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9.騎士団の侍女に異動しました


「まさか本当になるなんて……」

「言ってみるものね」


 私とニキが立っている場所は、先日覗いていた騎士団の訓練所だった。





 ニキの狂言を受け取ったアルベルトは、とんでもないことにニキの要望を承諾した。


「丁度良かった。野蛮だと言われて侍女に辞められたところなんだ」


 軽々と告げるとアルベルトは王宮侍女を取り纏めていた武官に、その日のうちに相談していた。

 私とニキの素性から、別に婚約者候補から除外しても良いと思ったのだろう、あっさり許可が降りた。

 元々王宮内に侍女が溢れている事実は、他の場所から不満の声が上がっていたらしい。


「よろしく頼む」

「はい!お任せください」


 ニコニコ微笑むニキの隣で、私は黙り俯いていた。


 向こうに気づかれることなど一切無いのは承知だけれども、前世の幼馴染みで、かつローズマリーと主従関係にあったアルベルトに対して、どう接して良いか分からなかった。


 そっと顔を上げてアルベルトを眺める。

 焦茶色の髪は短く切り揃えられている。

 切長の眦は、愛想が悪いとよく言われていた。

 無骨な印象を思わせるアルベルトだったけれど、接してみれば優しく、声を荒らげるような粗野な姿を見たことは無かった。

 王宮で王子の婚約者として生活をしていた時、まだ騎士見習いだったアルベルトの元に足を運ぶことがあった。

 その頃から直向きに剣の稽古をつけ、同期の中から群を抜いて実力を持っていたことを覚えている。


「どうした?」

 眺めすぎていたせいで、アルベルトに声を掛けられて

しまった。


「マ、マリー・エディグマと申します。よろしくお願いします」

 慌てて頭を下げた。

 隣でニキがニヤついている気配がする。

 見惚れてたんでしょ、とばかりに。違うのに。いや、違くはないけど。


「マリー……」

 独り言のようにアルベルトが名を呼んだ。


「失礼した。……よろしく頼む。エディグマ嬢」

「はい」


 こうして私は、騎士団の侍女として働くことになった。





 騎士団鍛錬場を中心に、王宮内での騎士団領内は広い。

 独身の騎士達が住う騎士団寮、作戦や事務業務等を行う執務室、騎士が待機するための詰所、そして鍛錬場。

 独身寮に女性は立入禁止のため仕事は無い。ニキや私が働く場所は主に詰所と執務室、鍛錬場だった。


「今日はアルベルト様が執務室にいらっしゃるみたいだから、マリーは執務室の仕事をよろしくね!」


 嬉しそうに鍛錬場に向かうニキにはもう何も言うまい。

 私は大人しく執務室に向かい、仕事を始めることにした。




「エディグマ嬢か。今日もよろしく頼む」

「はい」


 執務室の扉を叩くと、中にアルベルト…否、マクレーン様がいらっしゃった。

 前世の記憶が強いため、彼を見るとアルベルトの名を思い出していたが、そもそも現在立場は彼の方が上。思わず名前を言いだしかねないため、常日頃から敬称で呼びかけることにしている。


「マクレーン様、お茶をお淹れしましょうか」

「ああ」


 書類整理を行う彼の息抜きになるようお茶の支度を進める。


(ローズマリーと王宮勤めしている時、よく息抜きに飲んでいたお茶にしてみたけど、まだ好きかしら)


 彼は柑橘系のお茶を好んでいたことを思い出して選んだ茶葉を用意した。

 事務仕事がお好きでないようで、常に書類を見ては眉間に皺を寄せている。

 少しでも疲れが取れれば良いが。


「どうぞ」

「オレンジの香りだな。ありがとう」


 僅かに口角を上げて応えてくれた。


「お口に合えば良いのですが」

「柑橘の茶は好きなんだ。久しぶりに飲んだよ」


 懐かしいと思うのは、私だけじゃなかったんだ。

 少し満たされるような気持ちを胸に秘めながら、私は頭を下げて部屋を退室した。


(アルベ……マクレーン様の好みが変わってなくて良かった)


 これなら彼が好きだったカシューナッツ入りのパンケーキを今度作ってみても良いかもしれない。




 私はローズマリーだった頃の情景を思い出して、ほんの少し感傷に浸りながらも、嬉しい気持ちを隠しながら騎士団長を勤める昔の幼馴染みの姿を見つめていた。






 執務室を退室し、浮かれ気分で廊下を歩いていると、少し離れた場所で青年が佇んでいた。


「どうされました?」


 騎士団領内にいるため騎士の一人だろうと思うものの、どうにも様子が異なるようで、思わず声をかけてみた。

 深々と目元まで隠した帽子を被っているため顔はよく見えないけれど、私と同年代ぐらいに見える。

 青年は、声をかけてきた私の方を向き直し、余所余所しい態度を見せてきたので、余計に訝しんでしまった。


 挙動不審すぎる。


 人を呼んだ方がいいかしらと、辺りに誰かいないかそっと視線を流す。


「すみません、怪しい者ではないのですが」


 私の視線から考えを感じ取ったらしい。

 思った以上に穏やかな声質だった。

 私は少し緊張を解いて、改めて目の前の人を見た。


「どなたかに御用でしょうか」

「はい」


 意思が込められた返答だった。

 よく見れば装いが貴族と分かる。

 上質なシルクのシャツ。細く長い脚を隠す黒生地のズボンは見えない箇所に刺繍がある。

 軽装ながら彼の身分が高いことが分かった。


「よろしければご案内致します。失礼ですがお名前をお聞きしても?」


 失礼の無いように振る舞いつつも、相手の素性を判明させようと声をかけたところで、背後から扉の開く音がした。

 振り向くとさっきまで一緒に居たマクレーン様が立っていた。

 私と青年を見ると、驚いた顔で近づいてきた。


「リゼル王子。何故こちらにいらっしゃっているのです」



 リゼル王子。


 え、リゼル王子って言った?


 思わず呼ばれた青年に目を向けた。

 彼は、少し困ったように口元を苦笑させながら帽子をゆっくりと持ち上げた。


 ローズマリーを長い間縛り、そして裏切った婚約者と同じ青い瞳をした青年、リゼル王子がその場に立っていた。




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