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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第九回 江戸仮想現実の秘密の巻
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 玄七郎が予測したとおり、江戸城は(もぬけ)の殻だった。広大な敷地には、人気(ひとけ)はなく、どこまで歩いても、誰何する声一つたりとも聞こえてこない。

 江戸城に入るには、辰蔵に今一度、竜に変身させ、玄七郎と深雪は、塀を空から越えて潜入した。上空から見ても、江戸城が無人であるのは、はっきりと見て取れた。

 辰蔵の背中に乗り、大手門を跳び越え、二の丸、三の丸を右手に見て、玄七郎たちは本丸前の地面に降り立つ。

 玄関から、城内に踏み込む。玄七郎は、式台で履物を脱がず、土足でづかづかと廊下を歩いた。

 こんな現場を見つかれば、大騒ぎだろうが、気にせず、ずんずん進んだ。

「将軍は、大奥にいつもいるんだろう?」

 玄七郎の質問に、深雪は「さあ?」と首を傾げる。玄七郎はちょっと、不審を感じた。

「さあ……って、お前は将軍が送り出したんじゃないのか? 辰蔵、お前はどうなんだ。将軍には会ったこと、ないのか?」

 深雪に抱えられた辰蔵は、自信なさげに、ゆっくりと頭を振った。

「おいら、気がついたら深雪に抱えられていたからなあ……。将軍様の顔なんか、一度も見ていねえよ」

「あたしも、同じ。気がついたら、黒書院にいたわ……」

 二人の返答に、玄七郎は肩を竦めた。

 まあ、いい。将軍の謎は、じかに会えば判る──はずだが、玄七郎には確たる予感はなかった。

 もしかすると……。

 玄七郎には、ある考えがあった。

 江戸城の内部は、町と同じく、総てが新しく、どこもかしこも、新築の香りが充満している。畳は青々として、木肌はすべすべとしていた。

 大奥を目指すといっても、江戸城は広い、

 たちまち、玄七郎たちは、城内で迷ってしまった。深雪と辰蔵は、城内で迷子になった事実に、平然としている。玄七郎の不安な心情をよそに、珍しげに城の豪華な内装を眺めていた。

 ともかく、奥へ、奥へと盲滅法、歩いてゆく。

 襖を荒々しく引き開け、無人の城内を突き進む。

 そのうち、ようやく、大奥らしき一画に行き着いた。

 長い畳廊下の先に、どっしりとした木の扉が行く手を塞いでいる。扉には、大きく葵の御紋が金箔で浮かび上がっていた。


 ここだ……。

 訳もなく、玄七郎は、扉の奥が目的の場所だと確信していた。

 隠密の冬吉は、将軍の籠もる大奥には、江戸開闢(かいびゃく)以来、誰も入ってはいないと語っていた。大奥は、江戸創立からの謎である。

 玄七郎は、扉に手を掛けた。

 開かない!

 見たところ、鍵は掛かっていない。しかし、扉はがっちりと行く手を阻んで、玄七郎を拒んでいる。

 がんがん! と、玄七郎は自棄になって扉を拳で叩いた。

「開けろ! 糞、誰もいないのか!」

 喚いたが、うんでもなければ、すんでもない。

 玄七郎は怒りに、身内に思いっきり力を込め、扉に手を掛けた。側にぼんやりと(たたず)んでいる深雪に、鋭く声を掛けた。

「危ないぞっ! 離れていろっ!」

 玄七郎の剣幕に、深雪は慌てて離れて見守った。

 遊客としての力を最大限発揮して、扉を抉じ開けようと全力を揮う。

「う……おおおおっ!」

 踏ん張る足下の畳が、ぐっと凹む。遊客としての、恐るべき腕力を、全解放している。

 みしみし……と、扉を支えている鴨居が悲鳴を上げ、壁にぴしっ! と亀裂が走った。ぽろぽろと壁から破片が剥落し、遂に扉は玄七郎の力に屈服した。

 がったん……! と大袈裟な音を立て、扉は外れ、玄七郎は横にぶん投げた。

「うひゃあ!」

 辰蔵が歓声を上げる。

 扉の向こうには、広々とした空間が広がっていた。

 ただの空間ではなかった。

 ぼんやりとした、白い微光に満たされた空間は、どこまでも果てしなく続き、所々にはスクリーンのような板が浮かんでいる。板には、江戸のあちこちが映し出されていた。

 スクリーンに囲まれ、意外なものが玄七郎の目を引いた。

 宝塔だ!

