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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第三回 電脳隠密漣玄七郎初仕事の巻
17/54

 喚き声を上げ、弁天丸の手下たちは、得物を振り(かざ)し向かって来る。手にする得物は、どこで求めたのか素性の判らない(なまく)ら刀、六尺棒などであるが、玄七郎と冬吉は、素手のまま立ち向かった。

 何しろ玄七郎は〝ロスト〟したとはいえ、歴とした遊客。冬吉は遊客とほぼ同じ能力を持つ御庭番隠密である。

 二人の反射速度、体力は、向かって来るヤクザなど、軽く凌駕する。

 ぶんっ! と唸りを上げ、振り下ろされた棒を、玄七郎は軽く(かわ)す。一瞬の内に相手の懐に潜り込み、鳩尾に当身を食らわす。

「ぐぶっ!」と呻き、相手の男は白目をひん剥いて悶絶した。気絶するに至らなかったのか、仰向けに地面に倒れ、悶えている。あれなら、気絶したほうが幸運だったろう。突き上げる苦痛に、声も出ない。

 冬吉は無防備に突っ立ったままである。しかし振り下ろした刀を、寸前でひょいっと躱し、平手で、ぱあんっ! と音高く、相手の頬を張り飛ばす。

 張り飛ばされた相手は、きりきり舞いをして、吹っ飛んだ。背筋を反らし、「うーむ!」と唸っている。

 こっちは、平手で張り飛ばされたときに気絶している。掌底が顎に決まって脳震盪を起こしたのだ。

 ほとんど汗も掻かず、玄七郎と冬吉は、賭場の手下たちを片付けていた。あちこちで二人に返り討ちに遭った手下たちが、呻き声を上げたり、あるいは気持ちよく気絶したまま倒れ込んでいる。

「くっ! くくく……お、おめえら……どこの誰なんだ!」

 弁天丸は一人だけ取り残され、額から、たらーり、たらりと汗を垂らしていた。即刻、逃げ出したいのに、両脚はびくとも動かない。

 いや、動けない。

 玄七郎が睨んでいる。視線には「動くな!」と遊客の意思が強く込められていた。

遊客が気迫(カリスマ)を持って江戸NPCに臨むと、凄まれた相手は、どうすることもできなくなる。

 蛇に睨まれた蛙と同じだ。

 弁天丸の表情に、驚愕が浮かんだ。

「お、おめえ……遊客か!」

 初めて玄七郎の素性に気付いたようだ。

 冬吉が素早く弁天丸に近づいた。

「少し、尋ねたいことがあるのだ。正直に答えれば、無事に帰してやろう……」

 ちら、と玄七郎に視線をやる。

「お主が察したとおり、あのお方は遊客であるぞ! ただし! ただの遊客と思うなよ……。お主が正直に我らの問いに答えればよし! さもなくば、お主が思いも寄らぬ、恐ろしい目を見るぞ! あのお方は、恐ろしいお方なのだ……」

 冬吉の言葉に、玄七郎は思わず噴き出しそうになるのを(こら)えていた。冬吉は、明らかに自分の役割を楽しんでいる!

 舌舐めずりをして、冬吉は続けた。

「あのお方は、このお江戸に留まりおかれし〝ロスト〟遊客なのだ……。色々、お主も噂を聞いているであろう? お主遊客の責めを受けたいか? ん?」

 玄七郎の頬に、笑いが浮かんだのを見て、弁天丸は何を勘違いしたのか、深刻な怯えの表情を浮かべた。

 がくがくと何度も頷き、口を開く。

「わ……判った! 喋る!」

「良い了見である!」

 ぽん、と冬吉が軽く、弁天丸の肩を叩いた。叩かれた弁天丸の両脚から力が抜け、すとんと、その場で尻餅をつく。

 冬吉は片膝を立て、弁天丸の顔を覗き込んだ。

「聞きたいのは、ただ一つ! お前たちの賭場に流れ込んでくる、小判の出所だ」

「それを聞いて、どうすんだ?」

 弁天丸は虚を突かれたような、不思議そうな顔つきになった。冬吉は声を荒げた。

「聞かれた質問に答えろ! 質問を、質問で返すのではない!」

 冬吉の大声に、弁天丸はびくっと痙攣したように、肩を震わせる。一瞬、反抗的な目の光が浮かぶが、即座に俯いた。

 ぼそぼそと、呟くように答える。

「金は、草加から届けられる。俺は、賭場を守っているだけで、こまけえ話は知らねえんだ……。本当だ!」

 玄七郎が何か言いかけたのを、勘違いしたのか、弁天丸は慌てて言い添えた。

「金勘定についちゃ、何も知らねえっ! た、頼む……見逃してくれ……!」

 玄七郎は、一歩、ぬっと前へ出た。弁天丸は顔中に恐怖を浮かべ、じりじりと尻餅をついたまま、後じさった。

「お前、俺を知らないのか?」

 玄七郎は冬吉に並んで膝をつき、弁天丸の顔を覗き込んで尋ねる。弁天丸は嫌々をするように、何度も顔を横に振った。

「し、知らねえ……! お、おめえなんぞ、一度も見ていねえ……!」

 玄七郎が遊客の気迫を緩めた瞬間、弁天丸は身体の自由を取り戻した。ぱっと、その場で立ち上がると、後をも見ずに、駈け去ってゆく。

 冬吉は小首を傾げ、立ち上がった。

「草加で御座るか? はて、あちらに、何があるので御座ろう……」

 玄七郎も立ち上がると、冬吉の真正面に回り、静かに尋ねた。

「なあ、そろそろ教えてくれても良いだろう? なぜ、弁天丸は、俺を全く見知らぬ他人だと思っているのだ? 本当に、奴は、俺を忘れているのか?」

 冬吉は少し眉を寄せて、考え込んだ。

 腕組みをして、答える。

「教えてもよろしいが……後々、恨みに思わぬかな?」

「恨み? 俺が何を恨むと言うのだ?」

 冬吉は決意を固めたような目つきになり、玄七郎の問い掛けに答えた。

「あの弁天丸だけでは御座らん。江戸の、今まで玄七郎殿が係わった町人、侍、百姓など総てが、玄七郎殿を完全に忘れ果てており申す。例外は、拙者や、外記様など、ごく僅かで御座る」

 ぼつぼつと語り出した冬吉の言葉に、玄七郎は茫然自失となっていた。

 冬吉の語ったのは……。

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