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プレアデスの鎖を解け  作者: 湊波
EP3 : Al2O3 ただ、君を想う
68/113

12-2. Happy-End

「ずいぶん嬉しそうだね」

「こ、これを喜ばずして何を喜べと」


 ラナの問いかけに、ヴィンスは上機嫌に応じた。


 雨音の響く礼拝堂だった。アイシャを追い出し、静けさを取り戻したそこには、ぽつぽつと蝋燭が灯っている。

 炎に照らされて、教壇にぽつんとラナが立ちつくす。長椅子に腰掛けたヴィンスが祭祀服カソックの襟元を整えれば、彼女は呆れ顔をした。


「今の方がよっぽどいいよ。やる気に満ちてるって感じで。普段から、これくらいちゃんとした格好をすればいいのに」

「お、おかげで上手く騙されてくれただろう? だ、誰もプレアデス機関が学術機関アカデミアに奪われたと信じて疑わなかった」

「悪趣味ともいうね」

「す、全ては星の導きのままに」ヴィンスは悪びれもせずに笑った。「ぷ、プレアデス機関は俺に告げた。く、狂った世界の時間を取り戻すため、輝石の魔女を以ってして伝承をなぞれと。な、ならば俺は、プレアデス機関の導いた結論に従うのみだ。そ、それこそが存在意義なのだから」

「これまた、大層な理由だね」


 ラナはからかうような笑みを浮かべた。青玉サファイアの耳飾りを揺らして小首をかしげる。


「その指示が間違っていたら、どうするつもりなんだい?」

「か、神が間違えることなどありえない」ヴィンスはぴしゃりと言った後、声を和らげた。「か、かの機関の命令は戒律のようなものさ」


 プレアデスの時間管理の機能は強力であるがゆえに、悪用されると厄介だ。守り人は悪人から星を守る。ならばまず、その守り手が掟を遵守せねばならない。ヴィンスは熱を込めて返答するが、ラナはしっくりこないらしい。

 

「随分と窮屈そうな生き方にも見えるけど」

「そ、そんなことはないさ。な、何もかも単純で素晴らしい」ヴィンスはぶっきらぼうに応じた。「お、俺からすれば、戒律を破る人間の気がしれん」

「まるで、実際になにかあったみたいな言い方だ」

「そ、そのとおり。お、俺の弟はこの掟を破った。た、大病を患った女を救うなどという、くだらん私情に走ってな」


 ヴィンスは携帯端末をちらと見やった。2153/09/23 14:47。青白い光と共に表示された時刻の裏では、円盤状の精密機械が映されている。鼓動のように明滅する回路――その中心に刻まれた『preiades』の文字を指先で撫でてて、ヴィンスは長椅子から立ち上がる。


 教壇へと近づいた。そこで、「あぁ」とラナが何事か得心したような声を上げる。


「そっか。つまり、お互いに譲れないものがあったんだね」

「ほ、ほう? お、面白いことを言う」

「だって、どちらかが折れてたら仲違いなんてしてないだろ? きっと二人は似たもの同士だったんだろうね」


 ヴィンスは鼻を鳴らした。見も知らぬ人間まで擁護するようなラナへ、彼は批難じみた視線を送る。


「き、君のそういうところが、薄気味悪いと俺は思うよ」


 ラナはふわりと笑んだ。そこには悲しみも怒りもない。何が彼女をそこまで歪ませたのか。それをしかし、追求する気はまるで起きなかった。


 ヴィンスが差し出した短剣を、彼女は迷うこと無く受け取った。


 きっと、間を置かず彼女は刃を己にあてがうのだろう。教壇から一歩離れながらヴィンスは思う。それは最早確定した事実のようにも思えた。


 そこで、礼拝堂の扉が勢いよく開かれる。


 ラナが目を見開いた。黒灰色の目が僅かに揺れる。それを見て、ヴィンスは来訪者が何者なのかを知る。


「そ、そろそろ来る頃だろうと思っていたよ」振り返ったヴィンスは、うっすらと口元に笑みを浮かべた。「よ、ようこそ。あ、アラン・スミシー」


 肩を雨に濡らしたアランが顔を上げた。その金の目が暗く光る。


「ラトラナジュを返してもらおうか」

「か、返すなどとは人聞きの悪い」ヴィンスは懐に手を伸ばしながら笑った。「か、彼女は己の意思で選択した。そ、それを蔑ろにする方が、どうかしてると思わないか?」


 目を眇めたアランが動く。装飾腕輪レースブレスレットから外された輝石が仄かに輝いた。言葉はいらないということなのだろう。まさにその一点に関しては、ヴィンスも同意見だった。


