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とあるIOC職員の嘆き

作者: 浅月 大

 IOCと言う単語を聞いた事があるだろうか。

 正式には『International Olympic Committee』と言い、分かりやすく言えば国際オリンピック委員会である。

 そのIOCの委員会に私は所属している。



 私の名前は――いや、それはどうでもいいことか。なんてことはない、ただの一職員である。

 だがその一職員ですら現状頭を抱えている問題があった。無論個人的なものではなく、この組織の問題である。

 別に内部告発とかの類でもない。組織として真っ当な――そう、とある選手のことで半年以上も問題が片付いていないのだ。

 それも是か非かで真っ二つに意見が割れているのが更に拍車をかけている。一方が強ければもっと早めに片付くかもしれないのに。 

 更に付け加えるならこの問題がもはやIOCのみならず全世界規模で注目されているのだ。ある国はその選手を良しとし、ある国はその選手を悪と断ずる。

 ……一体どうしてこうなってしまったのだろう。



 事の発端は半年前に開かれた夏季オリンピックに遡る。

 その問題になっている選手は今回のオリンピックが初出場。しかも予選会では特に名を知られることも無いほどの成績であった。

 当然世界からの注目度は低かったものの、自国ではある事によりそれなりに有名になっていた。

 彼は出場する種目数が過去最多だったのだ。

 陸上競技は言うに及ばず、水泳、格闘技etc……。

 競技日程が被らない種目に全てエントリーしており、開催期間中彼がテレビに映らなかった日は無いと言っても過言ではなかった。

 もちろんそれすらすごい記録ではあるものの、それ以上のことを彼はやり遂げた。

 ……いや、やってしまった、もしくはやらかしたと言ったほうが正しいかもしれない。


 ここに彼の成績の一部を抜粋しよう。

 100メートル走は5秒を切り、走り幅跳びは着地の砂場を越え、高飛びに至っては計測用の棒を超過したため測定不能。

 フルマラソンに至っては選手が先導車待ちを起こす始末。

 砲丸や円盤などの遠投競技は観客席数メートル手前。『観客に当たると危ないから』と言うことで抑えていたのは本人の弁。

 ボクシングや柔道などの格闘技も当然の如く圧勝。さすがに重量による階級制限で引っかかった部類には出ていない。

 体操では新技のオンパレードであったが、つり輪だけは色々と減点を受けていた。どうも技術的な部分は苦手らしい。

 他にも記録は色々あるが、どれもこれも似たようなものだ。


 さて、この記録を見たなら大多数の人間がこう思うだろう。

 ナメてるのか? どう考えてもズルをしてるんじゃないか、と。

 

 もちろんIOCも同じ考えだった。私だってその一人だ。

 明らかにおかしい記録が乱立され、疑わない方がどうにかしている。

 WADA<世界アンチ・ドーピング機構>も調査に乗り出したが結果はシロ。IOCの調査でもドーピングに引っかかることもなく、特別な機材を使った様子も無かった。

 彼はこちらの調査には協力的であり、『まぁそうなりますよね』とぼやいていたと仲間から聞いている。


 オリンピックの日程も半ばに差し掛かるころになれば、この選手の知名度は一気に高まっていた。

 この時点ですでに個人最多を達成、今後の日程を逆算しても記録が伸びるのは容易に想像できたからだ。

 その為連日連夜押し寄せるマスコミ、だが彼は沈黙を貫きインタビューを受けることも無かった。自国のマスコミに対してもだ。

 そして大方の予想通りに殆どの金メダルを得た彼は、閉会式後に記者会見を行うことを発表した。


 全世界が注目する選手の記者会見。その倍率は史上最大となり、更に質疑応答の権利を手に入れたのはほんの一握り。

 そしてこの時、現在IOCのみならず世界を巻き込んだ事態へと発展することになる。


「ドーピング疑惑がありますが、貴方はそれを行った事実はありますか?」


「いえ、そのような薬を使うような行為をしたことはありません。それらに関してはIOCやWADAの方々が証明してくれます」


「今回のオリンピックでは世界新の記録をいくつも塗り替えたわけですが、正直なところありえないと言うのが世間の大方の感想になっております。一体どのようなトレーニングを?」


