬢こそ、グレイ王やティア妃の行動を諫めていたが故に反逆罪にかけられ処罰されたと知った民衆は、悲劇の元に亡くなった彼女に涙を流した。
墓もない彼女のために慰霊碑を建てようと、新国王となるリゼルが発表し、その建造に参加したいと商人や職人が多く名乗り出た。
悪女と広められたローズマリーが、瞬く間に聖女のように扱われることに、私は。
「やりすぎです……リゼル様……」
「そうかな? このぐらいしたら、ローズ公爵やアルベルトも溜飲下がると思うよ?」
飄々と、そんな風に世間をかき立てた張本人はニコニコとしていた。
ローズマリーを代弁しなくてもわかる。
これは、やりすぎです……
王妃教育も終盤となり、リゼル様の即位の儀も近く行われる。
気付けば男爵令嬢から伯爵令嬢になっていた私との婚約発表も、即位と同時に行われることになった。
そのため私は佳境ともいえる追い込み授業や、即位時や婚約発表時の礼儀作法を徹底的に教え込まれていた。
立場が急に変わったからといって、私の態度が急に変えられる筈もなく……
へりくだってはなりません! 侍女に頭を下げてはなりません! なんて日々先生に叱られる日々。
ローズマリーの頃はその環境に慣れていたから何も問題なかったけれど。
「ついこの間まで牛の世話をしていた私が、人に傅かれるなんて慣れません」
「それもそうだね」
リゼル様に婚約発表時のダンス練習に付き合って頂きながら私は愚痴を言っていた。
「僕もついこの間まで女性が怖くて逃げ回っていたとは思えないぐらい、君のことが好きだよ」
「…………リゼル様は、私の扱いがうまくなってます……」
「それは嬉しいや」
婚約者の勉強も半年が経ち、リゼル様の傍にいる事が当たり前になってきた。
一緒に踊るダンスも慣れたもので、練習と言いながら二人にとっては息抜きの時間になっている。
リゼル様も忙しい日々を過ごされている。
即位の儀で決定することは何も王位だけではない。既に内政では決定しているけれども、宰相やその他の官僚についても正式に就任する儀式も同時に行う予定だった。
あくまでも外部に向けて行われる式典なだけであって、王政は既にリゼル様や宰相であるローズ公爵を元に動いている。
「式典が終わったらさ」
優雅に終わりの会釈を交わしながらリゼル様が語りかける。
「一度ゆっくり何処かで休もう? ずっと勉強ばかりだし、何より色々あってから休めていないだろう? 君も僕も」
「よろしいのですか?」
エスコートを促すリゼル様の腕に手を委ね、広間の入り口に二人で向かう。
「そのぐらいやらないと過労で倒れるよ。せっかく婚約者になれるんだから、少しは恋人との時間を与えるべきだ」
堂々と言い放つリゼル様が面白くて私は笑ってしまった。
実現するには難しそうだけれど、その話はとても魅力的だった。
リゼル様に想いを告げてから、あっという間の日々だった。
王子だから好きになったわけではなかった。
最初はただ、直向きな騎士の印象だった一人の青年が王子というだけで。
身分の差を考えれば離れるべきだと思った私を、それでも引き止めてくれた。
だからこそ、今私はここにいる。
そっと腕にもたれ掛かる。
「楽しみにしてますね」
「うん。楽しみにしてて」
珍しく甘えた私を見て、リゼル様は嬉しそうに応えてくれる。
不思議と、彼ならばきっと本当に実現するのだろうなと、私はその先にある楽しみに胸躍らせながら、一緒に廊下を進んで行く。
ふと廊下の先に人影が見えた。
「ローズ公爵」
正面に立つ金色の髪、相変わらず黒い服を着こなすローズ公爵が立っていた。
いつも黒色に染まっていた彼だったけれど、最近アクセントとして小さなピンや銀色のベルトなど、黒以外の装飾が目立つようになってきた。
それでも相変わらず黒の服を着ているのは、もはや黒以外を着ることに慣れないからなのかもしれない。
「既にダンスは完璧だと伺っていますが?」
「婚約者と話す唯一の時間なんだから無くさないでくれよ?」
私の腕を抱く力が強まる。
リゼル様の条件反射のようなものだった。
リゼル様は何故か、私とローズ公爵が近づくと、いつだって自分のだとばかりに私との触れ合いが強まる。
「全てのお仕事が終われば嫌でも時間は出来ますよ」
「嘘だ。次から次へと持ってくるのは公爵じゃないか」
「仕事が終わっていないだけです」
即座に手にしていた書類をリゼル様に渡された。
「一読した上で返答をお願いします。今」
「今?」
「ええ。今です」
渋々、本当に渋々といった顔で書面を読み始めた。
その間、私とローズ公爵の目が合った。
ローズ公爵が宰相の任に就いて以来、話す機会は何度かあった。
けれど彼は、最低限のことしか私と話をしない。
それで良いと私も思っている。
ふと彼の胸元を見れば、小さく隠されたハンカチを見かける度。
これで良かったんだと、私は思っている。
「読んだ! これでいい?」
「誰も感想を聞いていません。返答をしてください」
「これだけ読んで返事は出せないよ。試算書は作ってあるんでしょう? それと第三者の報告書も必要になってくる案件だよ。一歩間違えれば裁判になりそうな危険な案件を、その場で即答できるわけないじゃないか」
「そういう場合も今後発生しますから」
「恐ろしい事を言うなぁ……」
私には書面の内容まで分からないけれど、書面を読んだだけで内容を即座に理解した上で行動できるリゼル様は素晴らしいと思っている。
ただの惚気かもしれないけれど。
それでも、グレイ王の時に望んでいた光景を、今の私が見れることは念願でもあったのかもしれない。
愛おしげに見つめてしまっていただろうか。
ローズ公爵が私を眺めていた。
「な、何でしょうか?」
「いえ……」
「マリー! 一緒に執務室に行こうか」
「え? は、はい」
ローズ公爵との会話を続ける間も無く、私はリゼル様に引っ張られるようにして移動した。
「姉様によく似ていらっしゃる」
通りがけ、風のように聞こえた声は空耳だろうか。
ローズ公爵を見れば、彼もまた既に反対方向に歩き出していた。
言葉を聞き返すこともなく。
私はリゼル様と共に、執務室へと向かった。