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電脳隠密~漣玄七郎の才能~  作者: 万卜人
第三回 電脳隠密漣玄七郎初仕事の巻
15/54

 日の暮れるのを待って、玄七郎と冬吉は連れ立って、内藤新宿近くの、賭場に顔を出した。

 周りは田圃(たんぼ)と、畑ばかりで、本格的とは言い難い賭場である。あまりに小規模なので、わざわざ探索の手も伸びない。

 というより、八州廻りや、町奉行の手下になっている道案内や、岡っ引きが胴元になっていることも多いのだ。

 それでも、賭場として使われている小屋の近くには、若い男が、地面に腰を下ろして、辺りを見張っている。玄七郎と冬吉が近づくと、ひょいと立ち上がり、小腰を屈めて近づいた。

「どちらさんで?」

 玄七郎は思わず口篭った。

 するりと冬吉が前へ出て、口を開いた。

「弁天の親分は、いらっしゃるかな? ちょっと、遊ばせて貰うよ」

 途端に、若い男の顔つきが一変した。一瞬にして心得顔になって、いそいそと二人を案内し始めた。

「親分のお身内でござんすか! それでは、こちらへどうぞ!」

 玄七郎は冬吉を横目で睨んだ。小声で囁く。

「どうなってる? あいつは、この辺りの小悪党で、十郎って奴だ。俺は以前、あいつと組んで、盗みをしたはずだが、あいつは全然、俺を覚えていねえ……!」

「しっ! お静かに!」と冬吉は口の端で答えた。ちらっと目で合図して「後で説明いたす」と囁き返した。

 小屋に入ると、回転数字当て(ルーレット)が真っ盛り。ディーラーが無表情に、回転盤をぐるーっと回転させ、中に球を投げ入れる。球はからからと乾いた音を立て、盤を転げまわっている。

 盤の周りには、金を賭けている連中が鈴生りになって群がって、息を飲み込んで球の回転を見詰めていた。

 胴元も、客も、完全に江戸町人の出で立ちだが、やっているのはカジノである。あっちでは花札を使ったブラック・ジャックや、ポーカー。骰子(さいころ)を振ってクラップスに興じている客もいる。

 昔ながらの、壷を振って「丁半駒揃いました!」などとやっている賭場は、今はあまり見かけない。

 これで小規模なのだから、旗本屋敷とか、寺社を使った本格的な賭場となると、昼日中から山車(だし)が出る、お神輿(みこし)が練り歩く、寺の宿坊には、客が泊まれるようになっていると、至れり尽くせりとなっている。

 実を言うと、こちらの江戸では、賭け事は表向き禁じてはいるが、大目に見ようという暗黙の申し合わせができている。何しろ客の中には遊客が多く混じっている。

 つまり、こういったカジノを楽しみに、江戸仮想現実に入府する遊客もいて、無闇と取り締まれないのである。

 しかし素人の、江戸町人が被害を受けるとなると話は別で、お上はガラリと態度を豹変させるのは、胴元も承知である。そこら辺は、素人がウカウカと迷い込まぬよう、気をつけている。見張りは、手入れより、素人連中が近づくのを防止しているのだ。

 入口近くで、代用貨幣(トークン)の木札を手に入れる。格子があって、下の隙間から、小者が小判や、一朱銀、二分金などを受け取り、代わりに木製の札を返す。

 玄七郎は、札を受け取る際、ちらっと、奥に積まれている小判を眺めた。一瞬で充分である。視界に収めた光景は、電脳空間に転写され、出回り始めている〝溢れ金〟と照合される。

 冬吉に向かって、頷いてみせる。やはり、賭場に〝溢れ金〟は大量に、出回っていた。

 照明の反射で、金含有量が判る。視界に止めた小判の大きさ、形などから、今まで手に入った〝溢れ金〟のデータを照合したのだ。

「冬吉さん、あんた、やるかね?」

 木札を渡すと、冬吉は明らかに嬉しそうな顔つきになった。意外と、好きらしい。いそいそと受け取り、どの台が儲かりそうか、物色している。

 玄七郎は、ゆっくりと台を冷やかしながら歩いていた。あまり、玄七郎は、賭け事が得意ではない。賭博勘がないのだ。むしろ、すってんてんに引ん剥かれるほうが、多い。

 バカラと思われる台の向こうに、一人の悪党が周りに女を(はべ)らせ、馬鹿でかい煙管を咥えて、すぱーり、すぱりと煙を吐いていた。

 玄七郎は緊張した。なぜなら、相手の悪党に、見覚えがあったからだ。

 弁天丸と名乗る、悪党である。ひょろりとした姿をして、いつも皮肉そうな笑いを片頬に張り付かせている。

 肩から、床にかけ、斜めに長さ一間はありそうな、巨大な刀を引きつけている。あまりに巨大で、長くて、とても実用にはなりそうにもない。歌舞伎の演目に「(しばらく)」というのがあるが、あれに使われるような、大きさである。

 弁天丸がひょいっ、と顔を上げた。一瞬、玄七郎と目が合う。が、弁天丸は、何の感興も表さず、すいと視線が逸れて行く。表情には、まるっきり、感情は表れてはいない。

 どういうことだろう? あいつは、完全に、玄七郎を無視している。まったく、見知らぬ他人としか、思えないではないか?

 顔を背け、玄七郎は花札を開帳している台に近づいた。こちらは江戸風の、「コイコイ」をやっている。

 席に座り、花札を受け取る。手札を配っている胴元が、ちらと玄七郎の身につけている着物の柄に目をやった。

「おっ! 旦那、その柄、粋だねえ……。お好きなんですかい?」

「まあな……配ってくんな……」

 玄七郎はとりあえず、目の前の勝負に没頭した。頭の中は、今しがた出くわした不思議で、疑問が熱湯のように煮え(たぎ)っていた。

 何が起きている? なぜ、弁天丸は自分を無視した?

 瞬く間に、玄七郎は手持ちの木札を巻き上げられてしまっていた。

「旦那、運がなかったですね……」

「ああ、又、来る……」

 玄七郎は、ふらりと台を離れた。

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