「そうですね。基本的なトレーニングはもちろんしましたが、一番重点を置いたのはやはり超能力ですね。何せまだ未知の部分も多々ありますから手探りになりがちでしたし」


 その瞬間会場の空気が止まる。各マスコミが連れてきた通訳が全員戸惑いを隠せないでいた。

 ふざけてると思われたのか、通訳に睨みつける者までいる。


「えーと……すいません、通訳が誤訳したかもしれないので改めて伺いますが……今、超能力とおっしゃいましたか?」


「はい、一応分かりやすくと言うことであえて超能力と言いました。通訳は間違っていませんよ? 超能力、魔法……まぁ好きなように捉えてくれて構いません」


 そして再び止まる空気。いや、不穏な空気も入り混じり始めていた。

 真面目にメダリストの話を聞きにきたにしては、いささか冗談が過ぎるのではなかろうか。


「すいません、正直その手のオカルトじみたことは信じれないと言いますか……何か証拠になるようなものとかはありますでしょうか?」


「そうですね、室内ですからあまり派手なのはできませんが……」


 そう言うと彼はテーブルの上に用意されていたペットボトルの蓋を開け、そのまま口を真下へと向ける。

 重力に従い落ちる水。しかしテーブルに当たった瞬間、水はまるでプリンの様な弾力を持った球体へと姿を変えた。

 そしてその水が何の支えも無くふわりと宙に浮かび上がる。無論水がこぼれる様子は無い。


「どうぞ飲んでください。大丈夫ですよ、形が変わっただけでただの水ですから」


 宙に浮いた水が先ほど質問してきた記者の前まで飛んでいく。その記者もあまりの光景に口をパクパクさせて驚いていたが、水を注視すること数秒。

 意を決したかのように記者が()()()()その表面に口をつけた。


「……水だ」


 ごくりと記者が少し飲むと、浮かんだ水球が若干体積を減らす。

 本当に超能力なんだ、と言う雰囲気が徐々に会場を満たしていく。

 だがその空気を切り裂かんばかりに別の記者……いや、次に質問する記者が勢いよく手を上げた。


「現状私にその超能力が本物かどうか知りえませんが……それが本物であると前提でお伺いします。その力を以って勝つのは反則行為ではないでしょうか。メダル剥奪もありえるのでは?」


 本来はもっと別の質問を用意したであろう記者からの質問。それはこの場に居るの総意とも取れる内容だ。


「そうですね、私の考えをお答えします。まずメダルの件はIOCに一任します。自分がメダリストとして認められないと彼らがそう結論づけたのであれば止むを得ないでしょう」


 オリンピック選手として、そしてスポーツ選手として金メダルはひとつの目標の到達点である。それをあっさりと手放すことも止む無し、と彼は告げた。

 その顔は後悔も無く悪びれる様子も無い。堂々とした表情で彼は続ける。


「そして私は反則行為、及びそれに準ずる行為を行ってはいないと考えています。……逆にお伺いしますが、何を以って反則だと判断したのでしょう?」


「え……その様な力を使うのはずるくないですか?」


 その記者の問いかけに彼は何を言っているんだ?と言うような表情を浮べていた。

 記者も何故彼がその様な顔をするのか分からず戸惑いを隠せないでいる。


「つまり他の選手が使えないようなものを使うのはダメだと、そういうことですか?」


「えぇ、後はあまりにも優位性がありすぎます。他の選手が努力しているのがばかばかしくなるぐらいの記録ですよね。いくらなんでもこれは……」


「何を言っているんですか?」


 本当に、この男は、一体何を言っているんだ?と言わんばかりの表情を彼はする。その目からは幾ばくかの侮蔑の視線が向けられていた。


「他の人が持ち得ないからずるい、と言うことであれば、陸上競技で黒人の方はずるくないですか? 彼らは生まれながら身体能力に恵まれた体格をしていますよね。先進国の選手はずるくないんですか? 最新鋭の機器、充実のスタッフ、使用する道具に至るまで細かな配慮がなされているんでしょうね。バスケットやバレーで高身長の方は? 性別の壁もありますよね」


 まくし立てるようにそう言うと、彼はふぅと一息つく。

 

「先ほども言いましたが世間が、IOCが反則だ、失格だと言うのであればそれは受け入れましょう。しかしこの力は自分から生まれた自分の力です。腕力や走力、知力と同様に私自身を構成する一部なんです。自分自身の力で得た結果です、そこに恥ずべきことなど何一つありません。……他に何か質問は?」


 静寂が部屋を支配する。もはや彼に何かを言う者は誰もいなかった。





 この後彼を巡って世界中が大騒ぎだった。

 四六時中彼の周りにはマスコミが押し寄せ、一挙手一投足をカメラに収めようとしている。

 だが彼はそれを意に介すことも無く自由気ままに過ごしていた。何せ彼がその気になればマスコミを振り切ることなど造作も無いからだ。

 そんな彼は現在各国の超能力研究機関へ出向している。とは言え協力はするものの教えるつもりは無いらしく『頑張って第二、第三の自分と同じ人育ててくださいね』とのことだ。

 完成品である自身を解析させるのは許容しているものの、力の伝授は誰にもしていないらしい。

 

「まったく、どうしたもんか……」

 

 IOCとしてもいい加減結論を出すべきなのだろうが中々それが出来ない。

 一般人感覚ではずるくみえるかもしれないが、彼が言ったとおり何も反則行為は行っていない。普通身体能力を鍛え上げるところに彼は別のアプローチをしただけに過ぎないのだ。

 かといって認めてしまえばそれはそれで問題である。

 極端な話、彼一人を大会出禁にでもすれば少なくともスポーツ界は今までどおりだろう。しかし今後技術が進み彼と同じような人間が出てきたとしたら?

 超能力の凄さは全世界の人間が見たとおりだ。オリンピックがスポーツの祭典ではなく超能力の祭典になってしまう。

 人間と言う種の身体能力の限界値を極めるこの祭典、それが我々の結論次第で過去の産物になるのかもしれないと思うと気が重い。


「おぉい、そろそろ会議再開するぞー!」


 ドアの側から同僚が呼んでいる。どうやら休憩時間も終わりのようだ。

 今後IOCがどのような結果を出そうとも、混迷を極めるのは想像に難くない。

 その後がどうなるかは神のみぞ知るというものなのかもしれないな……と思った。 




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