038
この部屋の奥には、前と後ろに通路がそれぞれあった。
奥の通路から出てきた狼男は、二人で現れた。
男と女の取り合わせは、まさに美女と野獣だ。
残念ながら狼男にも町娘の女にも、俺は面識がない。
だが、俺の隣の勇者は違うようだ。表情を隠すことなく、明らかに困った顔を見せていた。
人質を取っている狼男に、ラオルはゆっくりと通路の安全な後ろに隠れた。
「勇者様、この小娘をご存知で?」
「行方不明事件の娘ね」
「そう。もうお分かりだと思うのですが、このアジトには行方不明者が多数おりましてね」
「卑怯よ!」険しい顔でレティアが叫んだ。
「この娘はそのうちの一人で、他にもこの砦にはいっぱいいますよ。まあ、大多数が老人ですが。
ここには我の指示で動く同士も、たくさんいましてね。
我の指示とともに、一斉に殺すことも可能ですよ」
「そんなことさせないわ!」
「おっと……そこから動いたら、この娘を殺します」
距離を取りながら、ラオルは不敵に笑っていた。
隣にいた狼男は爪を首元に近づけ、両手を縛られた女は怯えていた。
俺はゆっくり前に進もうとしたが、レティアが制した。
「ダメよ、マトイ!」
「どうしてだ?」
「忘れたの、あたしたちは誘拐した人間を助けないといけないわ」
レティアは、どうやらこの女を守らないといけない理由がある。
村長との契約にもあるのか、それとも勇者としての矜持だろうか。
レティアに諭されて、渋々俺は引き下がった。
「おやおや、物分りがいいですね。実に助かりますよ。では、勇者様。
まずはあなたの手に持っているものを、捨ててもらいましょうか?」
「本気で言っているのか?」
「本気ですとも、それとも一人ずつ殺されたいですか?」
ラオルが余裕たっぷりに言って、手下の狼男が爪を人質の女の首元に近づけた。
「くっ!」レティアは悔しそうな顔で、剣と盾を投げ捨てた。
「まあ、我は勇者よりも『獣の子』に興味がある。なので我の術を、食らってもらいましょう」
「彼は関係ないわ!あたしに要求しなさい」
両手を広げて、レティアが俺の前に出た。
ラオルが難しい顔で、首を横に振った。
「あなたは自分に価値があると、勘違いしていませんか?」
「彼は借りているの。だから彼を傷つけることは、あたしが許さない」
「そのような化け物にか?」
「マトイは化け物じゃないわ!あたしの仲間よ!」
レティアが俺の前で、はっきりと仲間と叫んだ。
ムズ痒いことを目の前で言われて、俺は表情を変えずにレティアを見ていた。
「さあ、あたしを好きにしなさい。だけどあたしの仲間には、指一本触れさせないから」
「それは誠か?」
「ええ、あたしは覚悟が出来ているわ!」
彼女の心は揺るがない、これが勇者なのだろうか。
固い決意に、強い気持ち。俺を守ろうとしている少女が、前に立っていた。
「なるほどなるほど、これは愉快ですな」
高笑いをするラオル。下品な笑い声が、洞窟の空間内に広がった。
「何がおかしいの?」
「その決意は固いようだな。じゃあ、勇者よ。
お前が着ているその鎧を、全て脱いでもらおうか」
「ううっ……」レティアの言葉に、俺はちらりと彼女の背中を見ていた。
金色の鎧は肩当てに胸当て、ミニスカートにブーツ。
露出の高いビキニ鎧を、着ている勇者レティア。
「どうした?お前の覚悟はその程度か?」
「わかったわ」レティアは、顔を赤らめながら同意した。
奥の人質の娘は、申し訳なさそうに顔を背けていた。
静かな洞窟空間内に、レティアが金色の肩当てを脱ぐ音だけが聞こえた。
「そうだ、それでいい。その間に……」
ラオルは鎧を脱ぐレティアを、満足げに見ていた。
だがそれだけで、狡猾なこの男が終わるとは思えない。ほぼ同時に、ラオルの口元は小さく動いていた。
「まさか……お前は」
「黒き闇の束よ……」
ラオルは左手を右肘で掴んで、自分の前に高く上げた。
「黒き闇の束よ、かのものを縛り上げよ!『ブラックバインド』っ!」
俺の足元には、真っ黒い触手みたいなのが突然現れた。
イカの触手のようなものが、俺の体に伸びてきた。
「これは……」
「ようやく我は彼を手に入れたのだ」
「騙したのね!」レティアが肩当てを外して、胸当てのフックに手をかけた時に気づいた。
「交渉の権利はそちらにはない」
ラオルが呼び出した黒い触手は、俺の体をぐるぐる巻きに縛り上げていた。
それでも俺は何の抵抗せずに、じっとラオルを見ていた。
「さあ、勇者よ。お前のその鎧を脱げ!
脱がなければ、人質の命はないぞ。ワハハハハッ!」
ラオルの下衆の笑い声が、洞窟の中に広がっていた。
レティアは、ラオルを再び睨みつけながら胸当ての後ろのフックに手をかけるしかなかった。




