009
あれから二ヶ月。七月になって、季節は夏だ。
半袖のシャツに着替えた俺は、スマホ片手に外に出ていた。
電車を乗り継いで、俺は近くの海岸に来ていた。
この日は曇っていて、海水浴客はほとんどいない。
夜には、雨が降る予報になっていたからだ。まだ気象庁から梅雨明け宣言は、発表されていないようだ。
そんな静かな砂浜を、スマホを見ながら俺は歩く。
シャツに短いズボンとサンダルというラフな格好で、歩いていた。
ただぼんやりとではなく、スマホを見る俺の目は真剣だ。
スマホ画面には、新しいノケモン(モンスター)の姿が表示されていた。
(こっちか……あれは海ノケモンの貝のやつだっけ……名前は確かシェルド……だったかな?)
スマホ画面に、貝のノケモンの姿が見えていた。
貝なのに中には目が有って、足みたいなものも生えていた。
俺は、姉貴に紹介されていたスマホアプリ『ノケモンドゥ』をやっていた。
予想通り、姉が一ヶ月で飽きたスマホアプリ。
登場時には、社会的に大人気だったこのアプリ(ノケドゥ)。
登場して二ヶ月で、次の新しい流行に人気が移っていく現在。
爆発的な人気は、冷めるのも早いという典型的な例だろう。
それでも、俺はずっとゲームを続けていた。
元々携帯ゲーム機『ノケモンコンレクション』を、やっていたということもある。
ちなみにノケコレは、RPGで携帯ゲーム史上最も売れたゲームと言われている伝説のゲームだ。
本格的にこのアプリを始めたのは、ダウンロードした一ヶ月後の五月下旬。
偶然『ノケドゥ』のアプリを起動して、家の中のノケモン集めに夢中だった。
単純に集めたり、育てたり地味な作業が好きな俺はすぐにハマった。
結果俺は引きこもり不健康少年から、プチ家出少年に進化したということだろうか。
(このシェルドも、進化すると中身が出るんだよな)
さっきゲットした貝のノケモン(シェルド)を、満足そうな顔で見ていた。
貝に目と口が見えるノケモンは、高い防御力が特長だ。
自分のゲットしたノケモンを堪能した後、次のノケモンの場所を探す。
スマホ画面を操作して、周囲に探知をかけた。
だが、このあたりには他にノケモンの姿はないようだ。
(それにしても、よく考えたよな。スマホアプリじゃなければ、もっといいのだが)
あの頃の記憶が、スマホを見るたびに思い出される。
俺の傷であり、トラウマであり、選択ミスであり、裏切りである。
もし可能ならば、次の選択は間違えたくないものだ。
そんな俺がスマホを見ていると、スマホ画面で上の方に矢印が見えた。
(このあたりだと……向こうに見える島のほうか。
あっちに、確か橋が掛かっていたよな)
スマホ片手に、俺は周りと見比べながら歩いていた。
俺のいる場所は海岸で、海岸に泳いでいる人は少ない。
(あっ!そういえば、あそこは観光地だよな)
俺はスマホと、実際の景色を見比べていた。
矢印は、海を挟んで奥の方に見える島の方角を差していた。
だがその時の俺は、まだ何も知らなかった。
俺がここまで歩いたこの道が、俺の世界を変えていくことになることを。