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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第六回 超常の日光例幣使街道の巻
33/54

 鹿沼という宿場で、玄七郎たちは休憩を取ることにした。江戸から離れた山間ではあるが、宿場は(にぎわ)っている。

 冬吉の説明では、元々は一万五千石の鹿沼藩として内田氏が治めていたが、第四代の内田正親(まさちか)の改易転封で、例幣使のための宿場町となったという。

 飯屋を見つけ、玄七郎は張り切った。

「さあさあ、飯にするぞ!」

 暖簾を潜り、店内に入る。入ったすぐが土間になっていて、板の間の席が並んでいる。

 江戸では、遊客の影響で、卓と椅子という組み合わせの店構えが多いのだが、ここは昔からの膳部を使うらしい。

 席に着くと、すぐに店の者らしい、老婆が注文を取りに出て来た。

 冬吉が相手をする。

「婆さん、この店では、何を出す?」

「へえ」と老婆は、息が漏れるような返事をして、軽く頭を下げた。

「旦那様方のお口に合うかどうか、判りませんが、山菜と、川魚の煮しめ、漬物くらいなもんで……へえ……」

「それでいい! 人数分、早く出してくれ!」

 玄七郎が急き込んで割り込むと、老婆はまた「へえ」と頼りない返事をして、頭を下げた。そのまま、ふわふわと漂うように、奥へと消える。

 大丈夫かな、と思ったが、意外と飯は早く届いた。

 白米、煮しめ、漬物、味噌汁などが、膳に運ばれ、玄七郎はにんまりとなった。

 惣菜を口に運び、噛みしめる。

 まあまあ行けたが、味が濃い。というより、恐ろしく塩辛い。漬物の梅干など、まるで塩の塊である。

 江戸ではこれほど、味付けを濃くはしない。遊客が頻繁に訪れる江戸では、きつい塩味は、敬遠されるからだ。

 しかし田舎では、そうではない。何しろここは江戸時代を再現した、仮想現実なのだ。当然、冷蔵装置などないから、食品を保存するには、塩をたっぷり、使う必要がある。

 さらに、江戸時代の基本として、惣菜は、白米を腹いっぱい食べるための付け合せ、くらいしか認識されていない。近代的な栄養学など、まだまだである。

 それでも冬吉の「兵糧丸」よりは、遙かにマシである。玄七郎は、久しぶりに味わう、人間らしい食事に、舌鼓を打った。

 深雪を見ると、不満そうである。玄七郎は声を掛けてみた。

「どうした?」

「スルメはないの?」

 旅の途中、深雪のお気に入りであるスルメは、とっくに切らしていた。口にできないので、深雪は大いに不満そうであった。

 玄七郎は相手するのが馬鹿らしく、肩を竦めた。

 食事が終わり、茶を喫していると、外が俄かに騒がしくなった。

「えいえいえい! おうおうおう!」

「わっしょい、わっしょい、わっしょい!」

 掛け声と同時に、ちゃかぽこ、ちゃかぽこ……と(かね)の音が混じる。どんどんと、太鼓が叩かれ、大人数の足音が近づいた。

 玄七郎は老婆に声を掛けた。

「婆さん、ありゃ、何だ?」

「へえ……。雨乞いでごぜえますだ……」

「雨乞い?」

 冬吉が興味を示した。

「田植えには、まだ早過ぎるのでは? まだ、四月で御座るぞ」

 冬吉の言葉に、老婆は小さな奥目をしょぼしょぼと瞬いて、精一杯の声を張り上げる。

「あんれまあ! 旦那様、あに言うだよ! 四月はとうに過ぎて、今は皐月(さつき)だあ!」

 玄七郎と、冬吉は顔を見合わせた。

「どうなって御座る? どう考えても、拙者らは、一月以上も、旅をしていたとは思われぬが……」

「時が混乱しているようだな。俺たちには僅か、数日だが、ここいらの人間にとっては、今は五月なのかもしれない」

 玄七郎の言葉に、冬吉は不安そうな表情を浮かべた。

「となると、日光東照宮では、すでに神君の御霊を慰める行事は終わっているのかも」

 玄七郎は首を振った。

「いいや、そうとも限らないぜ! ここに来るまで、俺たちはごちゃごちゃの季節を旅してきた。ある場所では冬、別の場所では夏、お天道様も、当てにはできなかった。所によって、日にちが進んでいたり、戻っていたりしていた……。東照宮の異常を収拾しない限り、時は正常に戻らないんじゃないか。俺は、そう思っている」

 二人が熱心に話し込んでいると、深雪は関心を、外から聞こえてくる、雨乞いの祭りに移していた。

 ふらり──と立ち上がり、出口へ向かう。

 玄七郎は迂闊であった。

 深雪が一旦、興味を示したら最後、制止の声など、完全に無視するのを忘れていた。

 からり、という戸を引く音に、玄七郎は目を上げる。深雪が興味津々に、外を覗き込んでいるのが、目に入った。

「おい……」

 俄かに不安が湧き、玄七郎は深雪を制止しようと立ち上がった。

「わっしょい、わっしょい!」

「雨降れ、雨降れ!」

 轟く足音と、掛け声が近づいてくる。冬吉も立ち上がる。

 ぴた! と、祭りの喧騒が止んだ。

 不気味な静寂が、時を凍りつかせる。

「姫様じゃあ……!」

 歓声が湧き上がった。どっと熱狂が、戸口の外から店内に吹き込んでくる。

「姫様の御降臨じゃ! 目出度い、目出度い!」

 わっ、わっと、数十人もの喚き声が突然、集中する。

「きゃあ!」と深雪が叫び声を上げた。

 いきなり、数人の腕が伸び、戸口で見物している深雪の手足を掴む。叫び声を上げる深雪は、一瞬にして、外へと引き寄せられた。

 しまった! と、玄七郎は臍を噛んだ。

 深雪から目を離すのではなかった……。

 だだっと玄七郎と、冬吉は深雪を追って、外へと飛び出した。

 目の届く限り、半裸の男が褌一丁で踊り狂っている。通りを塞ぐように、巨大な山車が悠然と通り過ぎた。

 山車には数十人の男女が鈴なりになって、紙吹雪を撒き散らしたり、笛、太鼓、鉦などを、半狂乱で演奏していた。

 深雪の姿は──。

 どこにもない。

 いなくなっていた!

 誘拐されたのだ!

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