きこりの木
むかしむかし大きな海の真ん中にそれはそれはたいそう大きな島がありました。
皆さん目を閉じて、大きな山と森を持つ島を想像してみてください。
皆さん想像できましたか?
そうそう、その島が今でも、皆さんの心の中にいつも存在していることに気がつくことでしょう。
島は大きいわりに海にぷかぷかと浮かんでいるように見えておりました。
その島にはたくさんの人が住み、みんなのんびりと、暮らしておりました。
その島に一人のきこりが住んでおりました。
きこりの朝は早く、その島に一つしかない大きな山に入っていき、大きな木を一本だけ伐り取ると、山のふもとまで担いで持って来るのを日課としていました。
きこりは大変な力持ちで、ふつうの人なら二十人ががりでしか運べない木を、一人でそれも肩に担いで軽がるとふもとに運んでくるのでした。木を担いだきこりが歩くたびに、あたりが揺れ、まるで地震のようでした。
人々はその運ぶさまを見ると、誰もが仕事をしている手を休め、きこりが通り過ぎるのを見守っておりました。
きこりはそんな力持ちですので、見上げるような大男を、皆さんは想像するでしょうが、このきこりは、決して大きな男ではありませんでした。
どちらかというと、平均的な身長のどこにでもいるようなそんな男でした。
一見平凡に見えるこのきこりの伐る木はとっても町の人に人気があり、誰もがその木を欲しがりました。というのも、きこりの木はいつまでも丈夫で、その木で作ったものが、家の中にあると、必ず幸せになると信じられておりました。
実際、どの家でもきこりの木を使ったものがある家では、どの家も幸せで、誰もが仲良く、繁盛しておりました。
きこりの木で作った舟は必ず大漁を約束し、又、きこりの木で作った店は、繁盛して、お客がひっきりなしという具合でした。そのため、みんなきこりの木を欲しがっておりました。
きこりは、どんなにみんなに木を欲しがられても、たまにしか町に運んできませんでした。というのもきこりは決して、自分が伐りたいと思う以外の木を伐ることはしませんでした。
伐りたいと思う木が無い時は、何も切らずに、山を降り、町を抜けて自分の家まで帰っていくのでした。
きこりが手ぶらで帰っていくと、町の人々はきこりが自分の伐りたい木が無かったことを知っていて、「あー今日は、伐りたい木が無かったんだなぁ」とといかにも残念そうに噂しあうのでした。
雨が長く続いたときには、きこりは、自分の伐り倒した木にのみをいれ、彫り物を作っておりました。
その彫り物は、やさしく、だれもがそれを見ると、こころが安らかになり優しい気持ちになりました。
ある雨が晴れた翌日に、きこりは一週間ぶりに、山へと分け入り、木を伐りに出かけました。
いつもきこりは自分が伐りたいと思う木を探して、これぞって思う木を伐るのですが、
どうしても見つけることが出来ませんでした。
翌日も、翌日もどうしても伐りたい木を見つけることが出来ませんでした。
それでもきこりの木を欲しいという町の人々が、毎日きこりの家に押しかけ、木を伐って欲しいと頼むのでしたが、きこりは自分の伐りたい木がなければ伐らない、と言って決して伐ることはしませんでした。
だんだんときこりも収入がなくなり、食べるものにも事欠くようになりました。
飢えたとしてもきこりは自分で決めた「伐りたい木を伐る」ということを変えようとはしませんでした。
次第に町の人はきこりの木を待つことはしなくなり、きこりの家に押しかけることもしなくなりました。
それでもきこりは朝早く山へと登り、自分の伐りたい木を探して歩きまわりました。
二
長い時間歩き、きこりは疲れと空腹をおぼえて大きな木のそばにすわりこんでしまいました。
木々は風に吹かれてさらさらと心地よいささやきを奏で、眠気を誘うようにきこりを包み込んでいました。
きこりは木々の眠りに誘われるまま、体を木にあずけ、木々の狭間から漏れてくる日の光と青い空を見上げました。
空気は澄み渡り、普段、鳥や獣や虫たちの声や音で森全体が沢山の音に包まれ、「さあ今すぐ眠ってくれ。」というばかりに気持ちよくなっていきました。まるで魔法にかかったように、きこりは眠りにおちました。
夢の中で、きこりは静かで優しい声で呼びかけられるのを聴いていました。
誰だろうと探すけれども、見つけることは出来ませんでした。
