020
獣は危機的な状況の時に、人間の理性と異なる動物的なカンが働く。
それは理性を超えて、理屈の通じないものだ。
野性的カンによる判断が、俺の攻撃は封じられた。
殴るべき狼男の頭が、右腕にしがみつかれてしまえば殴れない。
俺の右腕に噛みついた狼男は、牙を立てていた。
それでも、太くて丸い俺の右腕にあまり痛みがない。
見た目は、牙が完全に刺さっているのだが。
この体になって三日ほど経つが、神経が本当に通っているのだろうか。
自分の体に、疑問さえ感じずにはいられない。
「そうきたか」
俺の右腕の攻撃を、封じ込めることを成功した狼男に対して右腕を上げた。
流石に俺の腕の力が上で、狼男の足が地面から離れた。
(振り落とすか)
怪力な俺は、腕をブンブンと振り回した。
牙が深く刺さった右腕を、振り回すと狼男の体が持ち上がっていく。
口でしっかり挟んでいるが、狼男が旗のように横向きに流れていた。
更にブンブン動かすと、狼男の目が赤く光っていた。
腕に数十キロの重りがあるとは思えないほどの怪力で、軽々と動かしていく。
無論、それに耐えきれるはずもない狼男は苦しそうな顔に変わった。
船酔いしたような顔で、青ざめていくのがわかった。
それでもなんとか口を離さないようにと、必死で抵抗していた狼男。
だけど、それすらも俺の怪力の前では無意味だ。
「グハッ!」数秒後には、俺の腕から口を離していた。
そのまま、怪力で吹き飛ばされて地面にゴロゴロと転がっていた。
四メートルほど転がって、木に背中がぶつかってようやく止まった。
(さて、これで諦めてくれるといいのだが)
だけど、俺の前で軽々と吹き飛ばされた狼男は諦める様子がない。
背中を打った狼男は、それでも背中を丸めて立ち上がってきた。
「諦めてくれよ」俺が嘆いた。
無論、その声は届かない。狼男の殺意に満ちた赤い目が、俺に向けられていた。
だがそんな時、俺は狼男の後ろの方から何かを感じた。
(なんだ、あれは?)
それは気配ではない、風だ。小さな竜巻が、狼男の背後に見えた。
大きな竜巻が、木をなぎ倒してこっちに向かってきた。
「なんだ?」俺は声を漏らした。
次の瞬間、狼頭の後ろで男の声が響いた。
「『エアバースト』っ!」
声が響き、同時に俺の前の狼頭の体が竜巻で包まれていく。
後ろから見えた竜巻で、手負いの狼頭の体を木ごと竜巻の中に巻き込まれていった。
「なんだこれは……」わずか数秒の出来事だ。
竜巻が消えると、木が粉微塵に破壊されていた。
破壊された木のそばで、狼男が倒れていた。
狼男の全身がナイフで切られたかのような傷が、あちこちに見えた。息はしていない。絶命していた。
まもなくして、奥から一人の男がゆっくりこちらに歩いてきた。
アロハシャツと短パン姿で、身長より大きな杖を持っていた人間。
杖の先端にある緑色の玉が、ぼんやりと光っているようにも見えた。
歩いてきた男は、赤髪で前髪だけを黄色く染めた若い男だ。
その若い男も、大きな俺に警戒してかじっとこちらを観察していた。
「お前は?」
「レティア様、新種っすよ」男は俺を指さしながら、叫んでいた。
「レティア?」聞き覚えがない名前を聞いて、後ろを振り返った。
俺の背後には、突然現れた人の気配。背後に現れた女が、俺の顔に剣を向けて立っていた。
金ピカの肩当てに、金ピカの胸当てに、金ピカのブーツ。黒いポニーテールをなびかせて、俺を睨む。
いつの間にか俺の背中に回り込んだ女の姿を見て、俺は純粋に驚いていた。
「お前も、獣か?」女にしては凛とした声で、俺に問いかけてきた。
女の目は、まるで敵を見ているかのような冷たい目を俺に向けながら。




