七
二郎三郎と別れた玄七郎は、深雪を連れ、片岡外記の屋敷へ向かった。
すぐに座敷に通され、玄七郎の報告を待ちかねた外記が挨拶もそこそこに、謁見の内容に話が及ぶ。
「日光東照宮が江戸仮想現実の要、と大樹様は仰るのだな?」
「そうらしい。あの深雪って娘が……」
玄七郎は背後を振り返る。深雪は、縁側にちんまりと座り込み、足を庭側に投げ出してぶらぶらさせながら、片時も離さない縫いぐるみをいじくっている。
外記も玄七郎の視線を追って、深雪の後ろ姿を眺めた。
「修正プログラム、と申されたのか。大樹様は」
「ああ。鞍家二郎三郎と言う遊客の話じゃあ、人間の形をしたプログラムなんだそうだ」
外記は「おっ!」と驚きの顔を見せた。
「二郎三郎殿が、江戸城へ出仕なされたのか? 珍しいこともある」
「知っているのか?」
玄七郎が尋ねると、外記は深く頷いた。
「有名な開闢遊客じゃ! 普段は品川の、裏長屋にお住まいになっておられるが、江戸においては、様々な事件を解決なされておられる。畏まった席が苦手で、江戸城に登城される義務を、逃げ回っておられた。しかし、敢えて出仕なされたと言うのは、やはり今回の危機は、それほどの一大事なのじゃな……」
腕組みをして嘆息した。
玄七郎は外記の言葉が気になった。
「江戸城に登城する義務、とは?」
「江戸仮想現実を創り上げた開闢遊客の方々は、幕閣にお上りになり、老中を務める義務があるのじゃ。じゃが、二郎三郎殿は、そのような窮屈な義務が苦手と見え、何度も登城を要請されたが、悉く断っておられた」
玄七郎は、「そうだろうな」と、軽く思った。伊呂波四十八文字を染め抜いた、浪人姿の二郎三郎を思い浮かべる。どう考えても、裃を身につけ、江戸城内部で、堅苦しい遣り取りをする人物には見えない。
足音がして、そちらを見ると、冬吉の姿が見えた。折り目正しく膝をつくと、外記に向かって口を開いた。
「お召しにより、参上仕った」
「うむ」と外記は頷き、玄七郎に顔を向けた。
「東照宮へは、冬吉を供に参るが良い。途中、何らかの妨害があるやも知れぬ」
「妨害? 敵が攻撃するってえのか?」
外記は厳しい表情になった。
「そうじゃ! そちの話によると、ウイルス・プログラムを仕掛けたのは、黒須五十八と申す遊客らしいな。儂も調べたのじゃが、黒須五十八と申す遊客は、そちを故意に〝ロスト〟させた罪により、江戸永久所払いとなっておる。普通なら、二度と江戸仮想現実には接続できぬはずなのじゃ」
江戸所払いとは、遊客が江戸仮想現実に接続しようとしても、アクセスを拒否する処置である。江戸において、あまりに酷い事件を引き起こした遊客に適用される。
「そうか。接続できないはずの五十八が、なぜか舞い戻れたのは、ウイルス・プログラムのためだったんだな! しかし──」
玄七郎は首を捻った。
「俺の知っている五十八は、しこしこウイルス・プログラムを組むような、そんな辛抱強い性格は絶対していねえ……。プログラムの勉強など、一度もしたとは、聞いてはいないが?」
「協力者がいるのであろうな。五十八と申す輩に、ウイルス・プログラムを提供した、優秀なプログラマーがいるのじゃろう」
外記の言葉に玄七郎は「ふうむ」と唸った。そんな協力者、玄七郎の記憶にはない。
多分、自分が〝ロスト〟した後、五十八がお得意の脅しを使って、仕立て上げたのだろう。
玄七郎と外記が黙り込んだのを見て、冬吉が話しかける。
「外記様。拙者、玄七郎殿と日光東照宮へ向かうにあたり、何か注意すべき事柄は御座いますか?」
「ああ」と思い出したように、外記は顔を上げ、冬吉に向かい合った。
「三人が日光東照宮へ向かうのは、あくまで秘密にせぬといかぬ! 大樹様が玄七郎に深雪様を連れて行くように命じたのは、隠密だからであろう。東照宮に向かう隠れ蓑が必要じゃ!」
冬吉は首を傾げた。
「隠れ蓑。そのようなものが、御座いますので?」
「ある!」
外記は自信深げに頷いた。
「ちょうど来月は、日光例幣使が東照宮へ向かう時節じゃ! お主たちは、例幣使の一員として紛れ込めば良い。儂が工作しておく」
「なーるほど!」
冬吉は、ぴしゃりと、自分の膝を叩いた。
「それなら、大手を振って、街道を歩けますな!」
玄七郎はポカンと口を開け、外記と冬吉を見詰めた。
「日光例幣使って、何だ?」
外記と冬吉は、顔を見合わせた。