それがほんのわずかな時間だったのか、それとも何時間も過ぎたのかは、わかりませんでしたが、ふときこりははっきりと呼びかけられたような気がして、目をさましました。
ゆっくりと目を開いて、あたりを見渡し、そしてきこりの頭上の大きな木を見上げましたが、そこには誰もいませんでした。
体を少し起こし、振り返ってみても、誰もいませんでした。
誰もいない代わりに、ここに来たときには気がつかなかったのですが、それはもう大きな木が立っていました。
きこりはその木を見上げると、伐りたい木がそこにあることに気がつきました。
久々に出会った伐りたいと思う木でした。
これまで沢山の木を伐ってきたきこりも、今までこんなに立派な木に出会ったことはありませんでした。
きこりは立ち上がると、ゆっくりとその木を眺め、肩に担いでいた斧をとりだし、早速、仕事にかかろうとしました。
「すこし待ってください」という声がかすかに聞こえ、きこりは振りかざした斧を下ろして、あたりを見渡しました。
眠りの中で聴いた声と同じ声でした。やはり誰かここにいると、きこりは思いました。
きこりは耳を澄まして、声の主を探しましたがそこにはやはり誰も見つけることが出来ませんでした。
再びきこりは斧を振り上げると、「えいやー」という掛け声とともに木を伐ろうとしました。
今度ははっきりとした声で、「助けてください。」という声が聞こえた。きこりははっとして、振り下ろす寸前の斧を下ろし、その大きな木を眺めました。
確かにこの木から声は聞こえました。
「誰かいるのかい。」
おそるおそるきこりは声をかけました。
あたりは静まり返り、風にそよぐ木々の葉のこすれあう音だけが響いていました。
しばらく、きこりは、耳を澄ませておりました。
「きこりさん私です。」
今度は葉の擦れあう音にまじってはっきりとした声が聞こえてきた。きこりは斧を杖のようにして、両手を添えながらきこりはその大きな木を見上げました。
その大きな木は、枝いっぱいの葉をゆさゆさと揺らしながらきこりに声をかけました。
「きこりさん、私を伐るのを辞めていただけませんか、その代わりに私の木になる実を毎日きこりさんにあげましょう。」きこりは,驚いて大きな口を更に大きくあけ、その大きな木をみあげました。
きこりは、目の前で起こっていることが信じられずにいました。
木は口をあけるわけではなく、どうやらきこりの心の中に呼びかけるように話しかけてきました。
変に頭の中を、さわさわとした波のような音が、声と一緒に聞こえてきて、少しくすぐったく感じるような声でした。
「手を差し出してください。」
きこりは言われるまま手を、お碗のように前に差し出しました。するときこりの手に、その大きな木の木の実が落ちてきました。
まだきこりは木々の葉の影に人か動物が隠れていて、木の実を落としているとしか思えませんでした。
木々の合間から漏れる陽の光は、まぶしくきこりに降り注いでおり、その陰には、どうも動くものがいる様子がないことは、明らかでした。
しかし、それを確認するにはあまりにも、高いところに葉は生い茂っておりました。
手の中のその木の実は、土色で、どちらかというとおいしそうには見えませんでした。
おそるおそる、きこりは、手の中にあるその実をほおばってみました。
それは今まで経験したことのないほど、本当においしい、おいしい木の実でした。
きこりは夢中になってその実を食べてしまいました。
それまでの空腹がうそのように満たされていくのを感じておりました。
こんなおいしいものがこの世にあるのかと思うくらいのおいしさでした。
夢中になって、又一つ実を食べてしまいました。おいしく食べるというより、いつまでも食べていたいと思うおいしさでした。
食べても食べても飽きの来ないおいしさでした。
「これはおいしい。これをくれるというのか?」
きこりは大きな木に向かって言いました。
「どうです。気に入っていただけましたか?もしお望みなら、毎日きこりさんの持ちきれないぐらいの、木の実を差し上げましょう。」
そう大きな木はいうとばらばらと、きこりがかかえて持っていけるだけの木の実が落ちてきました。
木を伐る代わりにこんなにおいしい木の実をもらえることに、もう木を伐る気はなくなってしまいました。
「いったい私に話しかける、あなたは誰なんですか。」
きこりは、まだこの木が話しかけているとは思っておりませんでした。
