三
冬吉に尋ねてみよう……と、姿を探すと、何と当の相手は、巨大な木箱の前に立ち、真剣な表情で向かい合っている。木箱は、高さが五尺はあり、右側に、長さ三尺はありそうな棒が突き出している。
何をしているのだろうと見守っていると、冬吉は木箱の口に、手持ちの木札を何枚も突っ込み、右側の棒をぐいっと、力一杯、手前へ引いた。
がしゃがしゃがしゃ……と、木箱の中から音がして、真ん前に開いている覗き窓の絵柄が、どんどん変わってゆく。
ちん! ちん! ちん! と涼やかな鈴の音がして、窓の絵柄が揃った!
途端に、木箱の下半分に開けられた口から、ざらざらざらっ、と大量の木札が吐き出される。
「ほーっ! ほっほっほっほっ!」
冬吉は、鳥のような甲高い笑い声を上げた。木箱から吐き出された木札を、両手一杯に受け止め、にんまりと満足そうな表情になる。
玄七郎に気付き、大声を上げた。
「玄七郎殿! やりましたぞ! 大当たりで御座る!」
そうか、あの巨大な木箱は、スロット・マシンだったのだ! あまりにでかすぎて、一瞬では判らなかった……。
スロット・マシンからは、さらに大量の木札が吐き出された。後から後から吐き出されて、すでに床に、堆く山となっている。
「玄七郎殿も、手伝って下され!」
冬吉は両手一杯に抱えているので、もう床に屈めない。冬吉に言われ、玄七郎は慌てて床に膝まづいた。
ざらざらと毀れそうになるのを、掻き集め立ち上がる。
「どうすんだ、これ?」
玄七郎の言葉に、冬吉は意外そうな顔つきになった。
「勝ちは、勝ちで御座る!」
戦利品を抱え、冬吉は札の交換所に歩いてゆく。大量の木札を抱えた二人を、賭場の客が羨ましそうな視線で見送った。
「さあ、これを替えてくれ!」
じゃらりと木札を並べると、交換所の小者は両目を剥き出して、口をぽかりと開けた。
二人で集めた木札は、交換所に山と積まれている。後ろを振り返ると、物見高い客たちが、「結果や、いかに?」と、興味津々に覗き込んでくる。
小者は渋い表情になるが、それでもきちんと積まれた木札を数え、現金に交換した。
出された金は、小判で百両に達していた。賭けで儲けたとはいえ、信じられない金額である。
冬吉は、悠然と懐に小判を収めると、胸を張って賭場を後にした。
肩を並べ、賭場からかなり離れた所で、玄七郎は冬吉に声を掛けた。
「冬吉、何をした?」
冬吉は、一瞬にやっと笑って、懐から手を出した。手には、細い針金が光っている。
玄七郎は、呆れて声を高めた。
「やったのか?」
冬吉は「ぐすっ」と聞こえるような含み笑いをして、肩を竦めた。
「まあ、少しばかり、細工を……。隠密なら、このくらい、軽くでき申す。あのような絡繰なら、針金が一本あれば、幾らでも……」
呆然としていると、闇の中からどすの利いた声が響いた。
「そうかい! お前ら、イカサマをしたのかい?」
ぎくっと声の方向に振り向くと、賭場の胴元、弁天丸が、手下数人を引き連れ、立ちはだかっていた。手下たちは、憎々しげにこちらを睨み、手には得物を翳している。
弁天丸は、相変わらず、長大な刀を肩に担いで、やや反り返った姿勢でいる。腰に差さないのは、あまりに長すぎ、背中に差すのも不可能なのだろう。
あれで振り回せるのだろうか?
無理であろう。恐らく、見掛け倒しに違いない。
玄七郎がちらっと、冬吉を見ると、冬吉は微かに頷いて見せた。顔には「心得て御座るな?」と、言いたげな表情が浮かんでいる。
ああ、と玄七郎は頷き返した。
このために、冬吉は、わざと目立つように、スロット・マシンに細工をしたのだ。
つまりは、おびき出しである。
ぶらぶらと二人は、まるで無防備に、賭場の男たちに近づいた。
玄七郎と、冬吉の態度が意外だったのか、男たちは気圧されたように、二、三歩引き下がる。
玄七郎は真っ直ぐ弁天丸の長い顔を睨んだ。
「だとしたら、どうなんだ? お前らだって、賭場の客に対して、色々イカサマを仕掛けているんじゃないのか?」
忽ち、弁天丸の顔が、怒りに歪んだ。
「野郎……許せねえ……」
くるっと手下たちに向き直り、大声を張り上げた。
「やっちまえ! 生かして帰すな!」
「おおっ!」と、手下たちが叫び返す。
玄七郎と冬吉は、ぱっと身構えた。