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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第一回 漣玄七郎、品川遊郭にて災難に遭う――の巻
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「驚いた、って、何に驚いてるんだ?」

 立ち並ぶ遊郭の路地を、二人はそぞろ歩きながら、五十八が玄七郎に向かって話し掛ける。玄七郎は「どう答えようか?」とばかり、少しばかり逡巡の色を見せた。

 玄七郎は五十八と違い、何をするにも、自信を持てない。

 当てもなく、片手を上げて、辺りを指し示した。

「全部だよ! 話には聞いていたけど、これほどリアルだとは思わなかった。本当に、ここは仮想現実なのか?」

「ちっち!」と、五十八は首を大袈裟に振って、舌打ちをした。両手を腰にやり、ちょっと下から覗き込むような姿勢になって、(たしな)める口調になる。

「こっちに慣れるためには、そのカタカナ言葉は御法度だぜ! こっちの町人、侍……まあ、俺たちの言葉じゃ(ノン・)(プレイヤー・)(キャラクター)だが、一言だってカタカナ言葉は理解できねえからな! さっきのおめえの質問だが、確かにここは仮想現実の江戸さ! 何から何まで、電脳空間に構築された幻ってわけだ。最初に、接続装置を使って、こっちに来たのを忘れたか?」

「ああ」と玄七郎は頷いた。相変わらず、初めての仮想現実に圧倒されている。

 五十八は玄七郎とは対照的に、絶対的な自信を持って、路地を歩いている。気持ち良さげに、(うそぶ)いた。

「まあ、リアルっちゃあ、リアルだが、俺に言わせればこいつは、パクリだな! 俺は知ってんだ。こっちの江戸仮想現実は、東京都の造った江戸仮想現実のパクリだよ!」

 玄七郎は、東京都が作った江戸仮想現実は、今いる江戸から後に構築されたという知識を持っていた。だから、五十八の「パクリだ!」という決め付けは、完全に間違っているのだが、それを指摘すると、烈火のごとく怒り狂うのを、体験上、知っているので黙っていた。

 五十八は「パクリだ!」と決め付けるのが好きだ。さらに、ごく些細な欠点や、齟齬を見つけ暴き立てるのも大好きである。他人が知らない抜け道、裏事情を口にするとき、五十八は生き生きとする。

 玄七郎が仮想現実を体験するのは、今度が正真正銘の初体験である。数日前、検査を受けて、仮想現実接続装置の使用許可を取ったのだ。

 十八歳の誕生日を迎えたばかりだった。

 対するに五十八は、十五歳になったその日に、検査を受け、すぐに許可を得た。それが五十八にとっては勲章らしく、当時まだ中学生だった玄七郎に向かって、盛んに吹聴したものである。

 法律では、仮想現実装置を使用できる年齢には定めはない。しかし脳検査を受け、きちんと許可を得る必要がある。許可を得られるのは人によって違いがあるが、平均して十七歳以上となっている。

 つまり脳が完全に成長し、大人と認められる境界が、仮想現実接続装置を使用できるか、できないかなのだ。

 五十八は、十五歳という飛び切り若い時期に許可が取れたのが、ひどく自慢らしい。

 許可を取ったその日から、あちこちの仮想現実に接続し、その度に自分の冒険談を吹聴してきた。

 やっと許可を得た玄七郎に、五十八は「それじゃ、俺の知っている江戸仮想現実を案内してやる!」と無理矢理、誘ったのだ。殺し文句は「江戸の遊郭って知っているか? あっちじゃ、芸者や遊女が、俺たち遊客にた~っぷりサービスしてくれるんだぜ!」だった。

 玄七郎は十八歳。興味がないといえば嘘になる。それに五十八は、自分の誘いを蹴られると、怒り狂う。小学校からずっと一緒の玄七郎には、現実世界での五十八の報復が恐ろしく、つい誘いに乗ったのだ。

 懐には、江戸仮想現実に最初に立ち寄った「関所」で支給された、小判の包みがずっしりと、重みを伝えている。

 江戸仮想現実に最初に接続した遊客には、例外なく百両という大金が支給される。貨幣価値には違いがあるが、約一千万円ほどの値打ちがあろうか。

 理由は、江戸仮想現実には、大名の参覲交代がないからだ。本来の江戸には、日本国中の大名が、参覲のため江戸に入府し、壮んに幕府の役人を饗応した。そのため、江戸は大消費地になり、経済が活性化された。

 しかし、仮想現実の江戸には、大名の参覲交代は、ごく僅かの例外を除き、ほとんど存在しない。大金を支給するのは、経済を活性化させるため、江戸にやって来る遊客にどんどん浪費させようという計画であった。

 結果、品川宿など、遊客が最初に立ち寄る土地には、遊郭などが立ち並び、歓楽街となっている。

 二人が歩いていると、不意に背後から「おい!」とドスの利いた、押し殺した声が掛けられた。

 振り返ると、さっきの夜鷹が、ヤクザ者らしき男の側に立って、こちらを睨んでいる。ヤクザ者は、夜鷹に「こいつらか?」と尋ねている。

 夜鷹は「そうさ! あいつらが、あたいを馬鹿にしたのさ!」と憎々しげに告げる。

「そうか、許せねえな……」

 ヤクザ者は、がっしりとした身体つきの、崩れた身ごなしの男である。薄っすら笑いを浮かべ、よたりながら近づいてくる。

「なあ、お兄いさんがた……。この始末、どうつけてくれるつもりかね?」

 玄七郎は鳩尾(みぞおち)に、冷やりとするものを感じ、逃げ出したい気分だったが、隣の五十八はまるっきり平気な様子で、顔には馬鹿にしたような笑いを浮かべている。

 五十八の表情を見て、ヤクザ者の顔に怒りが浮かんだ。

「おい! 何、ニヤニヤしてやがる……!」

 言葉を続けようとしたヤクザ者の口が、ぽかりとまん丸に開かれた。目には驚愕の色が浮かび、額にはどっとばかりに、脂汗が浮かんでいる。

 五十八は身を反らせるようにして、一喝した。

「どっかへ行っちまえ! 手前なんかに、用はないっ!」

「ひっ……ひええええっ!」

 (たちま)ち逃げ腰になったのは、ヤクザ者のほうだった。すとんと腰が抜け、こけつまろびつ、ほうほうの態でその場から離れてゆく。棒立ちになっていた夜鷹も、五十八の視線を浴びると、さっと表情から血の気が引いた。

「お前もだっ! 二度と、俺たちの前に、面を見せるんじゃないぞ!」

「ひゃあああっ!」

 夜鷹と、ヤクザ者は、必死の表情で、二人から逃げてゆく。

 呆気にとられている玄七郎に、五十八は「あはははは!」と天を仰いで笑って、説明した。

「あいつら、俺の〝気迫(カリスマ)〟に当てられたんだ! お前は知らないのか? 俺たち遊客(プレイヤー)は、江戸仮想現実NPCに気迫を発すれば、どんな奴でも退けるんだぜ!」

 そうだった……。

 玄七郎は仮想現実接続装置の説明書に、遊客だけが使える能力として、NPCに対する気迫があるのを思い出した。この気迫には、NPCは基本的に対抗できない。

 五十八は玄七郎の背中を叩いた。

「さあ、行くぜ。思いがけず、手間取った……」

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