六
目が覚めると、がん! と頭の奥から、針で差されたような痛みに、玄七郎は思わず呻き声を上げていた。
ぐわっと吐き気を催し、玄七郎は口を押さえ、畳を三つん這いになって、障子に近づいた。
からりと障子を開けると、夜空が見える。月が出ている。上弦の月だった。
仮想現実でも、月があるんだ……。
玄七郎は場違いな感想を持った。
夜気を胸一杯はーっと吸い込んで、ようやく人心地がついた。
ぐおーっ! ごおーっ!
恐ろしく耳障りな鼾が聞こえる。
見ると、月明かりに、布団の上に大の字に寝ている吉奴が見える。鼾は、吉奴が立てていた。
「もう夜になったのか……。半日、寝てしまった……?」
思わず呟いていた。
玄七郎の呟きに、襖の向こうから、高々と返事があった。
「違うな。おめえは、三日間、寝ていたんだ」
ぎくりと、玄七郎は身を強張らせていた。
「何だって?」
ぐわらっ! と襖が開いて、出し抜けに室内に灯りが差し込んだ。
灯りは、灯明皿のものだったが、今まで闇に慣れていた玄七郎には、眩いほどに明るかった。
灯りを背に、五十八が立ちはだかっている。玄七郎は五十八の顔に、抑え切れない笑いを認めていた。
会心の笑い。五十八が、何か悪さを仕出かし、上手く行ったときの笑いである。
五十八は、玄七郎を覗き込むように、片膝を畳についた。
「もう一度、教えてやる。おめえは、三日間、この部屋で寝ていたんだよ!」
三日間……。五十八の言葉が胸に沁み込み、玄七郎は恐怖に捉われていた。
玄七郎の感情が顔に出たのか、五十八の唇がぐいっと吊り上がり、さらに悪魔的な笑いを作った。
「そうさ! おめえが呑んだ酒に、俺が眠り薬を仕込んだんだ。あとは前後不覚、すっかり眠り込んじまった……! 三日間、そう、仮想現実で三日間、おめえは眠り込んでしまったのさ! 今夜は、四日目の夜だ」
「何だって、そりゃ、本当のことかえ?」
声は、布団から聞こえていた。今まで眠り込んでいたはずの吉奴が上半身を起こして、玄七郎と五十八を見詰めている。
両目が張り裂けんばかりに見開かれ、唇がぶるぶると震えていた。
五十八は吉奴に顔を向けて、頷いた。
「そうさ。おめえも、俺が届けた眠り薬入りの酒を、たらふく呑んだみてえだな! 意地汚え奴だ!」
言い放つと、五十八は天を仰ぎ「ひゃひゃひゃひゃ!」と耳障りな笑い声を上げる。
三日間──。
もう一度、玄七郎は五十八の言葉を噛みしめた。
仮想現実接続装置取り扱い説明書の文言が蘇ってくる。
──お客様におかれましては、仮想現実に接続できるのは、七十二時間を限度となっております。それ以上の接続は、本体の健康に、極めて重大な影響を蒙る危険が御座いますので、七十二時間以上、仮想現実に接続したままで過ごされますと、自動的に強制切断がなされます。
その際、仮想現実に残されたお客様のコピーは〝ロスト〟の状態となり、本体に記憶は転写されません──。
玄七郎は確信した。
俺は〝ロスト〟したのだ!