011
次に目が覚めたときは、俺の意識は草原にあった。
冷たい風が、俺の頬を優しく撫でて目を覚ました。
目が覚めたその世界は、雲一つなく晴れていた。
(あれ……夢見ているのか?)
顔だけを動かすと、どこまでも広がる草原。どこだここは。俺は今まで見たことがない景色だ。
体の上半身を起こそうとする、体がやたらと重くて頭すら動かせない。
そんな中、耳障りのする機械のような音が聞こえた。
ギギーガーッ、ギギーガーと壊れたラジオのような音が聞こえてきた。
「うるさいな」俺は、その音でハッキリと目を覚ました。
だけど、体がなんだか重くて上半身が上がらない。
周りを見回すと、だだっ広い草原。穏やかな太陽、爽やかで少し冷たい風を肌でぼんやりと感じていた。
音の主は、どうやら俺のお腹のあたりだろうか。頭だけを少し浮かせて腹を見ていた。
俺の腹には、一匹の青いネズミが見えた。
大きさは、ネズミというより小猫ぐらいだ。
そのネズミが、さっきから変な声を出しているようだ。
機械のような鳴き声であるが……どこかで聞いたことがある。
それにこの青いネズミの姿、俺はあるひとつの結論に達した。
「お前は、『ブルーマウス』か!」
俺が声を発すると、青いネズミは機械音のような鳴き声をやめた。
ブルーマウスは、ノケモンシリーズで女子人気ナンバーワンのキャラだ。
この鳴き声は、初期のノケコレで収録されていたブルーマウスの鳴き声だと理解できた。
「ああ、そうじゃ」見た目の可愛らしさとは対照的に、おっさんぽい口調で喋ってきた。
「お前、喋れるのかよ?」
「無論じゃ」
「夢を壊すような、おっさん声だな」
その声は、女子人気ナンバーワンの可愛らしさも微塵に感じられない。
くたびれたようなおっさんの声で、ブルーマウスが俺の顔の方に近づいてきた。
「ブルーマウスがここにいるのなら、ここは『ノケモンドゥ』の世界か?
それとも『ノケモンコレクション』の世界とか、いうのだろうか?」
「残念ながら、ここはどちらも違う」
「違うって?」
「お主の次元軸は同じだが、時間軸の変更により別の並行世界に飛ばされて……
八次元の宇宙法則は知っておるか?その六次元の神の世界、それに基づく世界軸の焦点の変異が発生した。
五次元の空間転移によって、複合的事象から……」
「何を言っているか、さっぱりわからない……そんなことより、俺の体が重いのだけど?」
重そうな頭を再び草原に下ろした俺は、再び体を起こそうと試みた。
脳内ではその指示を出しているのだが、体が全くいうことを効かない。
それにチラっと見えたのだけど、俺の腹がポッコリと出ていた。
太めというよりやせ型体型の俺が、明らかに大きな白い腹が出ていた。
相撲取りのようなポッコリお腹が出ていて、頭を傾けてよく見ると腕が見えた。
ただし短くて丸く、茶色に毛深い。なんだ、俺の身に何が起こったんだ。
「俺は死んだのか?」
「いや、死んでいない。六次元焦点の変異で」
「もっと簡単に言ってくれ、俺の体に起こったことを」
「お前はグリゴンになったからな」
「ほう、なるほど」
ブルーマウスが言うとおり、俺はグリゴンの姿になったようだ。
グリゴンの体は茶色の毛に覆われていて、手足も短い。腹も出ている熊に見えなくもない。
「って、どうして俺が、グリゴンに?」当然俺は驚いた、無理もない。
だけど、ブルーマウスは落ち着いた様子を見ていた。
「お前が、魔法陣を書いたからな」
「魔法陣?」
「お主の歩いた道こそが、魔法陣の形だったのじゃ。
歩いてできた魔法陣の完成が神の領域……まああの神社になるが、そこで発動した」
「発動って、意味がよくわからないが」
「意味がわからなくても、魔法は発動する。そして、現実お前はここにいる。グリゴンとなって」
「グリゴンじゃなくて、俺は纏……慎二だ!」
俺の言葉をブルーマウスが、腰に手を当てて聞いていた。
悔しさとか、恐怖とか、驚きとか、最初の数秒はいろんな感情が湧き出てきた。
それでもこの姿を見て、受け入れたことでどこか覚めていたのかもしれない。
こういう感情に至った経緯は、現代に強い未練がなかったのが大きい。
だから、あえて俺はここで当たり前の質問が出た。
「それよりグリゴンになった俺は、こんな体で何をすればいい?」
「さあ、ただ一つ……」
「一つ、なんだよ?」
ようやく重たい体に慣れて、ゆっくりと上半身を起こした。
体がものすごく重い、何十キロあるんだ?この体。
「纏とか言ったな、君はこの世界に誰かに招かれたのだよ」
ブルーマウスが、俺の胸元のあたりを軽やかに走り回っていた。
「招かれた?」
「ああ、その意味はいずれわかるじゃろ。交差点が産み落とした命には、ある役割が与えられる。
それより、その体……まだ動かすには時期尚早だ。新しい体に、脳が慣れきっていないからな」
「確かにそうだ、全く動かない。だいたい俺はここで何をすればいい?」
体が重くて、全く動かない。
起き上がるだけでも、相当難儀だと頭ですぐに理解した。
巨体な体で、動かすだけで膨大なエネルギーが必要になるからだ。
「やはり、まだ体が順応していないようだ。しばらく、ここで眠るしかないようじゃ」
「待て……まだ俺は……」
「今は慣れよ、この世界を……またお主に会うこともあるじゃろ」
ブルーマウスが俺の腹の上で、不敵な笑みを浮かべた。
おっさんの声が聞こえなくなり、奇妙な機械音を放っていた。
その機械音も徐々に音が小さく聞こえるようになっていき、俺の瞼が閉じていく。




