008
――俺の名前は、『纒 慎二』。サラの言うマトイとは、俺の苗字だ。
神奈川県の県立高校の三年で、どこにでもいる普通の男子高校生だ。
いや俺は、ある一点だけ普通ではない。
こいのぼりが近所の家に登るこの頃、俺はこいのぼりの願いと真反対にひ弱に育っていた。
部屋にこもっては、ゲーム三昧という実に不健康な生活だ。
家庭用ゲーム機で、大作RPGをやっている男子高校生が俺の姿だ。
背は低くはないが猫背で、肌は不健康なほどに白く、髪はボサボサ。
寝癖も気にしない顔で、三回クリアしたRPGを延々とやっていた。
パジャマ姿で、何も考えずにボーッとテレビ画面を見ていた。
「ちょっと!慎ちゃん、まだ家にいたの?」
部屋の外から、やかましいほどの声が聞こえた。
俺を『慎ちゃん』という人間は一人しかいなく、そう呼ぶ人間が図々しく部屋に入ってきた。
短い髪で、スポーティな顔立ち。少し肌も日焼けして、健康的な女。
シャツに短パンというカジュアルな出で立ちで、ドアを開けて腕を組んで見下ろした。
俺の背中を見て、女は呆れた表情を見せていた。
「なんだ、姉貴か」
女の名は『纒 実咲』、大学二年の俺の姉。年齢的には、俺より二つ年上。
東京の私立大学に通い、テニスサークルに入り、彼氏もいる。
まさに、この世の春を絶賛謳歌真っ只中のリア充姉だ。
「姉貴か?じゃないわよ!慎ちゃん、学校は?」
「今日は四月三十日、つまりゴールデンウィークだ」
「そうなの……」
ちらりと壁に掛けてあるカレンダーを見て、すぐに激怒する姉。
「三十日って、平日じゃない!学校あるんでしょ」
「らしいね」だけど俺はゲームコントローラーを持ったまま、ぼんやりと画面を見ていた。
「慎ちゃん、いつまで引きこもりをしているの?
卒業しないで留年までして、いい大人になれないわよ!」
「俺は裏切られたんだ」
「学校を行かないのと、あの子に裏切られたのは別よ!」
俺のコントローラーを奪い取って、姉貴が俺のそばにしゃがむ。
テレビ画面の俺が操るパーティは、姉貴の操作で同時に全滅していた。
俺が普通ではないのは、高三を二度していることだ。
だが、初めから落ちこぼれではない。
俺は高二までは普通の学生だった、知能的で判別するだけなら学校内では優等生の部類だろう。
だがある事件をきっかけに俺はひきこもりになり、高三で劣等生になり卒業できなかった。
「姉貴は、俺に説教するために来たのか?」眉をひそめて、姉貴を睨む。
「説教もあるけど、慎ちゃんはゲーム詳しいよね?」
「まあ、職業『引きこもり』だし」姉貴からコントローラーを奪い返す。
俺は死んだ魚のような目で、元気な姉貴を見ていた。
「その職業、引きこもりはやめなさい!で、『ノケモンドゥ』ってゲーム知っている?」
「ノケモンドゥ?ああ、『ノケモンコレクション』のリアル版か」
『ノケモンドゥ』略して(ノケドゥ)。有名なので、名前は聞いたことがある程度だ。
ネットニュースでも、今一番流行しているスマホアプリだ。
地図上に現れた仮想の動物『ノケモン』を、集めたり戦わせたりするゲーム。
地図はリアルで対応していて、各地を歩き回ったりする。聖地巡礼とかあるらしい。
最もゲーム好きの俺に言わせれば、携帯ゲームの『ノケモンコレクション』(ノケコレ)の劣化モノと考えていた。
「そう、知っているならいいわ」
「姉貴は(ノケコレ)を三日で飽きたよな。レベル上げが、面倒とかで」
「でも、ノケドゥは違うわ。超面白いのよ、これ!神アプリだわ!」
デコしまくりのスマホを俺に見せながら、姉貴がアピールしてきた。
見せてきたスマホ画面は、確かに『ノケモンドゥ』のモノだ。
「ここに来たのは俺に、ゲットしたノケモンの自慢か?」
「へっへー、半分当たりで半分違うのよ」
「なんだ、それ?」
「今ね……サークルのみんなが、ノケドゥにハマっているんだけど。慎ちゃんも興味ない?」
「興味?いや、昔ほどノケモンに興味ないな」
「でもでも、こういう可愛いノケモンが手に入って……無課金でも、強くできるし」
俺の前で、スマホをスワイプしながら自分の自慢のノケモンを次々と見せてきた。
ステータスはよくわからないが、ノケモンをいっぱい持っているのだけは伝わってきた。
「で、何が言いたい?」
「うんとね、フレ登録して欲しいの」
「フレ登録?ああ、そうか」ようやく俺は、姉貴の目的を理解した。
スマホゲームにありがちの、フレンドを誘うとレアノケモンがもらえるキャンペーンだ。
よくテレビCMやネット広告でやっていたな。
「お願い、慎ちゃん。あたしのフレに……」
「だったらいいよ、どうせフレぐらいなら」
俺はそばのテーブルに置いてあった、自分のスマホを取り出す。
「ホント?さすが慎ちゃん!」顔がわかりやすく明るくなる姉貴。
「早く招待コードくれ」
「うん、じゃあ、ちょっと待っていて」
そう言いながら姉貴は、慣れた手つきでスマホを操作していた。