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この世界にPCはおらずNPCもいない

 ギイ……。

 不意に、宿屋の木製の扉が開いた。


「もう終わったかい? いい加減営業妨害で通報しようかと思っていたけど」


 顔を出したのは中年の女性だった。

 この梅格付けの宿屋の女将さんだろう。


「イチャイチャするなら他所でするか、部屋の中でしなよ」


「イ、イチャイチャなんてしていないですよ! それに、部屋の中でイチャイチャって……それって、それって……」


「じゃあ、部屋を用意してもらってもいいですか?」


「え……えええええええええっっっ!!!???」


 女将さんにお願いすると、アーパネイが素っ頓狂な表情で俺を見やった。

 桃も裸足で逃げ出そう桃色に頬を染めている。

 今日一日事あるごとに顔色を赤や青やと染めまくっているが、高血圧でぶっ倒れたりしないだろうな。


「一部屋でいいですから。もちろん、ベッドも一台で」


「ちょ、ちょっと創造主様!? だ、駄目ですよ、私たちは今日会ったばかりじゃないですか! いくら創造主様が私の全てを知っていて、私だって創造主様とは初めて会った気がしないとしても――」


「後、馬小屋も空いていたら貸して下さい、空きが無ければ裏庭でもいいです。巣に帰ろうとしないやかましいのがいるので」


「それって私の事ですかっっっ!!!???」


「馬房は一つしか無くてね、馬と一緒に休んでもらう事になるけどいいかい? 夜中に蹴られない様に気をつけるんだよ」


「女将さんも真に受けないで下さいっっっ!!!」


「馬鹿言うな、俺は真面目に言っているんだ」


「馬鹿は創造主様の方ですよ! ふざけんなですうううううううっっっ!!!」


 ……うううううう……

 ……ううう……

 ……う……


 喚くアーパネイの鈴声が閑静な夜空に轟いた。

 明らかに近所迷惑。

 女神という立場にありながら、始まりの街の治安に亀裂を入れるつもりなのか、こいつは。

 魔神に職業変更した方が良いんじゃないのか。


 これは女将さんに怒鳴りつけられて追い返されてもおかしくは無い。


 恐る恐ると女将さんを見やると――。


「やれやれ、仕方無いねえ」


 ――女将さんは呆れたとばかりに肩を上下させ、苦笑していた。


「年頃の嬢ちゃんを馬小屋で寝かせるのは流石に可哀想だ。今夜は空き部屋がいくつかあるから一部屋分の料金で二部屋を融通してあげるよ。……今夜だけの特別だからね、他所には黙っておいておくれよ」


「本当ですか!?」


 思わず声が大きくなってしまった。

 昼間に道具屋の親父とやりとりをした時の事が思い返される。

 宿屋の女将さんも道具屋の親父も店番としての単なるNPCであるはずなのに……。


「やっぱり二人で一つのベッドを使う気になったってんなら、それはそれで構わないけれどもね」


 色々と含ませた笑みを浮かべる女将さん。


「そんな窮屈な思いをして寝るなんて御免願いたい所ですね。……お前さんがどうしてもって言うなら踏まれない所に寝転がっていてもいいけどな」


「床よりはベッドの方が良いのでもう一つお部屋をお願いします」


 アーパネイはすんすんと鼻水をすすりながら、女将さんの心意気に頭を下げたのだった。






 宿屋にて定められた夕食の時間はとうに過ぎていた。

 にも関わらず、女将さんは俺とアーパネイに夕食を用意してくれた。

 余り物だよ、なんて女将さんは謙遜していたが、用意してくれたシチューには大きめにカットされた野菜や鶏肉がごろごろと転がっており現実世界の食卓を知る俺をしても満足の行く代物だった。

