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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第四回 電脳大江戸怪異譚の巻
21/54

 急ぎ、江戸城へ出仕せよという命令が来たのは、八州廻りの大黒億十郎が外記に報告をした、翌日だった。

「俺に、江戸城へ来い、というのか?」

「左様。玄七郎殿を、名指しで大樹様……征夷大将軍のお達しで御座る」

 命令を伝えに来たのは、裃に威儀を正した正使である。

 何と仰々しくも、乗物──大名駕籠をそう呼ぶ──で玄七郎の住処に乗り付けて来たのである。正使には、冬吉が副使として伴っていた。

 冬吉も、いつもの武芸者姿ではなく、きちんと裃を身につけている。

 玄七郎の棲家には玄関などなく、駕籠は馬糞臭い、家の前の通りにでん、と置かれている。

 物見高い近所の町人が「何事?」とばかりに集まり、遠巻きに覗き込んでいるが、さすがに声は立てられず、しんと静まり返ったままである。

 現実世界で言えば、下町の独身者アパートに、いきなり高級リムジンが乗りつけ、国連大使が来訪したようなものだろう。

 いや、もっと仰々しいかもしれない。ともかくも、(おそれ)れ多くも(かしこ)くも、将軍様の使いが玄七郎の家に乗り込んだのだ。

「畏まれ! 今より、大樹様の御通達を申し聞かせる!」

 正使の侍は、だらしなく膝を崩している玄七郎に、両目を吊り上げて叫んだ。ぴりぴりと唇が痙攣し、蟀谷に血管が浮かぶ。

 玄七郎は馬鹿馬鹿しさに「へっ!」と肩を竦め、そっぽを向いた。

 正使の侍は、片膝を立てた。ぴしりと白扇の先を、玄七郎の横顔に向け叫ぶ。

「おのれ! その傲岸不遜な態度、許せん……」

「許せん……とは、どういう意味だ?」

 じろり、と玄七郎は侍の顔を見詰め返した。

 つるりとした凹凸の目立たない顔立ちで、饅頭に目鼻という形容がぴったりである。侍の表情に、さっと(ひる)みが浮かぶ。

 玄七郎が遊客の気迫(カリスマ)を発したのだ。遊客の気迫に対抗できるのは、先ほどから黙って控えている冬吉のような、公儀隠密御庭番くらいのものだ。

 玄七郎は見せ付けるように、わざと畳の上に身を投げ出し、仰向けに寝ころんだ。

「馬鹿馬鹿しくて、聞いてられねえや! 判ったよ、行くよ! 将軍に、そう伝えてくれや。さ、用件は済んだろ。とっとと、帰ってくれ!」

「ぬ、ぬ、ぬ!」

 正使の侍は、言葉を失い、顔を真っ赤にさせている。刀を抜き放ちたいのだが、玄七郎が気迫で抑えているので、身動きがとれない。

「帰れ!」

 玄七郎は、今度は本気で侍に気迫を浴びせかけた。

 どて! と正使の侍が無様に引っくり返る。

「ぐ……ぐぐぐぐっ!」

 両目が白くでんぐり返り、ぶくぶくと口から泡を吹いた。痛烈な玄七郎の気迫に、遂にぷっちーん! と神経がぶち切れたのだ!

「しょうがねえなあ……」

 玄七郎は立ち上がり、ぐいと片手で正使の襟首を持ち上げた。そのままずるずると引き摺って、戸口へと向かう。

「おい、お荷物だ。返すぜ!」

 ぽい、とぶら下げた侍の身体を、戸口前で膝をついて控えている足軽たちへ放った。足軽たちは突然の事態に、おたおたしているだけで、何も対処できない。

「帰れ! そいつを駕籠に乗せて、帰れってんだ!」

 玄七郎の怒りに、足軽、家来たちは言葉もなく、どたばたと見っともなく狼狽したまま主人を駕籠に押し込んだ。

 そのまま駕籠を持ち上げ、ほうほうの態で逃げ帰る。

 家に戻ると、冬吉が相変わらず黙ったまま、畳に座って待っていた。玄七郎の顔を見上げ、苦い表情を浮かべる。

「玄七郎殿。まるで子供の駄々っ子で御座るな。なぜ、あのような態度を取られる?」

 憤然と玄七郎は畳に胡坐を掻いた。

 冬吉の忠告は判りきるほど、判っている。自分でも、子供のような真似だとは承知していた。

「どうでもいい。俺の態度が気に食わないなら、好きにするさ! 切腹でも、何でも、申し付ければ良いんだ。だが、俺が大人しく従うと思ったら、大間違いだ!」

 玄七郎の態度に、冬吉は絶句している。何か言い掛けるが、思い留まり、口を(つぐ)んだ。

 なぜかしら玄七郎は、苛立っていた。

 いや、理由は判っている。

 外記が推察した、現実世界からの江戸仮想現実への干渉が、玄七郎の神経にきりきりとした痛みをもたらしていたのである。

 なぜなら玄七郎は〝ロスト〟した遊客である。相手が現実世界から、江戸仮想現実に向けて、ちょっかいを仕掛けているというのに、玄七郎はぼけっと、このまま仮想現実世界の変貌を待ち受けなくてはならない。

 何もできない。自分では手が届かない相手に対し、言いようのない怒りが込み上げる。

 それと、将軍だ!

 江戸仮想現実を支配する将軍との謁見という事実が、玄七郎の神経をささくれ立たせていた。

 相手は江戸仮想現実では全能者である。つまり、神に等しい力を持つ。

 玄七郎が隠密となるため謁見したときは、途方もない相手の力量に、心底ぶるぶる震え上がったものである。

 その将軍に、またしても謁見しなくてはならない。

 気が重い……というより、恐怖心が込み上げる。厭で厭で、どうにも致し方がない。

 が、わざわざ将軍が自分を名指しで呼びつけたのは、江戸仮想現実に仕掛けられた謎の相手の攻撃に対処するためだろう。

 玄七郎は戦う気になっていた。そのためには、将軍との謁見でも何でもするつもりだ。

 畜生……。見てやがれ! 俺に何ができるか判らないが、やってやる!

 ぎらぎらと闘志を剥き出しにする玄七郎を、冬吉は不安そうな目で見守っていた。

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