19.転生した悪役令嬢の願いは(下)
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私はリゼル様の仰る言葉を、すぐには理解が出来なかった。
好きになってごめん。
その意味を知るには、今の私は動揺しすぎていて、ただひたすらに混乱していた。
「リゼル様……どういうこと、でしょうか……?」
頬に伝う涙をそのままに、リゼル様は俯いたままだった。酷く傷ついていらっしゃるその姿があまりにも痛々しくて。
私はその涙を拭って差し上げたかったけれど、彼から伝わる私に対する拒絶感が、その行動を制している。
初めて受ける感覚だった。
いつだって、どんな時だってリゼル様は私を受け止めて下さっていた。私自身がリゼル様に遠慮して離れるべきかと思う時でさえ、彼は私に対して常に優しい感情を向けて下さっていた。
けれど今のリゼル様は違う。
本当に、私に対して懺悔していた。
「僕は、君を好きになってはいけない」
「…………え?」
本当に分からなかった。
多分、落ち着いて考えれば導き出せた答えなのだろうけれど。
リゼル様の言葉が信じられない私は判断力すら失ってしまったらしい。
そんな私を見て、ほんの少しだけリゼル様は笑った。とても悲しそうに。
「僕は……君の過去を不幸にした者の子供だからだよ」
「……あ…………」
そうだ。
彼の、リゼル様の両親はグレイ王とティア妃。
かつてのローズマリーを陥れ、処刑に導いたその人。
「何となく、ローズ公爵への伝言を受けた時からもしかしたら、とは思っていた。ローズマリー嬢の親縁か何かかと。まさかご本人だとは思わなかったけれど。その時から、どうか勘違いであって欲しいと願っていた。でも、現実は残酷だ」
サファイアの瞳からまた涙が伝う。
「これ以上ないほど好きになった君は、僕が最も愛してはいけない人だった」
「リゼル様!」
そんなことないと、私は叫びたかった。
けれどその言葉はリゼル様の掌によって止められた。
私の口元の近くに手を伸ばして言葉を制する。触れることもない手。今まで傍にいたはずなのに、あまりにも遠い。
「父と母の罪は、僕にとっても罪だ。貴女を誰よりも幸せにしたいと思っていたけれど。僕が貴女を想えば想うほど、貴女にとって不幸でしかないことだ……」
違う。
そんなこと、ない。
私は、言葉に出来ない思いを必死で首を横に振って表した。
「優しいマリー。大好きなマリー……! 君を好きになった僕をどうか許して。君への想いだけは本当なんだ。出来ることなら君を、本当に君だけを愛したかった」
やめて。
「でも僕ではダメだ。君を幸せにする資格がない」
お願い。
「……ローズマリー嬢に対する無実の罪は必ず僕が証明し、国中に公表してみせる。こんなことぐらいしか罪滅ぼしが出来ないことを許して欲しい」
違うの。そんな言葉が欲しいのではないの。
「…………最後に一つだけ僕の我が儘を言わせて?」
リゼル様。
「僕は本当に……君が好きだったよ。マリー……」
やめて。
「やめて!」
私は無我夢中でリゼル様に抱きついた。
気付けば、私の瞳からも涙がこぼれ落ちていた。
「そんな言葉聞きたくありません!」
「マリー……!」
「私はっ……私はマリーです! ローズマリーではありません!」
「でも君は……」
「私はマリーです! 私は、私が……!」
胸が苦しい。
こんなに辛い想いを、いつもリゼル様はされていたのだろうか。
好きだと想う相手に、その想いを返せない気持ちを。
好きで溢れるばかりのこの想いを。
その苦しい想いすらも、愛しいと感じることを。
「私は、リゼル様が好きです!」
だからどうか離れないで。
いつものように、私に触れて、微笑んで。
「どうか私を、ローズマリーだからと引き離さないでください……っ」
溢れる涙を止めることもせず、私は恥も何もかも捨ててリゼル様を抱きしめながら見上げた。
このままでは、リゼル様は二度と私の前に現れない予感があったから。
今、この手を離したら。
彼の立場は王となり、私はただの令嬢となり。
もう二度と会えない存在になるのだから。
「……………………」
リゼル様の身体が動かない。
言葉も何も返されない。
不安で押し潰されそうだったその時。
「…………本当……?」
上擦った声が微かに聞こえた。
「本当に……僕、を……?」
「…………はい……」
「僕は、夢を見ているの?」
「いいえ。これは現実です。私は本当にリゼル様が好きです」
私の体にリゼル様が触れる。そっと抱き締められる。
「いいや……僕は都合のいい夢を見ているに違いないよ……こんな幸せなこと、あるはずがない」
「そんなわけありません。今抱き締めている温もりも全て、本物ですから」
力強く抱き締められる。
「マリー……マリー…………!」
喜びに震える声で名前を呼ばれる。
私は、私の想いが受け止められたことに身体中から喜びが溢れ、リゼル様を抱きしめ返した。
「君に好きだと伝えていいの? まだ君を好きだと。愛しているのだと」
「はい。どうか教えてください。私も、もう隠しません」
顔を上げれば、リゼル様が両手で頬に触れる。先ほどまで悲しみに濡れていた瞳が、今は喜びに溢れて、それでも涙を流したまま私を見つめている。
私もまた、涙でぐしゃぐしゃになった顔を見せたまま笑った。
「私もリゼル様が大好きです」
「僕も。君が、マリーが大好きだよ」
リゼル様の顔が近づいて、彼の赤い前髪が頬に触れる。
そのまま唇が私に触れる。頬に、そして唇に。
初めて交わす想う人との口付けは。
少しばかりしょっぱく濡れていた。