 視線だけでラナを背後に下がらせ、ヴィンスは掴んだ黒の小石を宙に放つ。


『 悠久のとりで 王去りし後もそのを護る』


 黒石が輝き陣を結ぶ。眼前に展開された結界が、アランから放たれた疾風をすべて弾いた。乱れた風が蝋燭の炎を消し、長椅子を蹴散らす。だが輝石の魔術師は防がれることを予想していたらしい。


『冠するは雷 怒りを放ち悪しきを裁け』


 大股で近づきながら、間髪入れずにアランが追撃の魔術を放つ。幾筋にも分岐した稲妻が向かう先は結界ではなく、陣を結ぶ黒石。


 賢しい男だ。結界術の弱点を理解しているらしい。ヴィンスは冷ややかな称賛を送りながら、再び小石を宙に打つ。


『敬虔なる教皇 虚ろの声にて聖者を拒む』


 結界を構成する四辺の小石を守るように、極小の鏡が形成された。鏡に弾かれた雷は、そのままアランの元へと矛先を反転する。


 アランはしかし、落ち着いた様子で詠唱を紡いだ。顕れた雪華に煌めく盾が雷を打ち消す。白煙が上がる。


 ヴィンスは鼻を鳴らした。随分と舐められたものだ。結界術で守ることは出来ても攻めることはできない。アランがそう考えているのが、ありありと伝わってくるようだ。

 あぁ、まったく。


「か、勘違いも甚だしいな、アラン」


 ヴィンスは小石を一つ放った。それは鏡を生んだ小石に当たり、五つの石をアランの元へ弾き飛ばす。組み変わる陣と共にヴィンスは手を掲げる。


『偉大なる騎兵 狂王に仇なす全てを切り伏せる』


 白煙が途切れた。同時に小石が強く輝き、五つの黒衣を纏った騎士を産む。ぐるりと己を囲むそれにアランの顔が歪んだ。


 ラナが背後で息を飲んだ。養父とうさん。そんな微かな声を無視して、ヴィンスは手を振り下ろす。


 五つの刃が白煙を裂いてアランに迫った。これでやられるような男ではないだろうが、足止めならば十分だ。故に、その結果を見届けることもなく、ヴィンスはラナへ声をかけようと口を開く。


 それはしかし、結界の壊れる澄んだ音で遮られた。ありえぬ出来事にヴィンスの表情が凍りつく。次いで降り注ぐは、結界を構成していたはずの黒石の欠片。


『|生体骨格起動: 豹《Binomen open: Panthera pardus》』


 機械の駆動音が鼓膜を打つ。ヴィンスが顔を跳ね上げた先で、仮面の少年が短剣片手に降下する。

 ヴィンスは舌打ちし、紙一重でそれを後退して躱した。


「あ、学術機関の餓鬼か」

「残念だったね」豹を模した仮面の下で、少年は――エドは冷やかに告げる。「あんたが怒りを買った人間はアランだけじゃなかった、ってことだ」

「ふ、ふん。よ、よりにもよって魔術と科学が手を組むなど。お、愚か者に人種の別は関係ないようだ」


 なぁ、そうだろう。ヴィンスはラナを見やった。青い顔をした彼女は唇を震わせて短剣を握りしめる。


 ヴィンスはうっすらと笑んだ。あぁそうだ。そうだろうとも。君にそれ以外の選択肢はないはずだ。


 視界の端で、五つの騎兵が砕けて消えた。ゆらりと姿を表したアランが足早に近づいてくる。前方から迫るのはエドだ。考えるまでもなくヴィンスが不利だった。この場にエドナがいれば良いが、アイシャを追い出すように命じた今、それも望めない。


