15.せめてもの贈り物を
私は体が震えているような気がして、体を抱きしめていた。
それを寒いと受け取ったのか、リゼル様は自身の着ていらした上着を私に掛けてくれた。
「せっかくの休みなのに、こんな話をしてごめんね」
「いえ……話してくださって嬉しいです」
「そうか…………」
リゼル様は俯き、何かを考えるとまた私を見た。
「……マリーはローズ公爵と親しいの?」
「……え?」
先ほど名前を出した過去の弟の名前に、私は心臓が跳ね上がる。
「どうして、そのような事を……」
私とレイナルドは生まれ変わってから一度たりとも会話をしたこともない。会わない方が良いのだと、一度だけ王宮侍女の時に近くで見かけた以外、レイナルドには会っていない。
リゼル様は、何処か私の中の嘘を見抜くように、綺麗なサファイアの瞳で私を見据えた。
「君が、あまりにも自然に彼の名を呼んでいたから」
「あ…………」
私は先ほどの迂闊な発言に気付き、思わず口元を手で隠した。
首謀者の名前を知る際、過去の記憶に引き摺られてレイナルドの名前を出してしまっていた。
そもそも私が急に公爵の名前を出すこともおかしいというのに、更に呼び捨てするなんて、不審に思われて当然だった。
「いえ! いえ……全く存じ上げません。私が勝手にそう、お呼びしているだけです……」
「…………」
苦しい言い訳だと思う。
けれど、リゼル様はそれ以上追求されなかった。
それが有難いと思いつつも、これから起こる粛清を思うだけで胸が痛む。
リゼル様が既に決心されたことに、私は口出すべきではないと思っていた。
王族唯一の嫡子である彼が、様々な思いを持って決められたのだと感じた。国ため、王族として果たすべき義務をリゼル様は分かっている。
「……リゼル様」
「うん?」
私は、これから先にリゼル様が経験される痛みを思い、何か言わなければと思ったけれど。
何が言えるというのだろう。
「……どうか……どうかご無事でお戻りください……」
「ありがとう、マリー」
優しく頭を撫でられて、まるで私の方が慰められているようで辛かった。
これから実の両親を断罪される未来の国王。
国という重責を背負う王子に、私は何が出来るのだろうか。
「そうだ。この辺で採れる果実があるんだ。一緒に見に行こう?」
気を取り直したようにリゼル様が笑いかけてくださった。
私はその想いを汲めるように、精一杯微笑んだ。
楽しい時間であり、色々と考えさせられる一日はあっという間に終わった。
城に戻るために馬を走らせる中、私は黙ってリゼル様に背中を預けていた。
腰元に抱き締められた腕の温もりが優しくて、どうしてか私は泣きたくなった。
特に会話もなく、夕暮れが沈む頃に王城へと到着した。
馬車を従者に託した後、リゼル様は私にフードを被せ、王城の中にエスコートされた。
私の素性を気にされながらも、最後まで自室に案内してくださる優しさに、私は不謹慎にも胸が高鳴った。
自室の前に着いたところで、私はある物を思い出した。
「リゼル様。少しお待ち頂いてもよろしいですか?」
「どうしたの?」
人の気配がない自室の前で、私はフードを外してから急いで自室の扉を開けた。
「お渡ししたいものがあるのです」
そう伝えてから、私は急いで自室の机に置いてあったハンカチを手に取った。
急いで扉前に立つリゼル様に、一枚のハンカチを渡した。
「これって……」
「リゼル様のお名前を縫ってあります。金色の糸で名前を縫えば御守りになると聞いております。どうか、ご無事でありますように……受け取って頂けますか?」
「僕のために……?」
「は、はい」
「僕の……」
独り言のように呟くと、恭しい様子でリゼル様が私からハンカチを受け取った。
刺繍が入った箇所を指でなぞる。優しく、愛おしそうに。
まるで私が撫でられているような気持ちになって私は顔が赤くなった。
「どうしよう……こんな嬉しい贈り物はないよ……」
ハンカチを前に、本当に嬉しそうに微笑まれる。
「ありがとう、マリー。僕の宝物にするね」
「そんな。どうか普段遣いして下さい」
「嫌だよ。一生大事にする。ああもう、ずっとしまっておきたいけれど、ずっと持ってもいたいな……!」
そこまで喜ばれてしまうと、私も悪い気がしないので。
「またお作りしますから」
なんて言ってしまった。
きょとん、とした瞳でリゼル様が私を見る。
「……また作ってくれるの?」
「はい」
「……作ってくれるってことは、暫くはまだ、僕の傍にいてくれるってこと?」
「は……」
はい、と言いそうになって私は止まった。
私は何てことを……!
無意識とはいえ、そんな約束をしてしまったことに気付き、またもや失言をした自分を呪った。
「ねえ、マリー。僕の傍にいてくれるの?」
リゼル様の距離が近い。
私を覗くように顔を近づけられる。目を開けれない……!
「マリー?」
「は……はい…………」
観念して、私は頷いた。恥ずかしさで目も開けれず、閉じたまま伝えていた。
恥ずかしくて、一体自分はどんな顔をしているのだろう。
早く離れてくれないと顔が熱くてどうにかなってしまいそうだと思っていたら。
頬に何か柔らかいものが当たった。
え? と思い、私は目を開けたけれど。
いつの間にやらリゼル様は離れていて、嬉しそうにハンカチを手に持っていらした。
「大事にするね」
という言葉と、満面の笑みを浮かべながら。
今、頬に当たった感触は何だろう。
何か、どこか覚えのある感触だったけれど。
言葉にするには恥ずかしすぎて、私は何も言わずに頷くだけだった。
「あとリゼル様……」
リゼル様が退室される前に、私はもう一枚のハンカチをリゼル様にお渡しした。
「お願いがあります。このハンカチを、ローズ公爵へお渡し頂けませんか?」
「……ローズ公爵に?」
リゼル様が不審に思われることを承知で、私は彼に託すことにした。
「はい。どんなに問われても、誰から受け取ったかは秘密にして下さい。預かり物であるということと……」
私は、私の中に眠るローズマリーが望むであろう言葉を。
届きますようにと、リゼル様へと伝えた。