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イセカイGO!  作者: 葉月 優奈
一話:『纒 慎二』とグリゴン
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007

この丸太小屋には、リビングと二つの部屋があった。

一つは、亡くなったダッツの友人の部屋だ。血で床が濡れた部屋。

もう一つの部屋は、ダッツの部屋だ。

この部屋の主は、俺の攻撃を受けて気絶していた。部屋のベッドは、空いていてそこで彼を寝かせた。


サラはベッドのそばで、倒れた白い毛の狼頭(ダッツ)の看病をしていた。

サラのそばには俺がいた、腹をずっとさすっていた。

三十発、いや四十発以上喰らっただろうか。だが、痛みはない。


(しかし、この体は未だに慣れないな)

マントを脱いだ俺。俺の手も足も短い上に茶色い毛が、モジャモジャでまさに熊だ。

ただ大きな熊の体よりも、顔はアンバランスで異質だ。

アニメーションに近い顔、というかアニメ顔だ。目が細く、鼻は大きく、口はでかい。


それに対し、ベッドの上のダッツという男の顔は狼だ。

白い毛の狼だが、首から下はまだ人間の体が残っていた。腹筋もあって、太りすぎない体だろう。


「サラ、どうだった?」

「『回復の薬(ペルオル)』を飲ませました。精神的に安定しているので」

「そうか。でもあの動きや、目の赤さといい、ダッツはステージ4じゃないか?」

「いいえ、彼はステージ3です。マトイさんとも、ちゃんと話をしていたじゃないですか」

「じゃあ、なんで目が赤い?」

「『興奮作用』です」俺は首を横に振ってみると、サラが話し始めた。


「ステージ2以上から発生可能性があるもので、一部の薬の副作用にある場合もあります。

『興奮作用』とは、感情の一部の制御がうまくいかなくてですね……ステージが一時的に進む現象で。

ステージ3の場合は、強い精神的作用が起きるとステージ4に瞬間的に上がる場合があります」

「じゃあ、怒ったから獣化が一時的に進んだと?」

「はい、その通りです。ただ、ステージ3はマトイさんも同じですから」

「そうだっけな」

巨漢な体の俺は、サラが言うところのステージ3。

このステージ3とは、『獣化病』の進行具合を示す。

ステージ4になれば、全身はもちろん、脳も獣になってしまう。

つまり、人間のような理性的な行動が完全に取れなくなる。


「あいつが、さっき短剣を取りに行ったからか?」

「ええ、そうです。彼の本能は獣に変わっても、人間の脳が働いていたからステージ3です」

「なあ、それならどうやって救うんだ?」

「しっかり眠れば、人間の精神は少なくとも落ち着きます。

怒りの感情が消えて、脳を休ませればいいのですよ」

「じゃあ、万事解決ってことでいいのか?」

「だけど完全に戻るのは、ここでは無理ですね」

言いながらサラの表情が、不意に暗くなった。


「なにかあるのか?」

「はい、薬がまだ必要です。『レプレシトロール』というのですが。

ここでは調剤できないので、近くの調剤所に行かないといけないですね。

そうでなければ、彼はまた獣化しやすくなってしまいます」

「それは大変だ」俺は感情のない口調で言う。

はっきり言って『レプレシトロール』とか、俺には全然わからないが。


「でも、私はすごく心配ましたよ。マトイさん!」小さなサラが、俺に心配した様子を見せた。

笑っても、泣いてもがあまり表情が変わらない顔で、俺はサラの顔を見下ろすしかできない。

この顔は、やはり喜怒哀楽に乏しい。


「心配?」

「あんなに傷つくまで戦うなんて、私は悲しいです……」

「俺はダメージをそんなに受けていない、痛みだってないし」

「それは……そうですけど……でもあなたは私の患者ですから」

「患者でもあるが、用心棒(ボディガード)でもあるし……

何より女が泣きそうな顔で助けを求めたら、男はそのために戦うことが勲章だろ」

「マトイさん?」言って恥ずかしくなった俺は、彼女から視線を逸らしていた。

少し照れていた顔を、見せていたサラ。


「悪い、今のセリフは忘れてくれ」

「忘れませんよ、マトイさん。こう見えても私は頭がいいですから、絶対に記憶しています」

今度はサラが、意地悪く俺に笑ってみせた。

「おいおい、サラ!」

「ふふふっ、マトイさんってかなりロマンチストなんですね」

「う、うるさいっ!俺は本当ならば、もっとイケメンなんだぞ!」

「そうでしたね、マトイさんも病気の前はちゃんとした人間でしたよね」

サラが喋った時、この空気を読まないで俺の腹の虫が鳴いた。

大きな音で、すごく恥ずかしいグゥーという音だ。


「お腹がすいたようですね。お昼ご飯もまだですし、ご飯にしましょうか」

「ああ、頼む」

「保存食だけど、パンでも食べましょうか」

元気になったサラは、軽やかな足で部屋を出ていった。

そんな俺は窓に映った自分の顔を、猫背になって見ていた。


「俺は、人間に戻れるのだろうか?」

窓に映ったのは、紛れもない俺の顔。

目が細く、鼻が大きく、口も大きい熊の顔。頭は熊の耳のようなものもついていた。

だが、その姿は紛れもなく人ではない。大きな熊にしか見えなかった。



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