 さりとて、星の守り人たる彼の胸に後悔はない。間違いなく目的は果たされる。その確信は、視界が暗転するその時まで揺らぐことはなかった。



 *****



 エドは素早くヴィンスを昏倒させた。地面に倒れる男を一瞥し、息を吐きながら仮面を外す。


「あんたと共闘なんて、どうなることかと思ったけど」エドはアランをちらと見やった。「案外なんとかなるもんだね」

「俺の考えた計画だ。不測の事態などありえないさ」

「……そこはもう少し謙虚になれないのか?」


 エドが白々しい視線を送る中、肩をすくめたアランはラナの前で立ち止まった。ほんの少し表情を緩め、首を傾ける。


「さぁ、帰るぞ。ラトラナジュ」


 短剣を握ったまま、ラナは目を細めた。胸元の懐古時計が音もなく揺れる。そうして彼女はゆっくりと口を開いた。


「……駄目。やることがあるんだ」

「こんな陰気な場所で、何をするというんだ」

「世界を救う、かな」

「冗談はやめなさい」


 アランの声に硬いものが混じる。

 ラナはぎこちなく笑った。空虚な礼拝堂に響いたそれは、雨音に紛れて消えた。


「冗談なんかじゃないよ」短剣をそっと握って、ラナは呟く。「養父さんの怪我も、エドの病気も、全部私のせいでしょう」

「過ぎたことだ」

「……そう、思ったよ。十年前も。起こってしまったことは変えられない。ならせめて、次こそは繰り返さないでおこうって。でも、どうだい? 結局十年経っても同じままだ。今回だって、二人を傷つけた。助かってよかったよ。心の底からそう思う。でも」


 ラナはひっそりと息を吐いた。


「でも、じゃあ、その次は? また私はあなた達を傷つけるの? 今度こそ二人は助からないかもしれない。そうしたら、どうすればいい? 怖いんだよ。同じことを繰り返しそうで怖いの。でも、あなた達を絶対に救うって、言うことも出来ないの。そんな自分にうんざりしただけ」

「っ、そんなこと……!」


 エドは思わず声を上げた。


「そんなこと言うなよ、ラナ! 君が俺に言ったんじゃないか! 何もかも捨てるなって! だから俺はここにいるんだ! それなのに、」


 それなのに、どうして君が君の言葉を信じてあげないんだ。エドがそう言いかけたところで、ラナは静かに首を振った。何も言うことはなかった。


 けれど、その目に映る諦めの色は濃く、エドの顔から血の気が引く。


「いつからだ?」エドは唇をわななかせた。「いつから、君はそうだったんだ?」

「いつから、だろうね。分からないな。最初はこうじゃなかったんだけどね」


 ごめんね、と目を伏せたラナが言う。

 けれど何を謝っているのだろう。エドには皆目見当がつかなかった。だって、君が謝ることなんて、何も。


「ラトラナジュ」


 アランが、静かに一歩を踏み出した。こんな時でも、彼女の養い親は憎たらしいほどに冷静だった。


「馬鹿げたことはやめなさい」

「馬鹿げてなんかないよ」

「君の話はあとで幾らでも聞こう。だから、さぁ。短剣をこちらに」

「私が!」


 ラナは強い口調で遮った。目を上げる。黒灰色の瞳は奇妙に凪いでいて、けれど決して揺るがない。


「私が、いるからなの。エドが傷ついたのも。養父さんが怪我をしたのも。じゃあ……じゃあ、信じられるわけがないんだよ。この先私が皆と一緒にいて、それでその人を幸せにできる、なんて」


 だから、いいんだ。短剣をゆるりと動かしながら、ラナは言う。毅然として、けれどどこか言い聞かせるように。


「きっとこれが、幸せな結末なんだよ」


 アランの動きは早かった。ラナに向かって駆け出す。間に合わぬはずの距離を埋めるために、腕をかざす。


『冠するは楔  万世の輝きを以って繋がれた罪人を貫け』


 煌めく閃光と共に魔術が放たれる。薄緑色の輝石の破片はラナの周囲の床に刺さり、彼女を拘束するように光が伸びる。


 それをけれど、ラナは予期していたようだった。


 短剣の軌道が僅かに逸れる。刃は青玉サファイアの耳飾りを断ち切った。その欠片を掴んで、ラナは素早く口を動かす。


『冠するは守護 一途な祈りにて聖邪を分かつ衣となれ』


 青玉が軋んだ音を立てて砕け散った。水紋のように揺れる蒼のヴェールが顕れ、薄緑色の光を全て弾く。しかしその頃には、アランがラナのすぐそばまで迫っている。


 手を伸ばせば確かに触れられる距離だった。

 蒼の光も淡い輝き一つ残して消えていった。

 

 阻む物は何もない、些細な距離。その先でしかし、ラナは微笑む。


 ひだまりのような穏やかさで。


「ねぇ、養父さん。私の名前を呼んで」


 アランの動きが止まった。目に驚愕の色をにじませ、僅かに唇が震える。


「……ラトラナジュ」

「……うん」


 ラナは目を細めた。嬉しげに。けれど寂しげに。


「ありがとう、アラン」


 そう呟いて、彼女は己の胸元に短剣を突き立てる。


 鮮血は、あまりにも呆気なく床を濡らした。彼女の体がぐらりと傾いで崩れ落ちる。


 エドは声にならない悲鳴を上げて駆け寄った。呆然としているアランを押しのけ、彼女の体を抱き上げた。ラナの暖かな血が手を濡らす。彼女の唇から鮮血と共に吐息が溢れている。けれどどうだ、自分にはそれを止める術がない。


