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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第四回 電脳大江戸怪異譚の巻
22/54

 江戸城には遊客の気配が満ち満ちていた。

 江戸仮想現実に襲い掛かる未曾有の危機に、征夷大将軍が呼び集めたのである。召集を受けたのは、江戸町人たちから「開闢(かいびゃく)遊客」と呼ばれている一群の遊客たちだ。

 文字通り、江戸仮想現実を作り上げた、創立者たちである。江戸仮想現実のような、大規模で緻密な仮想現実は、たった一人では作り上げられない。どうしても、多数の専門家たちの協力が必要である。

 創立者たちは、仮想現実環境デザイナーと呼ばれる。仮想現実の、ありとあらゆる環境をデザインする、人々の憧れの職業だ。

 もちろん、将軍は江戸仮想現実作成の中心プランナーで、今も昔も、征夷大将軍という地位は揺るがない。

 表と呼ばれる江戸城の黒書院に、ずらりと居並んだ開闢遊客たちは、将軍が何を言い出すのか見当もつかないという表情を浮かべて、時折ちらちらと、広間の御簾に目をやっている。

 玄七郎は黒書院の、もっとも御簾から遠い位置に座らされた。それでも溜りと呼ばれる、次の間に控えさせられるわけではないので、大変な厚遇を受けていると言える。

 開闢遊客たちは、見慣れない顔がいるので、ひどく玄七郎を気にしている。

「あんたが漣玄七郎さんかね?」

 出し抜けに話し掛けられ、玄七郎はぎょっとばかりに声の主に顔を向けた。

 長い顔の、男が玄七郎の顔を覗き込んでいる。男の身につけているのは伊呂波(いろは)四十八文字を染め抜いた着流しで、頭髪は蓬髪にして、どう見ても浪人姿である。

 男は、にやりと笑い掛けた。笑うと、幅広い口が横に広がり、珍妙な面相になる。

「おっと! 人に物を尋ねるには、まず自分からだったな。俺は鞍家二郎三郎といって、御推察の通り、創立者の一人さ。何でも将軍が、江戸仮想現実存続の危機が迫ってるとかで、俺のような浪人も掻き集められたんだ」

 玄七郎は「へえ……」と、鞍家二郎三郎と名乗った相手を見直した。黒書院で控えている他の遊客は、皆が皆、堅苦しい態度でいるのに、こいつは別だ!

「あんた、隠密かね?」

 二郎三郎に真正面に尋ねられ、玄七郎は思わず素直に頷いていた。二郎三郎は「やっぱりな!」と一人で納得している。

「最近、盗賊上がりの遊客が将軍に隠密に命ぜられたと聞いたが、あんたか!」

 玄七郎の過去は、将軍により、江戸町人たちからは完璧に消去されている。しかし遊客は、記憶消去の処理を受けつけない。従って、玄七郎が盗賊をしていたという過去を二郎三郎は承知しているのだ。

 二郎三郎は玄七郎の当惑をよそに、言葉を続けた。

「しかし隠密とはいえ、開闢遊客でもないあんたが、将軍の謁見を命ぜられるとは、異例中の異例だな。いったい、将軍は何であんたを呼びつけたんだろう?」

 言われて初めて、玄七郎は気付いた。

 そうだ、なぜ俺は江戸城に呼びつけられた? 江戸創立メンバーでもなく、単に隠密に任ぜられ、しかも〝ロスト〟したドジな遊客の俺が……。

 玄七郎の物思いは、突然に破られた。


 ──江戸仮想現実が危うい……。皆の協力を切に願う……。


 不意に御簾の方向から、将軍の声が黒書院に響き渡った。

 全員が百万ボルトの高圧電流に感電したかのように、一斉に強張り、御簾に顔を捻じ向ける。

 将軍が降臨した!

 御簾の向こうから、将軍の発する、圧倒的な気配が黒書院を占領している。遊客が発するシグナルとは異なる、極めて強い気配に、全員が粛然となっていた。


 ──江戸仮想現実の異常は、日光東照宮から発している……。日光東照宮は、江戸仮想現実を制御する装置である。予の調べによると、日光東照宮に、外部よりウィルス・プログラムが感染し、そのため江戸仮想現実が不安定を来たしておる……。


 将軍の言葉に、全員が顔を見合わせた。

 玄七郎が隣の二郎三郎を見ると、真剣な表情になって、将軍の言葉に耳を傾けていた。


 ──漣玄七郎、前へ出よ!


 将軍の指名に、黒書院の全員が視線を集中させた。突然の注目に、玄七郎は凝然となっていた。

「おい、お前さんのことだろう?」

 二郎三郎に声を掛けられ、玄七郎はぐっと歯を食い縛った。

 すっと立ち上がると、大股に歩き出す。

 江戸城では、決して大股に歩いてはならない。足の裏を滑らせるようにして、摺り足になり、静々と歩く。しかし玄七郎は、どすどすと足音を立て、大股で進み出た。

 この無作法に、居並ぶ創立者たちは、全員むっと大袈裟に顔を顰める。が、末席の二郎三郎だけは、声を忍ばせて笑っていた。

「俺に、何の役目がある?」

 玄七郎は、御簾を睨みつけ、大声で叫んだ。


 ──日光東照宮へ赴き、プログラムを修正せよ!


 将軍の返答は、まるで感情を欠いていた。わざとらしい玄七郎の無作法にも、全く気にしていない。それが玄七郎を苛つかせた。

「俺にプログラムの修正なんか、できるわけないだろ。俺はプログラマーじゃないぜ」


 ──修正プログラムを用意した。


 将軍の返答は簡単だった。同時に将軍の存在そのものが、御簾の向こうから消え失せていた。気配が消えたのだ。

 呆気に取られていると、するすると御簾が上がってゆく。

 御簾の向こうに、一人の人物が座っていた。

「あんた、誰だ?」

 玄七郎の声に、相手は顔を上げた。

 少女だった。

 細面で、両目がひどく大きい。目立たないほど低い鼻に、きりっとした真っ直ぐな唇。細い頤。肌は白く、首筋に薄く血管が透けて見えていた。

 髪の毛は真っ直ぐで、額で横に一直線に切り揃えたお河童である。

 少女は無言で立ち上がった。

 立ち上がると、意外と背は高い。

 手足が長く、首が細いため、現実世界にいれば、ファッション・モデルにぴったりだと、玄七郎は妙な感想を持った。

 身に纏っているのは、童女が着るような着物である。丈が短く、両膝が剥き出しだった。奇妙なのは、少女が右手にしっかりと抱えている縫いぐるみだ。

 恐らくは、蜥蜴(とかげ)か何かの爬虫類を模したものだろう。しかし造りがあまりに雑で、目鼻立ちがアンバランスだった。可愛いとは、絶対に言えない造型である。

 色は真っ赤で、黒い斑点が背中側に散りばめられ、腹は真っ青。目がチカチカする配色だ。

 玄七郎は、もう一度、尋ねた。

「あんた、誰だ?」

 それまで俯きがちの少女が、顔を挙げ、真っ直ぐに玄七郎を見詰めた。

 少女の唇が開き、言葉を押し出す。

「あたし、深雪(みゆき)

 それきり、プイと顔を背ける。

 玄七郎は呆然となっていた。

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