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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第九回 江戸仮想現実の秘密の巻
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 竜に変身した辰蔵に(またが)り、玄七郎と深雪は、ぐんぐんと地上へ接近してゆく。墜落の恐怖が消え去り、気分は爽快だ。

 地上が近づくにつれ、江戸の町が徐々にはっきりと、見えてきた。

 まず目立つのは、大名屋敷や寺社の広々とした敷地である。両者の敷地には、こんもりと森が盛り上がり、隙間には林泉が垣間見える。

 細々と民家が甍を並べ、中心部には、玄七郎が潜入を試みた江戸城が、威容を見せている。

「竜に乗って江戸に帰るとは、思わなかったな。下に降りたら、大騒ぎになるぜ」

 玄七郎は、身を乗り出さんばかりに、町を覗き込んだ。が、玄七郎は、ぐいとばかりに、眉を上げ、しげしげと地上を眺めた。

「何だか、変だぞ……」

「何が変なの?」

 背後から、深雪が顔を近づけ、囁いた。

 玄七郎は答を躊躇(ためら)った。

 まさか、そんな……。馬鹿げている!

 何度も自分の思いを否定するが、地上が接近してくるにつれ、答は明白だった。

「誰もいない……空っぽだ!」

「えっ!」と、深雪と辰蔵が同時に声を上げた。

 玄七郎の言葉どおり、江戸の町には、人っ子一人、見えない。昼間なら、人々で埋まっている大通りは完全に無人で、江戸の町に幾つも建立されている神社仏閣の境内にも、人影はない。

「訳が判らん……」

 玄七郎は、深雪と顔を合わせた。

 辰蔵が話し掛けてきた。

「これから、どうする?」

 玄七郎は即座に決断した。

「とにかく、降りてみよう……」

 辰蔵は、玄七郎の決断に、するりと高度を下げ、江戸の町に降り立つ。玄七郎と深雪が地面に降り立つと、辰蔵は元の縫いぐるみに戻って、深雪に抱えられた。

 降りると、やはり江戸は無人だった。物音一つたりとも、聞こえてはこない。

 玄七郎が降りたのは、浅草界隈で、普通なら、人が溢れんばかりにいるはずの通りは、森閑として、静まり返っている。

 からりと晴れ上がった空に、真っ白な雲が浮かぶ。地面には日差しが溢れ、灰色の瓦は鋭く日差しを反射している。

 ふんふんと辰蔵が鼻を鳴らしていた。もし、縫いぐるみに鼻があれば、であるが。

「この匂い……木の匂いだ」

 指摘され、玄七郎も気付いていた。(かんな)を掛けたばかりの、新しい木材の香りである。

 良く見ると、立ち並んだ家々は、すべて新築で、木材は白く輝き、壁は塗りたてのようにピカピカに光っている。商家の暖簾(のれん)も、卸し立てのように見えた。

 何から何まで、出来立てのように見えた。

 地面には紙くず一つ見当たらず、人が歩いた跡もない。足跡は、玄七郎たちがつけたものばかりだ。

 つまり、この江戸にいるのは、もしかしたら、玄七郎と深雪だけなのかもしれない。

「ここは、本当に江戸なのか?」

 玄七郎が呟くと、辰蔵は首を傾げた。

「江戸じゃないなら、どこなんだい! どこをどう見ても、ここはお江戸の町だい!」

 口調には、苛立たしさと、憤懣があった。

 玄七郎はスタスタと歩き出し、目に付いた店に踏み込んだ。

 (ふと)物を扱う店らしく、店先には反物がずらりと並び、上がり(かまち)にはきちんと草履が揃えられている。新しい畳の匂いが、鼻腔を刺激していた。

「おおい……!」

 大声を出して、玄七郎はすぐ後悔した。声を上げると、虚ろに木霊(こだま)が返ってきそうで、無人である状況が、一層ぐんと際立つ。

「みんな、どこにいるの……?」

 背後で、深雪が心細げな声を上げた。くるりと玄七郎が振り返ると、深雪は必死な表情で見返してくる。

 玄七郎は大通りに引き返した。深雪も、無言で玄七郎につき従って大通りに出た。

 大通りに出た玄七郎は、顔を上げて、ゆっくりと呟いた。

「こうなったら、俺たちの行き先は、あそこしかないな……」

「あそこへ行けば、何か判るの?」

 深雪の言葉に、玄七郎は大きく頷いた。

「決まってる! 他に尋ねる相手が、いるはずもない!」

 玄七郎の見上げている先には、江戸城天守閣が(そび)えていた。玄七郎は深雪と辰蔵に、もう一度しっかり頷いて、答えた。

「そうさ! 江戸を治める、征夷大将軍なら、この謎を解いてくれるはずだ! そうじゃないか?」

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