「いいえ、あなたは私が話せないと思っているのですか。本当は人間や犬や猫や鶏だって声を出して会話をするように、私達だって会話はするのです。ただ声に出せないだけで、こうして人間と話せる木は私だけですが。」
きこりは何と答えていいかわからずに、その大きな木の実の木を見上げました。
その木の声は、きこりには、体中をやさしさに包み込まれていくように、聞こえました。
「もう木は伐らないよ。約束しよう。」
その言葉を聞くと、木は嬉しそうに、葉を揺らして、きこりには、あたかも木がお辞儀をしたかのように思われました。
きこりは、そう木の実の木に、言うと、腕の中に沢山の木の実を抱え、木の実の木にお礼をいって、村へ帰っていきました。
木を伐らない代わりに、その木の実を売ることにしました。
三
最初、誰もがきこりの木の実を見向きもしませんでした。
そうしていると、いつもきこりの木を買っていた村人がきこりに近づいてきました。
「きこりさん、もうずっと木を伐ってないようだけど、そろそろ木を伐ってきてくれないか。みんなきこりさんの木を運んでくるのを待ちわびているのだが。」ときこりに言いました。
きこりは売り物の木の実に囲まれた真ん中にでんと座り、少しぼんやりとしたように村人に言いました。
「もう木は伐らないから、ほかの人にお願いしてくださいな。わたしはこうして木の実を売るほうがよっぽどいいなぁ。」
「なんだもう木を伐るのをやめたのか、そんな木の実なんかより、木を伐るほうが大分稼ぐことが出来るだろうに。」
「この木の実はふつうの木の実とはちがいます。このおいしさはほっぺたがおちるくらいにおいしいんだ。」
村人は半信半疑できこりのまわりの木の実を見ました。
傍目はそんなにきれいではなくどこにでもあるような、そんな木の実でした。
村人はその実をひとつ手にして、しげしげとその実を眺めました。決しておいしそうには見えない土色の木の実でした。
「ひとつ食べてもいいかい。」村人は、この汚く見える木の実を、試しに食べてみたくなりました。
きこりは、村人の食べた後の反応を期待し、微笑みながら、大きく頷きました。
村人は口に、さくっと木の実をほおばると、とろけてしまうような笑みが顔中に広がっていきました。
きこりは、どんなもんだ、という顔で村人を見ました。
「なんという木の実だ。こんなおいしいものは食べたことがない。」
村人は目を皿のように大きくしていいました。
「このおいしさは食べずにはいられないおいしさだ。木はいらないからこの実を全部ゆずってくれ。」
きこりは木の実を全部ゆずることにしました。この村人は、すっかり木の実のとりこになったようでした。
「また明日、もらいに行こう。」ときこりは考えました。
次の日、きこりが木の実を抱えて山からもどると、きこりの家の前には、村中の人で行列が出来ていました。
木の実を入れてどんな料理をつくっても絶品のおいしさになり、だれもがその木の実のとりこになってしまいました。
きこりが木の実を家の前に並べた瞬間に売切れてしまいました。
そういう日が続くと、村人はきこりが持ってくる数では満足が出来なくなってきました。
村中の人々が、それぞれ黙って、山の中へ分け入って、その木の実を探そうとやっきになったのですが、誰一人として、見つけることは出来ませんでした。
きこりは朝早く、山へ出かけて行き、昼には沢山の木の実を抱えて村に戻ってきました。
村人はきこりの姿をみるや、仕事を放棄して、駆け寄ってきて、木の実を我先にと買っていきました。
皆は、その木の実をもっと欲しがり、きこりになんどもなんども木の実の場所を聞くのですが、きこりは決して話はしませんでした。
四
村人の木の実を欲しがる気持ちと、好奇心はピークをとなり、村人たちは、どうしたら村人みんなが満足をするほどの木の実を手に入れることができるかを皆で相談しました。
そこできこりが山へと出かけるときに、こっそりと後をつけようということになりました。
最初は二、三人で行こうという話しでしたが、
木の実を見つけた人に独占されるのが嫌な村人たちは、皆で行くことにしました。
いつものように、きこりは朝早く目を覚ますと、いつものように、山へと登っていきました。
村人はこっそりと、きこりの後を村人全員でこっそりとつけていきました。
ついて来たのは村人だけではありません。
犬や猫、そして鶏といった一口でも木の実を食べたものが、そして村中全てが、きこりの後を追ったのです。
きこりはそんなことになっているというを知らずに、いつものようにてくてくと山の森に分け入っていきました。
