二
その時、別の声が響いた。
「おっと! そいつは、俺のダチなんだ。お前なんか、用はないね!」
夜鷹がぎくりとなって、声の方向に身体を捻じ向けた。若い遊客の背後から、もう一人が姿を表した。遊客と同じくらいの年齢で、こちらもすらりとした背格好の、若い男である。
新たに現われた男も、若い遊客と同じく、髪は蓬髪にして、横に分けている。いわゆるザンギリ頭である。
身につけているのは、縞の着流しで、刀は差していない。だらりとした綿入れを羽織り、雪駄履きと、江戸暮らしが長そうな出で立ちだ。
江戸にやって来る遊客のほとんどは、月代を剃らず、髷を結っていない者が多い。したがって、この男も遊客だろう。こちらは最初に声を掛けられた遊客と違い、相当に物腰は慣れ切っていそうだ。
長い顔に、顎の辺りに青々と剃り跡が出て、くっきりとした太い眉と、芝居に出れば大向こうを唸らせるような「目千両」と形容するに相応しい顔つきをしている。
目鼻立ちだけ見れば、水も滴る良い男と言える。だが、生憎と表情は良くない。下卑た笑いを終始ずっと頬に張り付かせ、初対面の相手でも、即座に不愉快にさせる表情を浮かべている。
「ちっ!」と夜鷹は、舌打ちをした。獲物を、目の前で掻っ攫われた心地であろう。
ザンギリ頭のほうが、夜鷹に向かって、邪険に手を振って追い払った。
「おととい来やがれ! こっちは先約があるんだ!」
「べえーっだ!」
夜鷹は悔しそうに舌を出すと、くるりと背を向け、いそいそと街道へ戻って行った。新たな上客を探すつもりらしい。
「玄七郎! 何ボケっとしたまま、突っ立ってるんだよ! あんな時は、きっぱり断らないと、付け上がらさせるだけだぞ!」
ザンギリ頭が、「玄七郎」と呼びかけた侍姿の遊客に馴れ馴れしく話し掛けた。どうやら、若い遊客の名前は、玄七郎というらしい。玄七郎は、ぼうっと立ち尽くしていたが、ようやく我に返った。
「あ、ああ……。判ってる……。でも、あんまり驚いたもんだから……」
もごもごと口の中で呟くように答えた。
ちらりとザンギリ頭に視線をやり、問い掛けるように話し掛ける。
「五十八。君は随分、慣れているみたいだな」
「へっ!」と五十八と呼び掛けられた男は肩を竦めた。目に、からかうような色が浮かぶ。
まるで「俺以外の人間は、総て馬鹿!」と言いたそうな、顔つきである。
「いい加減、その言葉遣いも改めねえとな。いつまで経っても、現実世界の癖が抜けねえと、上手くやってけねえぜ!」
玄七郎は「うん……」と、自信なさそうに俯いた。
侍姿の若い遊客は名前を漣玄七郎と名乗っている。ザンギリ頭は黒須五十八。
もちろん、本名ではない。現実世界から、江戸仮想現実に接続するときに使う、別名なのだ。
そう、ここは仮想現実の江戸なのである。
二人は現実世界から、仮想現実接続装置を介して入府するプレイヤー……こちらでは遊客と呼ぶ……なのだ!