 東照宮にあった宝塔と、同じ物が、空間のかなり奥に存在していた。

 深雪を伴い、玄七郎は宝塔に近づいた。

 宝塔の周りには、玄七郎の〝分身〟が操作していたような様々な表示が浮かんでいる。

 深雪は怖々宝塔に近づき、声を上げた。

「なぜ、こんなものが、江戸城大奥にあるの?」

 玄七郎は一人、頷いていた。

 ふと浮かんだ考えは、今は確信に変わっていた。

 深雪に向かって、説明する。が、深雪に説明するというより、自分自身を納得させるためでもある。

「これで、将軍は江戸仮想現実を操作していたんだ。東照宮にあったのは、多分、バック・アップ用の装置だ。東照宮で、データの上書き保存をしたとき、これもコピーされたんだろう……」

「コピー?」

 深雪は玄七郎の言葉遣いが、さっぱり理解できない様子である。無理もない。深雪は江戸仮想現実NPCである。

 玄七郎は唇を湿らせ、言葉を継いだ。

「つまり、あの時、江戸を修正するため、俺が夢想展開操作をしたとき、江戸がもう一つ生まれたんだ。五十八は、自分で仮想現実を作りたくて、色々と悪さをしたんだが、俺が五十八の意思を、知らない間に引き継いでしまったんだ。ここは、もう一つの江戸仮想現実なんだ……」

 判らないながらも、深雪は、玄七郎の最後の言葉に何かを感じたらしい。深雪の大きな瞳が、さらに見開かれる。

「もう一つの江戸? つまり……」

「そうさ!」

 玄七郎は頷いた。

「ここは、生まれたばかりの江戸なんだ! だから、人っ子一人、いない! だが、心配しなくても良い。俺が宝塔を使って、この江戸に人々を作り出してやる! 俺たちの江戸を、作るんだ!」

 玄七郎の心は晴々としていた。

 新しい江戸の出発を、自分が目撃するという展開に、玄七郎の心は躍っている。今、ようやく、玄七郎は新たな目的を見出した気持ちであった。

 深雪の肩を抱き寄せ、玄七郎は宝塔に近づいた。

 これが仮想現実操作装置なら、他の仮想現実に連絡する機能が付随しているはずだ。それなら、元々の江戸仮想現実がどうなったか、無事かどうかも確かめられる。

 冬吉の運命が心配だったのだ。が、玄七郎は、あの江戸仮想現実が、危機を乗り切ったことを直感していた。

 それに、新たな江戸の出発に、現実世界から遊客を呼び寄せ、江戸開闢の事業に参加させることも考えていた。

「じゃあ、あたしたち、江戸で暮らせるのね?」

 深雪も(おぼろ)げながら、玄七郎の言葉を理解したようだ。顔には、安心したような表情が浮かんでいる。

 不意に、深雪は真剣な眼差しになった。

「それで……聞きたいんだけど」

「何をだ?」

「新しい江戸に、スルメはあるの?」

 深雪の質問に、玄七郎は爆笑した。

「あるともさ!」

 玄七郎は、宝塔に近づき、早速仮想現実接続掲示板に向けて、布告を発信した。


 ──江戸仮想現実開闢につき、参加される遊客を求む。当方と協力し、新たな江戸仮想現実を歩まれたし。


 すぐに反応があった。何人もの仮想現実環境デザイナーが興味を示し、自分の得意分野を報告する。


 ──こちら江戸時代の考証について、経験あり! 貴殿の江戸仮想現実プロジェクトに参加したい!

 ──こっちは、建築設計に経験がある。江戸時代の建築再現の助力を申し出る!

 ──東京都公認の江戸は堅苦しく、ほとほと暮らし難い。そちらの江戸はどうか?


 反響は、驚くほどだった。

 ずらりと並んだ、協力を申し出てきた(遊客)の氏名を眺めているうち、玄七郎はある名前に視線を釘付けにされていた。


 ──鞍家二郎三郎。キャラクター設定の経験あり。


 鞍家二郎三郎……! なぜ、今、俺の江戸仮想現実に呼び掛ける?


 ──そちらのお名前をお教え願いたい。


 玄七郎はじっくりと、鞍家二郎三郎のメールを前に、確信を抱いた。

 そうか! 俺は時を遡ったのかも、しれない!

 最後に少し考え、署名を付け加えた。


 ──江戸仮想現実責任者《征夷大将軍》。

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