山へは村人はほとんど入ったことがなく、皆は息をきらせてやっとやっときこりについていきました。
最初は晴れていた天気が、そういう日に限って霧が深くなりだし、たびたびきこりの姿を村人は見失っておりました。
そうしているうちに、完全にきこりの姿がみえなくなってしまいました。
きこりが行った方を、皆で相談して、こっちだろうあっちだろうと歩き回りました。
村人達が、お互いを、見分けることが出来なくなって、初めて道に迷ったことに気づきました。
どこに行けばきこりを見つけることが出来るのか?まして、どう歩けば村へ帰りつけるのかわからなくなってきました。
霧は更に深くたちこめ、周りを覆い尽くしました。
村人達は、お互いを見失わないように、互いに手をとり、犬は前の人のズボンの端を咥え、猫は犬の尻尾を咥え、そして鶏は犬の背中にしがみつきました。
皆は自分たちが来たと思われる方向へ戻っていこうとしました。
何十人の村人が一列に行列をつくり、途方にくれながら引き返していきました。
村人達は、濃い霧の中を、あてどもなくひたすら村を目指して歩いていきました。
しかし、いつまでたても村にたどり着くどころか、道らしい道は見つからず、足元の草むらもついには歩けなくなるほど深くなりました。
ようやく、皆が休めるほどの広さのある、開けた場所にたどり着きました。
村人は、もう歩く気力はありませんでした。
倒れこむように、輪を囲むように座り込み、きこりが助けに来るのを待つことにしました。
「おーい、きこりさん。」一人が、そう霧深い森の中へ声をかけると、順番に森の中へと、声をかけました。
その声は、森の中に吸い込まれるように、消えていき、なんの返事もありませんでした。
「ああっ、きこりさんについていくんじゃなかった。きっと罰があたったんだ。」と口々に言いました。
森は静まり返り、鳥の声さえ、また、木々のそよぐ音さえ聞こえてきませんでした。
五
きこりはいつものように木の実を貰い、そしていつものように村へ帰っていきました。
不思議と、きこりの周りには、霧はかかっておらず、何事もなくふもとへ降りていきました。
村へ着いたとき、きこりは村人が駆け寄ってこないことに不思議がりました。
それどころか村には人の気配が全くませんでした。
思わずきこりは村中に聞こえるように大きな声で、「おーい誰かいないか。」呼びかけました。
村の中はしーんと静まり返り、誰一人として、その声に返事をするものはいませんでした。
きこりはいったん家にもどると、木の実を置き、再び村の中を探し始めました。
人のみならず、犬も猫もいなく、いつもなら家から立ち昇っている煙突の煙も、今や全く見えませんでした。
きこりは、多くの知人の名前を村中に呼びかけました。
誰一人として、応えるものがいませんでした。
次第にきこりはほんとうに悲しくなってきました。
この世界に自分以外のものがいなくなったかのような気がしてきました。
村中を駆け回り探しに探したけれと、いつまでたっても、だれも見つけることが出来ませんでした。
夜になっても村には明かりひとつと灯されず、村人が帰ってくる様子はありませでした。
きこりは不安でふあんで、自分がどうしていいのかわからなくなってきました。
きこりは孤独を感じながら、眠れぬまま、一晩を明かしました。
そうしているうちに朝が来て、きこりがいつもの出かける時間となりました。
きこりはあの不思議な木に相談しようと思い、再び山の中へと入っていきました。
霧は完全に晴れいつもの道を歩いていきました。
しばらく歩いていると、何処からか声が聞こえてきました。
「おーいきこりさん、どこにいるんだ」
なんとも弱々しく、今にも消えてしまいそうな声がかすかに聞こえてきました。
村人たちは一晩中よびかけていたのです。
きこりは声のするほうへとむかいました。
突然、森の中が拓けた広場へと出ました。
そこにはくたびれかえった村人や、犬や猫までもが、ぐったりとよりそって、座っておりました。
きこりの姿を目にすると、
「おおっ、きこりさん」と皆がいっせいにきこりにほっとしたように声をかけました。
村人、犬猫までも、みなきこりによたよたと駆け寄ってきました。
「みなさんどうしたんですか?」きこりはびっくりしていいました。
村人たちはよろよろと立ち上がり、すがるような目できこりを見ながらいいました。