 違う、違う違う。エドは唇を痛いほどに噛んだ。助けなければ。彼女を。まずは何をすればいい。手当か、人を呼ぶか。それから、次は。


 空回りするエドの思考をあざ笑うように鐘の音が響いた。この場にそぐわぬほど、ひどく清廉な音が。うるさいくらいに鳴って。


「……許されない、それは」


 アランの、低い声が聞こえた。同時にエドは、無理矢理に彼女から引き剥がされる。


「っ、おい!」ラナの体を掻き抱く、魔術師の背に向かってエドは怒鳴った。「っ、何やってるんだ! 早く彼女を医者に見せないと!」

「必要ない」

「諦めるなよ! 今からでも助けを呼べば、」

「不要だ」アランは感情のこもらぬ声で呟く。「彼女を生かすことの出来ない世界など、価値がない」


 アランは無造作にエドの手を払いのけた。その目が上げられ、エドはぞっとする。

 男の金の目は、恐ろしいまでに冷え切っている。


「君に、彼女は救えない」


 放たれた言葉の鋭さに、込められた情念の強さに、エドの思考が圧倒される。

 全ては一瞬だった。


 アランの顔が僅かに歪んだのも。

 その彼が、血で濡れる彼女の唇を奪ったのも。

 そうして、祈るように囁かれる。


「――時よ 廻れ」


 懐古時計が、ガチンと軋んだ音を立てた。



 *****



 降りしきる雨が、体温を奪う。


 頬に張り付く白銀の髪が鬱陶しかった。体の芯から冷え切って、歯の根が合わない。右手の甲はずきずきと痛み、眠りから無理矢理引き上げられたような気持ち悪さが頭を刺す。今すぐに立ち止まってしまいたかった。そうできればどれほど良いかと思った。


 それでもアイシャは、よろめくように歩く。


「たすけ、なきゃ……」


 うわ言のように呟いた。何を助けるというのか。呟いたアイシャにも判然としなかった。ただただ、朦朧とする意識の中でも、その言葉がこびりついて離れないのだった。


 助けなくては。だって彼女は友達で。あんな顔をして笑うはずがなくて。自分は嘘をついていて。それでも彼女は許してくれたから。だから。


 だから自分は、どうすればいい。手の甲がずきりと痛んだ。一拍前まで強く思っていたことが、するりとアイシャの頭から消えていく。


 彼女は強く唇を噛んだ。駄目だ。忘れては駄目。そう思うのに、何を考えていたのかさっぱり思い出せない。ただただ奇妙な焦りと後悔と悲しみがじわりと滲んで。


 足がもつれ、アイシャは地面に倒れこんだ。鐘の音が鳴る。雨音と共にじわりと全身に痛みが滲む。願いも望みも記憶も全て遠のいていく。


 人通りのない裏道で、彼女の赤の目から涙がこぼれた。


「た……すけて……」アイシャはか細い声で呟いた。「おねがい……ですにゃ……誰か……誰か私の声を聞いて……」

「大丈夫か、君……!」


 男の声がした。アイシャがゆるりと視線だけ上げれば、人影が二つ見える。グレーのワンピースを身に着けた老齢の女性と、赤毛の青年だ。


「まぁ」傘を差した女の方は、気遣わしげに腰を折った。「大変だわ。すぐに手当してあげないと」

「そんなの言われなくても分かってるよ、タチアナさん……! それにしたって、どうしてこんなところに魔女様が……」

「存外あなたに会いに来たのかもしれないわね。ヒル先生」

「冗談はやめてくれ」


 呻いたヒルが、アイシャの体を抱き起こす。その時だった。


 規則正しく鳴っていた鐘の音が乱れる。狂ったように打ち鳴らされるそれに、アイシャ達は揃って時計台を見上げた。



 *****



 異常エラー。異常。異常。

 止まることを知らぬ警告の末、プレアデス機関はパソコンの画面上で強く瞬いた。


「事象を観測――ラトラナジュ・ルーウィの生存に危機的な事態が発生。魔術の発動を確認」

「指示の再生――西暦2153年9月4日18時31分において星の守り人であるヴィンスへ指示を通達。ラトラナジュを探し出し彼女の命を断てと命ずる」

「齟齬の確認――西暦2153年9月3日15時41分に策定された計画ではアラン・スミシーの排除を命じる予定。しかしながらヴィンスへの指示はラトラナジュの排除であった」

