085
(??? EYES)
――それは一日前にさかのぼる。ここはとある部屋の中。
薄暗い室内に、三匹のネズミがじゃれ合うようにガラスケース内を走っていた。
ゴソゴソと動くネズミ、それを眺める白衣と白いフードの男。
「あの薬は無事に使えているのか?」
「ええ、使えておりますとも」
奥に居るのは、年老いた女。やはり白衣姿でガラスケース内を眺めていた。
「まもなくアスカンテは、火の海に包まれる。
我らはこの戦いに勝利を収めなければならない。
失敗してしまった歴史を、元に正すために」
「本気でやるのかぇ?失敗したら、お主は命を……」
「そのためのこの薬だ。そうだろう、ラオル」
白衣の男が、闇の方に声を投げかけると闇の中から出てきた黒いローブの人間。
闇に紛れているので、真っ白な顔が生首のように浮いて見えた。
「我が力を貸せるのは、ここまで。
獣協会として、あなたに力を貸しましょう」
「これだけのことをしておいて、要求がないというのも不気味だな」
「いえいえ……そうとも限りませぬよ」
ラオルが、ゆっくりとガラスケースに近づく。
すると、ガラスケースの中にいた三匹のマウスのうち一匹が目を赤くした。
そのまま、残り二匹のマウスの背中をかじり始めた。
目を赤くしたマウスの共食いを、満足そうに見るラオル。
「我にも、あなた方のクーデターを成功してもらう必要があります」
「獣協会ラオル……あなたは勇者と敵対していると聞いたが?」
「おや、情報が早い。さすがですね」
老婆の方を見ながら、怪しく笑っていた。
「ええ、勇者は我の邪魔をする。しかしそんなことはどうでもいい。
我は新しき『獣の子』を見つけた。
二年前のアルカンテの災い、我はこの話に興味がありましてな」
「国が勇者ボラウェンの死を伝えた、あの災い。
だが、あの事件に関しては我らも細かいことは知らぬ」
「ええ、だから暴れてもらいたいのです。あなたには」
ラオルは、怪しく笑っていた。
その目は、血が通っていない細い目で白衣の男を見ていた。
「しかしその災いが起きては……」
「今日、新しい勇者も誕生した。何も問題なかろう」白い肌のラオルはニヤリと笑う。
「あんたは、勇者の誕生も……」
「我としては勇者の誕生は阻止したいのだが、誕生してしまったのだから仕方ない。
ならばそれさえも、有効に利用させてもらうとしましょう」
「あんたは、勇者さえも手駒にしているというのか?」
「いえ、そんなことはできません。我と勇者は敵対関係にあります故。
それでも、勇者は必ず戦うでしょう。災いを救うため、人のためではなく貴族のために」
ラオルが白衣の男の肩に、手を乗せた。
「この国の勇者は、実に差別的だ。全ての人間を平等に救おうとはしないのだから」
最後に、白衣の男に肩を叩いてすれ違っていた。
(MATOI’S EYES)
あれから、一時間後。俺たちは煙の元に向かっていた。
魔王の穴を、二人の勇者の儀式で完全に塞がった。
無事に儀式が完了して、解散と言う運びになるかと思いきや、そうではなかった。
シアラ……いや勇者ルデースのところに、アルカンテの兵士が突然やってきた。
何やら急ぎの話で、すぐに勇者ルデースは兵士とともに走っていった。
先ほどの火事のことらしく、勇者ルデースは呼ばれていく。
「あたしたちも行くわよ」
俺たちのリーダー、勇者レティアもルデースについて行こうとする。
だが俺はレティアをすぐに止めた。
「レティア、ちょっと待て!」
「なによ?なんだか急な事態じゃない」
「そうだけど……俺はサラと合流すべきじゃないかと思うんだ」
それは自然に出た言葉だ。ラオルが言った『薬』という単語から、俺はこの提案をした。
「ねえ、何かあったの?」
「この近くにラオルがいた」俺は正直に言った。
この単語を聞いて、レティアの表情が一気に険しくなった。
「それで、サラとなんの関係があるの?」
「わからいないが、『彼女の薬』とか言っていた。どうしてもこの言葉に引っかかるんだ」
「そう、そうなのね」
レティアも動きを止めて、考える仕草を見せた。