 もっとも、最近は食事に関して相当おろそかな生活になってはいたが。


 宿屋には男女と分けられた浴室があった。

 現実世界の一般家庭と比較して二回り程広い浴室で、四人ばかりも入ったなら窮屈な入浴となろう。

 俺とアーパネイはそれぞれ入浴を済ませ、それぞれ就寝の為に割り当てられた部屋へ足を運ぶ。


「では、おやすみなさい」


「ああ、お疲れ」


 ぺこり頭を下げ部屋へと入るアーパネイの後ろ姿を見送る。

 風呂上がりのアーパネイは白い肌にほんのり差した赤みが艶めかしく、頭にタオルを巻いてさくらピンクのセミロングを包み込んでいた。

 露とされたうなじが俺の目を奪う。

 また、紫白の巫女装束から宿屋備えの浴衣と装いが変わっている点にも魅せられてしまう。

 白を基調とした浴衣には紫色の花が柄とあしらわれており、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 胸下からへその辺りまで幅のある帯が浴衣を締め付けており、尻の形良さをなだらかな曲線と表していた。


「どうかしました?」


 不意に振り向くアーパネイ。


「何か目が怖くないですか? 見送りに力入り過ぎな気がするんですけど……」


「ああ、そうだな。ちょっと考え事をしていた、悪かった。……おやすみ」


「はい、失礼しますね」


 どうやらガン見してしまう程に見惚れてしまっていた様だ。

 妙な気分になる前に、さっさと部屋に戻るとしよう。






 自室と割り当てられた部屋のベッドに寝転び、天井を眺めながら考える。


 ゲームをプレイしていて所持金が不足してしまった経験は誰にもあるだろう。

 もちろん、俺にもある。

 そんな時、どんな対応をされるか。

 何か特殊なイベントでも無い限りは門前払いとされてしまうだろう。

 それを買うにはお金が足りません、などと表記されると思う。

 それは俺がRPGツクーレで設定したロールプレイングゲームでも同様だ。

 また、店売り商品に在庫が存在する仕様なので、売り切れていたなら、在庫がありません、と表記される。

 宿屋にしたってそうだ。

 どんな格付けの宿屋でも、何人でパーティーを組んでいても、あてがわれる部屋は一つだけ。

 例え、パーティーが男女混成であろうと、だ。


 店売り在庫が無い場合に次善の案を提案してくれる様には設定していない。

 空き室がある場合に余分に部屋を用意してくれる様には設定していない。


 道具屋の親父さんも宿屋の女将さんも、どちらも設定の範囲を超えてしまっている。

 単なる店番としてのNPCであるはずなのに。


 この世界は俺がRPGツクーレで設定したゲーム世界であるジアーレに間違いは無い。

 アーパネイを設定したのは俺だし、道具屋の親父さんや宿屋の女将さんを設定したのも俺だ。

 もっとも、親父さんも女将さんも素材として用意されていた初期設定をそのまま用いただけではあるが。


 アーパネイは泣いて笑って怒り、ちょこちょこウザい。

 道具屋の親父さんは俺の希望に沿える様に努めてくれた。

 宿屋の女将さんは人情に溢れている。


 誰にもあてがわれた役割を全うするだけの単なるNPCとは切り捨てられない暖かみがある。


 そして、病院。

 記憶をさらって見たが、やはり閉院後のイカゲソパーティーなんて設定した覚えは無い。

 あれは設定では無い。

 あれも設定の範囲を超えている。


 この世界は俺が設定したゲーム世界のジアーレではあるが、この世界はゲームでは無い。

 この世界は電源のオンオフで成り立ってはいない。

 朝も昼も夜も深夜であっても、この世界に在る人々は生きているのだ。

 この世界に生きる人々は電源が入っている時にだけ定められた行動を取るNPCではないのだ。

 俺が地球に生きている様に、アーパネイは神界に生き、親父さん、女将さん、その他の誰もがジアーレに生きているのだ。


 俺は考えを改めなければならない。

 この世界に生きる人々の事を。

 この世界に生きる人々も俺と同じ人間であると言う事を。


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