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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第七回 日光東照宮異変の巻
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 街道で、冬吉が立ち止まった。

「今のは?」

 同時に、玄七郎も異常に気付いていた。

「うん。少し揺れたな」

 ざわざわと、辺りの木立が揺れている。枝がゆさゆさとざわめき、枝に止まっていた小鳥が慌てて羽搏(はばた)きをして飛び立つ。

 地震であった。震度はそう、強くはない。しかし東照宮に近づいている今、軽々に見過ごせない出来事であった。

 二人は同時に、思い出していた。

 冬吉が呟く。

「浅間山……!」

 八州廻りの、大黒(おおぐろ)億十郎が報告していた。「浅間山に、噴火の予兆あり!」と。もしかしたら、この地震は浅間山噴火の前兆か?

 まさか……。玄七郎は頭を振った。あまりに符合しすぎだ。それに、浅間山で火山活動があったとしても、それが総ての地震に関係するはずもない。

「とにかく、急ごう!」

 不安を振り切るべく、玄七郎は足を挙げ、歩き出す。

「玄七郎殿、あれをご覧じろ!」

 冬吉が隣に肩を並べ、顎で前方を指し示す。

 玄七郎も気付いた。

 人である。

 今まで、人っ子一人たりとも見当たらなかったが、ようやく、人が歩いているのを、目撃した。

 歩いているのは、近在の百姓らしい。年齢は三十半ば頃、がっしりとした肩幅の広い身体つきの男で、顔は日に焼け、足取りはしっかりとしている。隣には、連れ合いらしき、同じ年頃の農婦が寄り添っている。

 一人を目にすると、次から次へと、街道を歩いている人々が増えてきた。年齢も、職業もまちまちで、武士の姿も、ちらほら、散見できる。

 全員、同じ方角に歩いている。

 言うまでもなく、目指す方角は、東照宮である。

 玄七郎と、冬吉は、さっさと歩き、人々の群れに紛れ込んだ。

 歩きながら、横目で観察すると、全員の眼差しが妙である。

 ぽかん、と虚ろな、というのであろうか、どこか夢を見ている最中に思える。唇の両端は軽く吊り上がり、微笑を浮かべていた。

「おい、妙だな」

 玄七郎が冬吉に、小声で囁くと、冬吉は軽く頷いた。そのまま、近くを歩く、五十がらみの百姓に、話し掛けた。

「もうし、お前様は、どこに向かっているので御座る?」

「はえ?」

 声を掛けられた百姓は、どんよりとした視線を冬吉に向けた。しかし足の動きはそのままで、歩みは止めない。

 顔には、玄七郎がぎょっとするほど、幸せそうな笑みが浮かんでいる。

「決まってるだ……権現様の所だに……」

「ほう、東照宮で御座るか?」

「んだ!」

 百姓は頷いた。冬吉は、さらに質問を重ねる。

「東照宮で、何があるので御座る?」

 冬吉の質問に、百姓は驚いたように、目を見開く。しかし、律儀な性格らしく、親切に答えてくれる。

「権現様が、極楽浄土を開いて下さるちゅう、話だで……有り難いこって……!」

 百姓は「有り難や、有り難や……」と、ぶつぶつ口の中で呟くと、懐から数珠を取り出し、両手を擦り合わせた。

 冬吉は玄七郎に顔を向けた。

「どう、思し召す?」

 玄七郎は唸った。

「判らん! どうやら、歩いている全員、東照宮を目指しているらしい。だが、東照宮に五十八がいるとしても、今のままでは俺たち、すぐに見つかってしまうぞ!」

「変装する必要が御座るな……」

 冬吉は、油断なく、辺りを見回した。

「あれを!」

 冬吉の視線が、近くの農家に留まる。農家の縁側に、洗濯物を取り込んだ途中なのか、数人分の着衣が投げ出されていた。

 障子は開け放たれ、どうやら慌てて家人が外出したと見えて、庭には農具が散乱していた。

 江戸仮想現実では、考えられない乱雑さである。江戸の百姓は、農具や、着衣を、それは大切に扱う。ぞんざいに庭に散乱させるなど、普通ありえない。

「よし、失敬させてもらうか」

 ちらっと、周りの人々を見る。

 だが、誰も玄七郎と冬吉に注目する者はいない。完全に、東照宮を目指すことに没頭していて、脇目も振らず、歩いている。

 二人は素早く農家の庭先に駆け寄ると、適当な着衣を引っ掴んで、物陰に隠れた。

 冬吉は茶筅髷、玄七郎は蓬髪なので、そのままではまずい。結局、手拭を頭から被って顔を隠した。

 玄七郎は着流しの上から着物を羽織り、着流しの裾は尻端折りして、それらしく工夫する。冬吉は、伊賀袴を脱ぎ、野袴を見つけて着替えた。

 即席の、百姓二人ができあがる。

「刀は、どうする?」

 玄七郎の言葉に、冬吉は両刀を(こも)に隠して、肩に背負った。玄七郎の三節棍は、そのまま懐に隠せる。

「よし、行くぞ!」

「足並みを合わせるが、肝心で御座るぞ」

 冬吉の忠告に、玄七郎は頷いた。

 東照宮を目指す人々の足並みに合わせ、急ぎすぎないよう、遅れぬよう、ひそひそと歩いた。

 皆、無言である。黙々と歩いていた。しかし、東照宮が近づくにつれ、人々の顔には、溢れるような笑顔が弾ける。

 玄七郎と、冬吉は、なるべく表情を合わせるようにして、歩いていた。

 やがて、玄七郎の視界に、東照宮の入口が見えてきた。

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