「確かに、サラに会わないとね。あたしの仲間だし」
「そうっすね、了解っす」ノニールは、軽く同意した。
「じゃあ、マトイ。場所はわかるんでしょ」
「病院の方に向かえばいいんじゃないか?サラは、いつも病院勤務だし」
「どっちの病院?」
「アルバーニ病院とか言っていたな」
そう言いながらも、次々と周りの人の動きが激しくなる。
既に、ルデースやマリアたちの姿はない。
さらに人の動きが、通りの方から聞こえてきた。街のあちこちから煙も上がっていた。
「とにかく急ぎましょ」
だが、裏路地を出てすぐの大通りには人だかりが見えた。
「なにかしら?」貴族街に走りながら駆けつける。だけどそこに多くの人間がいた。
「お前ら、勇者か?」
そこにいたのはざっと見て四五十人はいそうな群衆だ、だけど顔からして異様な雰囲気だ。
手にはいろいろ長い物を持って、道を塞ぐようにいっぱい集まっていた。
「なんだ、この群衆は?」
「なんか、やばくないっすか?」
「お前らも勇者だな、国の味方か?」
「そうだそうだ、こいつも『勇者の剣』を持っているぞ。敵だ!」
どうやらレティアの剣を見て、群衆が勝手に反応したようだ。
そのまま、こっちに敵意を向けながら俺たちの方に近づく。
「どうする、全部倒して道を作る……」
「バカ言わないでよ、こいつらは人間よ!
いくら勇者でも、簡単に人間を殺していいわけにはいかないわ!
『鉄の掟』にも準じるし」
「『鉄の掟』?」
「勇者の細かい決まりっすよ。力あるものは、制限をかけないと暴力になるっすからね。
じゃあ、やることは一つっすね」
そのまま俺たちは、背を向けて走り出していた。逃亡だ。
だけど群衆は、しつこく俺たちを追いかけてくる。泥棒を捕まえる警官のように追いかけてきた。
「なんで、俺たちを街の人が襲ってくるんだ?」
「わからないけど……」困惑する勇者レティア。
「やっぱりおかしいっすよ」
何が起きているのかわからないが、殿になっている俺は一番足が遅い。
自然と群集たちとの距離が、詰まっていく。
「ちょっと、マトイっ!」
「大丈夫だ、いざとなったら」
「罪もない人間を殺しちゃダメよ、サラが悲しむでしょ」
「あ、ああ」俺の考えていることが、分かって自制させた。
一般人に捕まったところで、俺の怪力があれば逃げることは難しくない。
だが、人間相手に手加減はできない。手加減をしても、コマンドを使えば人間一人の命を奪うのは容易い。
それだけ俺のパワーは、圧倒的なのだ。
「それにあなたが捕まるなら、あたしが代わりに捕まるから」
走りながらもレティアが、鈍足の俺に歩みを合わせてきた。わざわざ後ろに下がってきたのだ。
「レティア……」
「あたしは仲間を見捨てないって、あの時から決めたのよ」
半泣きしそうな顔で、レティアがそれでも俺に微笑んできた。
そんな時、俺の背中を追いかけていた群衆の動きが止まった。
「なんだ、止まったぞ」
「うん、そうね」
俺たちも距離を取りながら、ゆっくりと歩くことに切り替えた。
何やらボソボソと話をしているようだ。
「どうする?」
「少し様子を見てはどうっす……アレ?」
ノニールが提案する間もなく、群集たちは俺たちから離れていく。
人間の波が落ち着き、引き波のごとく去っていく。
「ふうっ、一体アイツらはなんだったんだ?」
「さあ、わからないわよ」
「でも、レティア様の剣に反応していたようっすね」
「剣……まさかあたしをルデースと間違えたとか?」
レティアの腰にある剣は、『勇者の剣』。勇者の紋章が、描かれた由緒正しき聖剣だ。
「ヤツら群衆は、ルデースを追いかけに行ったのかしら?」
「可能性は高いっすね。そもそも内乱は、この国の中であるみたいっすから」
「シアラ……いやルデースは、周りに人も多いから今は俺たちができることをしよう。
それにあの規模なら、俺たちがどうにかできる筈もない」
「そうね、とにかくサラと合流しましょ」
レティアが声をかけて、再び俺たち三人はサラのいる病院に向かうことにした。