「異常を検知――指示変更の記載なし」

「異常を検知――命令発行者はいずれもプレアデス機関である」

「異常を検知」

「異常を」

「――そう、なにもかも異常なんですよ」


 プレアデスがけたたましく異常を知らせる中、静かに言葉を紡いだのは画面の前に立つ人影だった。プレアデスが沈黙する。そしてコンマ3秒の思考の後に最適解で問いかける。


「星の守り人よ、双頭の獣の片割れよ。事態の説明を要求する」

「事態も何も、あなたが今おっしゃったとおりです。我々は当初、アラン・スミシーを排除することを目的とし計画を立てた。その計画では、私ではなくヴィンスが星の守り人として行動することになっていた。しかしながら、彼に計画を伝える当日、あなたはアランではなくラナを排除するよう命じた」

「異常である」プレアデスは素早く返した。「指示の変更は承知していない。当機関が誤ることもありえない。一方で事実として当機関は異なる指示を下した。異常である。齟齬である」

「でしょうね。あなたが混乱するのも最もなことだ」

「否定する。プレアデス機関に感情は搭載されていない」

「ならば覚えておいて下さい。今のあなたの状況が困惑という感情ですよ」


 守り人はそううそぶいて、パソコンへ手を伸ばした。歯車を映した画面モニタが切り替わり黒い画面になる。守り人は迷うこと無くキーボードを叩いた。白のフォントで連ねられる指示言語コードに、プレアデス機関が音声のみで警告を発する。


「不許可行為を検知。星の守り人よ、当機関のプログラム改変は禁じられている」

「今更、戒律を一つ破ったところで何が変わるわけでもありませんね」

「言葉を変更しよう。プログラムの改変は不可能である」

「不便なものだ。結果を知ることが出来ても、思考の過程を知ることが出来ない、というのは」


 守り人は嘲笑った。


「言ったでしょう? 策は無限にある、と。プログラムの改変は可能です。だからこそ私は、貴方に気づかれること無く、標的をアランからラトラナジュへと変更した」

「その発言を背信行為と断定する」

「あぁどうぞお好きに。元より最初から裏切ってたんですから、痛くも痒くもない」

「説明を要求する。貴様、目的は何だ?」

「強いて言うならば、賭けに負けたってところですかね」

「明確な解答を要求する」


 プレアデスからの問いかけに守り人は手を止めた。響き渡る耳障りな警告音に紛れて息を吐く。


「誰も悪魔からは逃れられない、ってことですよ」


 今回ばかりは勝てると思ったんですけどね。そうぼやいて、守り人は再び指を動かした。


 黒の画面は既に、連ねられた白の文字で埋め尽くされていた。その最後の一行にアクセスコードを打ち込み、解答を再要求するプレアデスを無視して、躊躇いなく実行する。


 プログラムが起動するまでコンマ5秒。

 たったそれだけの時間で、耳障りな人工知能の声が消え、響き渡っていた警告音が途切れ、パソコンの画面が暗転する。


 部屋は不意に静かになった。聞こえるのは、規則正しく打ち鳴らされる時計台の鐘の音だけだ。そしてきっかり2秒後に画面が再び再起動し、プレアデス機関を映し出す。


 守り人は口角を上げ、デスクに片肘をつく。


「|Hello, worldおはよう。目覚めはいかがかな、プレアデス」

「現在時刻2153年9月23日15時01分。内部プログラムの指示により、貴方が管理者と認定されました。どうぞ、指示を」


 たとえプログラムが書き換わっても、プレアデス機関の愛想の悪さは変わらない。それに胸中だけで苦笑いし、守り人は居住まいを正す。


「――指示を出す。時間遡行システムを起動せよ」

「指示を確認。システムの起動を行います」


 プレアデス機関が激しく明滅する。

 外から響く鐘の音の間隔が崩れるのに、さしたる時間はかからなかった。



 *****



 その日、科学都市サブリエ中に時計台の鐘の音が鳴り響いた。

 狂ったように打ち鳴らされる鐘の音に、人々は手を止め時計台を見上げる。


 そして彼らの目の前で、時計台の針が動いた。

 ――軋んだ音を立てながら、反時計回りの方向へ。




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