088
魔術師ラオルは、ネズミの体を使った擬態だ。
俺が今ここで見ているこのラオルさえも、本物ではない。
使い魔のネズミを集めて作った幻影で、ずっと俺たちを監視しているようだ
「またか、あんたも懲りないな」
「いや、君を手に入れるまでは諦めるつもりはないよ。獣の子」
「俺としては、すぐに諦めて欲しいがね」
「だけど、それ以上に素敵なものを見つけたのだよ」
ラオルは、そう言いながら不敵な笑みを浮かべていた。
「素敵なもの?アンタの仕業でしょう!ラオル」レティアが叫ぶ。
「そうではない、この反乱はすべて彼女の仕業だよ。君の責任だ、サラ・バリジャッド」
ラオルが勢いよく指をさしたのはサラだ。サラは、しかし首をひねっていた。
「私でしょうか、私はあなたに……」
「君はアッサニー博士から薬を持ってきた」
「どうして、それを?」
「我はなんでも知っている。薬のことも、毒のことも」
「博士の薬は、毒なんかではありません!」
サラが必死に反対した、目を潤ませてラオルを見ていた。
「それでも、君があの薬を持ってきてからこの獣は生まれた。
人を襲うように、君の大事な人も襲う。副作用を利用して薬に展開した。
この薬は試作品で未完成だ、それを逆に利用すれば、こういう使い方もできるわけです」
「嘘よ!なにかの間違いですっ!」
「お前は、サラを混乱させるために来たのかよ?」
俺はサラの前に出て、ラオルを睨んでいた。
「むしろ、我の計画にはそのサラが必要なのだ。
『ナーリーレシピ』この名前、知らぬとは言わせぬぞ」
ラオルの言葉に、サラは驚きが隠せなかった。胸に手を当てて呼吸が乱れる。
サラの動揺が、はっきり見て取れた。
「ど、どうしてそれを……」
「言ったはずですよ、我は医者に知り合いが多いのでね。
簡単なことです、我に『ナーリーレシピ』を渡して欲しい」
「レシピは絶対に渡せません、あなたのような得体の知れない人に」
「まあ我も何も考えず、交渉をしに来たのではない。
ちゃんと交渉材料は、用意してあるのですよ」
「交渉?あなたは、何を考えているの?」
サラの顔が険しい。俺はそれでも、サラを守るように立っていた。
「『ノクセント』でどうでしょう?君が薬に詳しい医者ならば……わかるだろう」
「その薬……確かに今の状況に必要なものですね」サラは否定しない。
俺は理解できないが、サラは分かっているようだ。
「君も気づいていましたか、今の獣……それは救える獣だ。
ステージ2の獣は、目は血走っているが発作的に異常になることがある。
何より知能があり、怯えることもある。レシピとの対価には釣り合うだろう」
「それでもダメですっ!」
サラはそれでも頑なに否定した。
どんな獣でも、救えるのならば救おうとするサラがそれを拒んだのだ。
「逃げましょう」
慌てた様子でサラはそう言いながら、俺の手を引いた。
俺の真後ろにいたサラは、何かを感じていた。
「サラ、おい……どういうことだ?」
「彼は敵ですよ」サラが強く言い放った。
そのままサラに手を引かれるまま、俺は巨体を動かし始めた。
「ちょっと、サラ……」
「レティア様、どうするっすか?」
「とにかく、こいつを食い止めるわ。マトイっ、サラのことを頼んだわよ!」
レティアは、俺にそう叫んで剣を構えていた。




