四
二人は立ち止まった。
目の前に、いかにも色街に相応しい、遊郭が聳えていた。
ニヤニヤ笑いを浮かべ、五十八が玄七郎を振り返った。
「ここが、俺の目当ての遊郭だ! どうだい、今から信じられないほどの体験をさせてやるぜ!」
五十八のニヤニヤ笑いを見て、不意に玄七郎の胸に、悪い予感が広がった。
こんなニヤニヤ笑いを浮かべるときは、五十八は明らかに玄七郎に対し、とんでもない罠を仕掛けているのが、いつものパターンだ。
「あ、あの……、やっぱり俺、やめる!」
「何だとお……?」
玄七郎の言葉に、五十八は顔を怒りに歪めた。両目が険悪に光り、歯を食い縛る。両拳が固く握り締められ、ぶるぶると震えている。
「おい! 俺が、お前を、わざわざ連れてきてやったのは、何のためだと思ってるんだ? ふざけんな……!」
五十八の端正な顔立ちが、怒りに醜く歪んだ。五十八は仮想現実に接続する遊客の外見に、手を加えていない。二枚目、といって良い目鼻立ちは、生まれたままの姿である。
黙っていれば、周囲の女たちを振り向かせるに足る、美男子なのだが、喜怒哀楽などの感情を剥き出しにさせると、表情が一変し、顔を背けたくなるほど、醜く歪むのだ。
その中でも、怒りの表情は、見る者の背筋に寒気を生じさせるものだった。狂気、といって良い怒色が浮かぶ。
「わ、判った……!」
五十八の怒りの視線に、玄七郎は俯いた。
いつも、この手でやられる。五十八の表情から、何か企んでいるのは確かだが、いったい何を仕掛けようとしているのか……?
玄七郎の答に、五十八は手の平を返すような態度の急変を見せた。遊郭に向かって、大声を張り上げた。
「おおい! 俺だあ! ダチを連れて来たぜえ……!」
五十八が叫ぶと、遊郭の出入口から「きゃあっ! 待ってたわよお!」と大勢の女郎が飛び出してきた。
全員、例外なく、濃厚な化粧を顔に施し、咽せ返るように濃密な香水の匂いを漂わせている。
とはいえ、正確には「匂い袋」の香りではあるが。
「あらん……。こちらが、五十八様のお友達かえ? ああん、良い男ぶりだねえ……。あちし、熱くなっちまった……!」
「ねえん……! あちしを見てえ……! 今夜の寝床は、あちしで決まりだよお!」
どっと女郎に周囲を取り囲まれ、玄七郎は立ち往生してしまった。人垣を掻き分け、五十八がさらに声を張り上げた。
「待て待て! こいつには、俺の目当てがあるんだ! 吉奴はいねえか? 今夜の初床は、吉奴と決めてるんだ!」
「あちしを呼んだかえ?」
溜息交じりの色っぽい声がして、一瞬にして女郎たちは黙り込んだ。