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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第五回 変貌! 日光例幣使の巻
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 駕籠が御所車に変貌したというのに、行列は何の混乱もなく、静々と進んでいる。後方を行く荷駄の列は、微塵も乱れていない。全員が平然としていた。

 異変に気付いているのは、どうやら玄七郎と、冬吉のみらしい。

 いや、深雪はどうか?

 思わず深雪の横顔を見た玄七郎は、ぎくりと驚きを呑み込んだ。

 深雪が真剣な眼差しで、こちらを見返していた! 玄七郎と目が合うと、深雪は深々と頷いて見せた。

「そうよ。玄七郎さん。今、例幣使の行列は、敵の攻撃を受けている真っ最中。気をつけて!」

 深雪を挟んで、冬吉が驚愕の表情になっていた。

 江戸城で顔を合わせて以来、深雪が二言以上、台詞を喋るのは始めてである。しかも、自分から。まさに驚天動地!

 玄七郎は早口で話し掛けた。

「敵の攻撃とは、何だ? 駕籠が御所車になったのが、そうか?」

「それだけじゃないわ」

 深雪は厳しい顔つきを保ったまま、はっきりとした口調で答えた。

 腕を挙げ、行列を指し示す。

「行列を見て!」

 指摘され、改めて行列に目をやると、再び変貌が始まっていた!

 長持、櫃を運ぶ人足の姿が、烏帽子を被った中世の衣装に変化している。行列を守る侍が、検非違使(けびいし)というのだろうか、狩衣に、弓を持つ厳しい姿に変貌していた。行列の全員が、一気に平安の昔に戻っている。

 どこからか、音楽が聞こえてきた。

 雅楽である。

 玄七郎は、現実世界で生活していた当時に見た、京都の時代祭りの光景を思い出していた。

 (しょう)篳篥(ひちりき)・笛・杓拍子(しゃくびょうし)・鼓などの音が、空中から聞こえてくる。

 行列の足取りはゆったりとなり、どこか、舞いを踊るような、のんびりとした調子になっている。行列に加わっている人々の顔も、茫洋と、視線は焦点が定まっていない。

 冬吉が低い声で囁いた。

「玄七郎殿! 御油断めさるな!」

「判ってる。そっちこそ、気を緩めるなよ」

 ちりちりと、首筋の毛がささけだっているのを感じる。

 何事か、途方もない出来事が目の前で起きている。想像もつかない、恐ろしい攻撃が今の瞬間にも加えられているのだが、玄七郎には一切、敵の手の内が読めない。

 現在、高度なゲームが展開されているのだが、ゲームのルールを一方的に決めているのは敵であり、玄七郎には、ゲームのルールを窺い知る術がないのだ。

 行列から離れるべきか、留まるべきか?

 今や、行列に付き従う人々は、どこからから聞こえる雅楽に合わせ、足を挙げ、手を振って、舞い踊る仕草を続けている。表情は呆けたようになり、微かに笑みすら浮かべている。

 その中の一人に、玄七郎は注目した。

 嘉門だ! 玄七郎たちが行列に加わる工作を引き受けた、村上嘉門という公家侍が、ひょいひょいと身体を上下に揺すりながら、歩いている姿が目に止まった。

 烏帽子を被り、ひらひらとした束帯という衣装である。嘉門もまた、衣装が変化していた。変わっていないのは、中身だけだ。

「嘉門!」

 玄七郎は叫び声を上げた。

 嘉門はまるきり、無視して、通過しようとしてゆく。

 玄七郎はぱっと前へ飛び出し、両手を広げて通せんぼをした。

 しかし村上嘉門は、知らんぷりをして、横に動いて擦り抜けようとする。玄七郎の顔など、一瞬も目に留めない。

 糞っ! と玄七郎は覚悟を決め、思い切って嘉門の横顔を張り飛ばす。

 ぱあんっ! と張り手が気持ちよく決まった。音高く、嘉門の頬が鳴り、膝が折れる。そのまま、くたくたと崩れるように、嘉門は地面に尻餅を突いていた。

 ぽかんと口を丸くして、嘉門はおずおずと自分の頬を擦る。何が起きたのか、さっぱり見当もつかないといった様子である。

 玄七郎は、馬鹿のように、自分を見上げている嘉門に喚いた。

「正気を取り戻せ! 嘉門!」

 徐々に嘉門の瞳が、焦点を合わせてきた。玄七郎の顔に、視線が合う。

「そちゃ、確か……遊客の……?」

 名前が出てこないのか、ぱくぱくと何度か口を動かす。

「漣玄七郎だ! 思い出したか?」

 村上嘉門の表情が、遂に変化した。ぎょろぎょろと両目が動き、行列に目を留める。

 ぱっと立ち上がり、両手を意味なく彷徨(さまよ)わせた。

「こ、これは? 例幣使様の一行は、どこへ消え失せたのでおじゃる?」

「目の前に見えているのが、そうだ! 例幣使一行は、いつの間にか、こうなった!」

 嘉門は、ぶるぶると、何度も首を振った。

「信じられん! あっ!」

 自分の身につけている着物に目を留める。

「この束帯は? なぜ拙者が、このような身なりをしておるのじゃ?」

 頭に手をやり、烏帽子を外す。しげしげと烏帽子を見て、また首を振った。嘉門は、玄七郎を見て、詰め寄った。表情には怒りが表れていた。

「そ、そちゃの仕業か? いったい、拙者の知らぬ間に、何を仕出かした?」

 玄七郎は喚き返した。

「それは、こっちが聞きたい! なんで、勅使の行列が、時代祭りになっちまったんだ? 俺の見ている前で、見る見る、こんな有様に変化しちまったんだ!」

「勅使様は……?」

「あれだ」

 玄七郎の指差した方向を見て、嘉門はあんぐりと大口を開けた。

「牛車ではないか? 駕籠は、どこへ……」

 玄七郎は言い聞かせるように、ゆっくりと話し掛けた。

「駕籠が、俺の見ている前で、あれに変化したんだ。よく見てみろ。ほかの連中も、元々同じだが、衣装が平安時代に戻っちまっているだけだ。知った顔があるだろう?」

 玄七郎の指示で、嘉門はゆるゆると舞いを踊っている行列の顔を、一人一人じっくりと確認していった。

 確かめるたびに、頷いた。

「そ、そうじゃ……。衣装は変わっても、あの顔、この顔、京の都から出立した朋輩には変わりはない……」

 嘉門は一つ深呼吸すると、だだだっ! と足音を立て、牛車へと駆け寄った。

「勅使様! 勅使様! 嘉門でおじゃる! 村上嘉門でおじゃる! お顔を、お尊顔を、お見せくだされ!」

 ぐらり……と大きく揺れて、牛車が歩みを止める。牛車を仰ぎ見る嘉門の表情が、見る見る、恐怖に強張った!

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