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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第一回 漣玄七郎、品川遊郭にて災難に遭う――の巻
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 目が覚めると、がん! と頭の奥から、針で差されたような痛みに、玄七郎は思わず呻き声を上げていた。

 ぐわっと吐き気を催し、玄七郎は口を押さえ、畳を三つん這いになって、障子に近づいた。

 からりと障子を開けると、夜空が見える。月が出ている。上弦の月だった。

 仮想現実でも、月があるんだ……。

 玄七郎は場違いな感想を持った。

 夜気を胸一杯はーっと吸い込んで、ようやく人心地がついた。

 ぐおーっ! ごおーっ!

 恐ろしく耳障りな(いびき)が聞こえる。

 見ると、月明かりに、布団の上に大の字に寝ている吉奴が見える。鼾は、吉奴が立てていた。

「もう夜になったのか……。半日、寝てしまった……?」

 思わず呟いていた。

 玄七郎の呟きに、襖の向こうから、高々と返事があった。

「違うな。おめえは、三日間、寝ていたんだ」

 ぎくりと、玄七郎は身を強張らせていた。

「何だって?」

 ぐわらっ! と(ふすま)が開いて、出し抜けに室内に灯りが差し込んだ。

 灯りは、灯明皿のものだったが、今まで闇に慣れていた玄七郎には、眩いほどに明るかった。

 灯りを背に、五十八が立ちはだかっている。玄七郎は五十八の顔に、抑え切れない笑いを認めていた。

 会心の笑い。五十八が、何か悪さを仕出かし、上手く行ったときの笑いである。

 五十八は、玄七郎を覗き込むように、片膝を畳についた。

「もう一度、教えてやる。おめえは、三日間、この部屋で寝ていたんだよ!」

 三日間……。五十八の言葉が胸に沁み込み、玄七郎は恐怖に捉われていた。

 玄七郎の感情が顔に出たのか、五十八の唇がぐいっと吊り上がり、さらに悪魔的な笑いを作った。

「そうさ! おめえが呑んだ酒に、俺が眠り薬を仕込んだんだ。あとは前後不覚、すっかり眠り込んじまった……! 三日間、そう、仮想現実で三日間、おめえは眠り込んでしまったのさ! 今夜は、四日目の夜だ」

「何だって、そりゃ、本当のことかえ?」

 声は、布団から聞こえていた。今まで眠り込んでいたはずの吉奴が上半身を起こして、玄七郎と五十八を見詰めている。

 両目が張り裂けんばかりに見開かれ、唇がぶるぶると震えていた。

 五十八は吉奴に顔を向けて、頷いた。

「そうさ。おめえも、俺が届けた眠り薬入りの酒を、たらふく呑んだみてえだな! 意地汚え奴だ!」

 言い放つと、五十八は天を仰ぎ「ひゃひゃひゃひゃ!」と耳障りな笑い声を上げる。

 三日間──。

 もう一度、玄七郎は五十八の言葉を噛みしめた。

 仮想現実接続装置取り扱い説明書の文言が蘇ってくる。

 ──お客様におかれましては、仮想現実に接続できるのは、七十二時間を限度となっております。それ以上の接続は、本体の健康に、極めて重大な影響を蒙る危険が御座いますので、七十二時間以上、仮想現実に接続したままで過ごされますと、自動的に強制切断がなされます。

 その際、仮想現実に残されたお客様のコピーは〝ロスト〟の状態となり、本体に記憶は転写されません──。

 玄七郎は確信した。

 俺は〝ロスト〟したのだ!

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