059
俺はあの事件で、人を見る目が変わった。
皮肉にも事件のせいで失ったものもあったが、得るものもあった。
それは人間の表情で、ある程度相手の考えが読めるという簡単な心理学。
もっと噛み砕いて言えば、敵意を読み取れるようになった。だがあくまで簡易的なものだろうが。
「ご、ごめんなさいですわ」
綺麗な言葉で、上品に取り繕ったとしても人間の本質は決して隠せない。
上品なマリアは、俺に対して深々と頭を下げた。
だがショックなのは、クラーだ。小さい女の子クラーは、怯えるような目でマリアを見ていた.
「マリアの考えは、クラーにその感情を持っていたことだ。
敵意のような怒り、それを隠そうと視線を逸らす……か」
「現状は、妖魔退治なんかはなんの役にも立たない。それでも続けていたクラーが、私は許せなかった。
神聖な決闘が近いわ。今はほかのことに、かまける余裕はない」
「そうか」俺は淡々と聞いていた。
「クラーは……マリア様が、妖魔に対して動いてくださるからついたの。それは分かっています」
「それでも私は、どうしてもシアラに勝たないといけないですわ。
決闘での勝利だけが、次代の勇者を決める唯一無二の結果。
勇者の称号を手に入れなければ、世界はおろかこの街すら救えないですの」
「その勇者を、シアラに譲るのはだめなのか?」俯くマリアに俺は聞く。
「彼女は、素行不良で横暴です。兵士に暴力を奮う彼女が、勇者になったらルデース家は終わりですわ。
だから私が勇者になって、勇者の剣を手に入れて魔王の穴を封じなければなりませんわ」
マリアも、どうやら譲る気はないようだ。
ただ、その想いはシアラと同じように魔王の穴に向いていた。
それだけは、救いでもあり勇者として育ってきた使命なのだろう。
「シアラは、そこまで酷いのか?」
「酷いだなんて……彼女は私の双子ですわ」
「ああ、そうか」
「でも、シアラは同じ双子として許せませんの!」
マリアが、眉をひそめて怒っていた。
「何かあるのか?」
「シアラは、私のことをあの大臣と寝たと嘘をつきましたの。
でも、それを周りが信用して……私はまだ勇者として信任されていませんの。
シアラの方こそ、兵士に暴行を働いているのに許されませんわ!」
「まあ、落ち着け」ようやく感情的になったマリアを、俺はなだめていた。
「マトイ君、そろそろ時間っす。一旦、宿に帰るっすよ」
ノニールが立ち上がった。部屋に置かれた豪華な置き時計は、夜十時をさしていた。
「ああ、そうだな。洗濯してもらっている服の方は……」
「出来上がりましたら、宿の方に届けますわ。マトイ様、大通りの『黒鉄亭』でよろしかったですわね」
「ああ、頼む」マリアは、すぐに冷静に落ち着いた顔を見せていた。
「それと……レティアに、伝えておいてください『私たちは大丈夫です』と」
「『大丈夫』っすか、了解っす」
最後にマリアが俺たちに伝言を託して、俺とノニールは部屋を出た。




