057
不意打ちをしてきたクラー。
だけど、そこに本気度はない。
短剣が二本、シアラの方に目がけて飛んでいくが動じない。
彼女の顔の両側数センチの近さを、短剣が抜けていった。そのまま家の塀の壁に刺さる。
クラーは、ずっと睨んでいた。シアラも、目を逸らさずにクラーを見ていた。
だけど、大きな斧を背負うシアラは攻撃をする様子はない。
「あなたの素行の悪さは、勇者として不適格!」
「クラー、あなたは騙されているわ。狡猾なマリアに、完全に騙された哀れな人ね」
「違うわ、シアラ様……」
懐から短剣を再び投げようとするクラーを、ペットのごとく服の襟元を掴み、俺が持ち上げた。
俺に捕まったことで、じたばたししながら暴れるクラー。
「離せ、マトイっ!」
「落ち着けよ、無抵抗の奴に攻撃はするな!」
一メートルの高さに上がっていたクラーは、不満そうにシアラを見ていた。
斧を背中に担いだシアラは、黙って俺を見ていた。
「冷静ないい判断だ」
「あんたもな、暴力的という割には落ち着いているじゃないか」
「あたしを、本気で暴力女だと思っているのか?」
「俺はあんたをよく知らない。だから噂で扇動されると、それを元に考えるようになっていた。
だけど実際は噂とは違った、肝の座った女だな」
「そう?」斧を背中に担ぐシアラが、背中を向けた。
「残念ね、あなたも所詮はマリアの犬かしら?」
冷静な顔だけど、俺をしっかりとした顔で見ていたシアラ。
「結局、あなたがここでなにを言おうが、神聖な決闘で決まったことが全て」
「逃げるの?シアラ……」俺に捕まっているクラーが、シアラに叫んだ。
「話にならないだけよ、クラー。あなたはもう少し、頭のいい子だと思っていたのに……」
がっかりした顔でシアラは、路地の奥にどんどん進む。
大きな目玉がフワフワ浮いている穴の横を超えて、奥に向かって行った。
一方会話に参加しないで通路でしゃがむノニールが、目玉の死骸を見ていた。
異臭を放つ目玉は、紫の液体を撒き散らしていた。
俺の服も紫の液体が、滲んでいた。
「そういえばこの臭いの、どうするっすか?」
「もうすぐ、処理をしてくれる人が来るわ」俺に捕まったクラーが、落ち着いて言う。
「そうっすか」
ノニールは相変わらず、目玉をツンツンと近くにあったホウキでつつく。
「それよりクラーを、下ろしてくれないの?」
俺に掴まれたクラーが、俺を睨む。
殺意がなくなったので俺は、小さな体のクラーを地面にゆっくりと下ろす。
服をパンパン叩きながら、俺の方をじっと見ていた。
「確かにあんたの服が、すごく臭うんだけど」
「ああ、全くだ。風呂に入りたい、ついでに洗濯も」
「妖魔相手に、素手なんかで戦うからよ!あんたは格闘家なの?」
「いや、まあそうなるのかな?」
「あんたは、武器とか持っていないの?」
「ない」腰に手を当てて聞いてくるクラーの質問に、きっぱり答える俺。
呆れた顔で、腰に手を当ててクラーが俺を見ていた。
「武器がないのに、よく妖魔と戦う気になったわね!」
「でもちゃんと倒したのだから、それに関しては問題ないだろ」
「まあ、ね」死骸が並ぶ目玉を、じっと見ていた。
俺が倒したすべての目玉は、形が歪んで潰れていた。
怪力のグリゴンの体を持った、俺の成せる技だ。
だが、その代償に紫の液体がダラダラとたれていた。
「動きはすごくトロいのに……コイツなんなのよ。
獣……と評するにも理性はあるみたい。怪力で、圧倒的なパワー。
いくら病とはいえ、ここまで強い獣は見たことないわ。何なの、コイツは……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も?」
俺から離れて、俺を見ながら何やらブツブツ喋るクラー。
そんな中、裏路地に新しい足音が聞こえた。
コツコツと聞こえる音、人間は一人。
後ろから現れた人間、やがて曲がり角に人影も見えた。
俺は振り返って、影の主を出てくる人間を見ていた。
俺の前に現れたその顔は、目元はたれ目だけど、シアラによく似た顔をしたツインテールの女だった。
青いセーラー服に、槍を背負った若い女が現れた。