「どうか私たちを村まで連れ帰ってください。どうも道に迷ってしまい、ここで一晩明かしてしまいました。」
きこりは村人が皆、無事でいてくれたことにほっと胸をなでおろしました。
村人はさすがに、木の実欲しさにきこりをつけて行ったために、森に迷ったといえずに、ただただきこりの後をばつの悪そうに、ついて村へと帰っていきました。
六
そんなことがあって、村人はきこりがもってくる木の実で、満足することにしました。
きこりはみなが欲しいからといって、木の実の値段をあげることはせず、一日過ごせるだけの値段で満足しておりました。
そんなことがあり、日は流れていきました。
季節は夏となり、いつもだと山には緑が溢れ、その島で一番いい季節となりました。
しかし、その年に限って雨が全く降らなくなってしまいました。
村人たちがどんなに雨乞いしても、どんなに空を見上げても、一滴の雨さえ降らなくなってしまいました。
川は次第に枯れていき、作物も育たなくなってきました。
村人は飲み水や、食べ物を心配し始めました。
ただ、きこりが持ってくる木の実は相変わらず、両手に一杯に持ちきれないほどで、栄養たっぷりのその木の実は、村人の飢えをしのぐには十分でした。
それでも誰もが、雨はすぐにでも降ると楽観的に考えていましたが、降らない日が一日一日と伸びるにしたがって、誰もがあせり始めました。
空気は乾燥し、草木が枯れ始め、飲み水さえ奪い合うようになって、村中の至る所で喧嘩がたえなくなっていました。
そんなある日、森が乾燥に耐え切れなくなったのか、火災が発生しました。
村中に煙が立ちこめ、遠くからも空を赤々と照らす炎に、村人はなすすべなく、絶望的な様子で、山をみているだけでした。
きこりは森が焼け始めると、木の実の木のことが気になり、あわてて山へと登っていきました。
森の中は煙が充満し、きこりの行く手を阻むかのようでした。
ところどころで、きこりに燃え盛る火が、襲いかかりましたが、服についた火を払い落としながら、ようやく木の実の木へとたどり着きました。
きこりが木の実の木につくと火は、丁度、木の実の木に迫ってくるところでした。
きこりは近寄ってくる火を一生懸命、消し、小さな木々を伐り倒して、木の実の木に迫ってくる火を近づけまいとしました。
「きこりさん、きこりさん。」
必死になって駆け回っているきこりは、呼ばれる声を聞き、立ち止まりました。
「きこりさん、早く逃げないと、火に囲まれてしまいますよ。ここは私にかまわず、お逃げください。」
炎に赤く照らされたまわりの木々の葉が大きく波打ちながら、すこしでも火を寄せ付けまいとして抵抗しておりました。その努力もむなしく、周りの木々は、一瞬、火に触れたかどうかの次の瞬間には、火に包まれてしまいました。
きこりはどうしてもその木の実の木を助けたいと思っていました。
きこりはその声を聞かなかったように、更に火を消して走り回りました。
木の実の木も、きこりの一生懸命さにこたえようとするかのように、その幹を大きく揺らしながら、焼けた葉を落としていました。
火の勢いはますます強くなって、きこりと木の実の木をとり囲むように広がっていきました。
もう既に、きこりはそこから抜け出すことは出来なくなっていました。
炎は木の実の木の葉を焦がし、きこりの着物を焦がしていきました。
きこりはもう駄目かなと思い、駆け回っていた足を止めました。
そしてきこりは、木の実の木に最初に会った時に座っていた場所に腰をおろしました。
「もう駄目かもしれない。」とつぶやきました。
炎は抵抗の無くなった木の実の木ときこりへと襲いかかってきました。
熱風が辺りを支配し、炎に触れるもの全てを、溶かすように消し去っていきました。
すでに木の実の木も炎に任せるままに、葉や枝に移った炎を振り払おうとはしませんでした。
「きこりさん、助けようとしてくれてありがとうございます。このままではきこりさんもわたしも燃えてしまいます。きこりさんとはここでお別れになりますが、きこりさんを助けることが出来ると思います。」
きこりは、炎の揺らめきの中で、ぼんやりと木の実の木を見上げながら言った。
「なにも助かりたいとは思っていないんだ。」
「いいえ、大丈夫です。」木の実の木は何か確信でもあるかのように、はっきりとして言いました。
木の実の木は大きく幹を揺らし、大きな深呼吸をするかのようにみるみる大きくなっていっていきました。
