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プレアデスの鎖を解け  作者: 湊波
EP2 : (Na,Ca)8(AlSiO)12[(SO4),Cl2,(OH)2] 優しい世界
22/113

5. 今のは、聞かなかったことにして

 かつかつと、靴音が二人分響いている。

 夜を迎えた裏通りは、細い弓張月で頼りなく照らされていた。両脇に並び立つ廃屋同然のビルが黒々と空に突き刺さる。

 その中を、ラナは大股で歩く。


「ラトラナジュ」

「ついてこなくていいよ」


 後ろから飛んできたアランの声に、立ち止まったラナは振り返りもせずに返した。しばしの沈黙。遠く響く車の音。アランが今どんな顔をして、自分を追いかけてきているのか。考えたくなくて、ラナは努めてゆっくりと言葉を継ぐ。


「心配しないで、アラン。教会への帰り道はちゃんと分かってる」

「車で来てるんだ。すぐそこに停めてあるから、君を教会まで送ろう」

「大した距離じゃないよ。自分で歩いて帰れる」

「ラトラナジュ、待ってくれ」


 ラナの腕に、何かが触れた。反射的にそれを払いのけて、ラナは振り返る。

 腕を宙に浮かせたアランとばちりと目があった。感情の読めぬ金の目を睨みつけ、ラナは短く息を吐く。


「触らないで」

「怒っているのか」

「怒ってない」


 食い気味に返して、ラナは唇をぎゅっと噛んだ。アランが目を眇める。この期に及んでもアランの胸中は読めず、それがラナにとってはひどく不安で、居たたまれなくて、苦しかった。


「……助けてくれたことは、感謝してるよ」ラナは慎重に言葉を選ぶ。「でも、ごめん。今はそれ以上言えない」

「そんなにあの狼のことを殺したくなかったのか」


 少しばかり責めるようなアランの声に、ラナは黙した。目をそらせば、彼が呆れたように腕を組む。


「理解できないな……まったくもって、理解できない。アレはただの通りすがりの一般人だ」

「それでも、あんたは助けてくれたじゃないか。シェリルの時は」

「他ならぬ君の頼みだったからな」

「なら私が頼めば、あんたは誰も殺さないでいてくれるのかい?」


 組んだ腕の上で、アランがぴくりと指を動かす。ラナは項垂れた。違う。そういうことを言いたいんじゃない。じわりと口の中に苦いものが滲む。決して、自分は彼を従わせたい訳ではないのだ。

 ならば、自分はどうしたいのだろう。


「……ごめん。今のは、聞かなかったことにして」


 アランの返事も待たずに身を翻した。走り出さぬよう精一杯堪えながら足を動かす。


 息をする度に、針で刺すような痛みが胸をついた。自分はアランから逃げてばかりだ。分かってはいても足は止まらなかった。暗い裏路地を抜け、人々で賑わう大通りに入って立ち止まる。煌めきも賑やかさも、懐古時計を売り損ねたあの日と寸分違わない。だからこそラナの胸が一層締め付けられる。


 自分は、少しだって成長していない。喉奥からこみ上げてくる痛みを唾と一緒に飲み込む。耐えきれず、とうとうラナは駆け出した。



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