突然、大きな雷の音が辺りに響き渡り、木の実の木に向かって光が走ると、きこりはその衝撃に、気を失っていくのを感じていました。
失う意識の中で、焼けた木々や葉にぱらぱらとした音が聞こえてきました。
顔に冷たい水滴が滴り落ちてくるのを、失っていく意識の中で感じていました。
七
どれくらい寝ていたかきこりは知りませんでした。
気が付くときこりは自分の家にいました。
目を覚ますと、何人もの村人がきこりの顔をのぞいていました。
「目が覚めたぞ。」
誰かが言いました。
村中の人が集まっていました。
きこりは目をやっとやっと開いて村人たちを目で追いながら言いました。
「どれくらい気を失ってましたか?」
「四日だ。もう目を覚まさないかと思ってしまったくらいずっとねていたんだ。」
「木の実の木はどうなりました?」
「木の実の木って?丁度きこりさんを見つけたときには、森の原っぱに大の字に倒れていただけだ。あの大雨がなければ、山は燃え尽きていただろうに。大雨のおかげでみんな助かったよ。川もいつもの川だし、すべていつもの村にもどった。」
起きだそうとするきこりを村人たちは押しとどめ、しばらく安静にするように言った。
きこりは村人たちの優しさに感謝しました。
「早く元気になって、またあの木の実を採ってきておくれ。」と人のよさそうな小さなしわくちゃのおばあさんが言いました。
きこりは、小さく頷きました。
起き出せるようになるまでは、きこりは木の実の木のことばかり気にかかっていました。
村人は、かわるがわるきこりの世話にやってきては、木の話や木の実の話しばかりするのですが、しかし、きこりはそれを黙って静かに笑って聞くだけで、もう木の実を持ってくることが出来ないことを、伝えることが出来ませんでした。
それからまた何日かして、きこりは起きだすことが出来るようになりました。きこりは木の実の木がどうなったか心配でしょうがありませんでした。きこりは、もう大丈夫だと思うと、久しぶりに、いつもの使うことのなくなった斧を担いで家を出ました。
丁度、朝日が昇る時間で、いつもの山へと登って行きました。
朝日は山を透き通るように赤々と照らし、まるで先日の山火事がなかったかのように、輝いていました。
木々の葉は、昨日までの雨で、水を一杯に含み、差し込む光はまばゆいばかりの光を森中に溢れさせていました。
いつもそうしていたように、きこりは木の実の木を目指しました。
丁度、木の実の木があったところにたどり着くと、そこには先日の大火事が嘘のように、青々とした草原が広がっていました。
開けた草原には、太陽の光が、降り注ぎ、草が先を競うように、天に向かって伸びていました。
きこりは木の実の木があったところは、たとえ森の中が平原に変わっても、何処にあるのかは知っていました。
もうすでに木の実の木はそこにはありませんでした。
草を掻き分けると、草に埋もれるように、大きな焦げた木の残りがありました。
「木の実の木だ。」きこりは、焼け残った木を大事そうに撫でました。
もう既に、木の実の木から、声は聞けませんでした。
きこりは、助けてくれた木の実の木に、もう会えないのかと思うと本当に悲しくなりました。
ふと、深々とした草の合間の焼き焦げた木の根元に、ひときわきらきらと輝く小さな木を見つけました。
明らかに他の木々とは違って、輝いて見えました。
きこりはそれを見ると、何かほっとした気になり、その輝く木の傍にごろりと大の字に横になりました。
青く広がる空と、緑一杯の原っぱの中に、
新しい「木の実の木」が確実に芽吹いていることに、きこりは安心しました。
丁度その時、耳元で、「きこりさん、わたしもおおきくなりますよ。」
沢山の草の中で、風にそよいでいる小さな木にきこりは声をかけられたような気がして、本当に嬉しくなりました。
風は相変わらず草原をなめるように吹きつけ、草や木々の葉を、黄金色に辺りをそめあげました。
きこりは、ゆっくりと立ち上がり、村へ戻ろうとしました。ふと振り返り、きこりは「早く大きくなるんだぞ。」と「小さな木の実の木」に声をかけました。
その声に応えるように、突然、強い風が吹き、「はーい。」と言う声が返ってきました。
いつの日にかそのちいさな木の実の木が、大きくなって、再び心を通わせることが出来き、自然と会話を楽しむことが出来ることを願いました。
きこりはその声を聴くと、小さな木の実の木に微笑み、再び村へとかえっていきました。
おわり