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デリカシーを大事に

 今日中に現実世界へと帰る事は諦めた。

 日本ベーコンファイヤーズの超谷飛翔平が投げて打ってと無双するだろう試合には後ろ髪を引かれるが、現実世界へと帰る為のアイテムは今すぐには手に入らない。

 無い物をねだっても仕方が無い。

 大人しく一夜を明かす事としよう。

 落ち着いて考えるいい機会だと捉える事も出来る。


「さて、そうと決めたら宿を探さないとな」


 始まりの街には多数宿屋が存在するが、格付けが三種類ある。

 松、竹、梅の三種類であり、部屋の具合や対応、宿泊料金も格付けに準じた物に設定されている。

 とは言え、現在は手元に三〇〇ゴドル相当の宝石しか無い。

 これで一泊出来るのは梅格付けの宿屋だけだ。


「梅格付けの宿はどの辺りだったか……」


 かつて、始まりの街を設定した時の記憶を探る。

 しかし、始まりの街の設定をしたのはもう六年も前であり、各施設を街のどこに配置したのかはうろ覚えだ。

 かと言って、夜も更けた知らない街をうろつく気にもなれない。

 

「梅格付けの宿屋でしたらあっちですよ」


 アーパネイが、あっち、を指差す。

 なので、こっち、に歩みを向ける。


「じゃあ、こっち、に行くか」


「だから! 扱い!! 酷すぎますってばっっっ!!!」


「俺はここに一泊するから、お前さんもう帰ってもいいぞ。……金目の物を置いて帰れ」


「それ山賊のセリフっっっ!!!」


「……おい、あまり大きな声を出すな。もういい時間だぞ」


 プロ野球の応援に行ったらなら間もなく鳴り物禁止とされよう。


「あ、は、はい。……すいません」

 

 眉をしかめる俺に、アーパネイはしゅんと肩を落とした。

 まるで捨てられたたぬきだ。


「……そろそろ泣いてしまいそうなんですけど」


「好きにしろ」


「しくしくしく……」


 顔面を両手で覆い、指の隙間からチラチラと俺を伺うアーパネイ。

 

 ウザ……。

 だが、いつまでもこうしていては埒が明かない。


「まったく、道を間違えたりしてくれるなよ?」


「は、はい! 腐っても女神ですからっ!! 始まりの街の何処に何があるのか位はばっちりですよ、任せて下さい!」


 腐っても――とかは自分で言う事じゃない様な気がするが。

 ともあれ、記憶があやふやなので、ここはアーパネイに任せて見るとしようか。






 二回ばかり道を間違えながら、俺はアーパネイに梅格付けの宿屋まで連れられる事に成功した。

 三回目はそのまま尻を蹴飛ばし神界に送り返してやろうと思っていたので何より。

 道を間違えながらピンク色の看板をした店が視界に入り始め、多少ドギマギしたのは内緒だ。

 まあ、小銭しか手にしていない現状、店ののれんを潜る真似は出来なかっただろうが。


「案内、ご苦労。……それで、今更だが、お前さん、何でここにいるんだ」


 何となく聞きそびれていた事だ。

 後で今日の出来事を整理し考えるつもりなので、アーパネイの状況も把握しておきたい。


「ジアーレの象徴たる女神はジアーレに生きる民へと干渉出来ない、なんて鼻くそほじくりながら適当に考えたもっともらしい設定のおかげでお前さんは神界から出る事は出来ないはずだ。ジアーレの地に降り立つだけでジアーレに生きる民へと干渉していると見なしながら設定したからな」


「……あの六畳一間を神界と呼ぶには抵抗がありますが。確かに、創造主様が鼻くそほじくりながら適当に考えたもっともらしい設定のおかげで私は存在を成してから六年間神界から出る事は出来ませんでした。……もっとまともな態度で真摯に理由を考えて欲しかったです」


 アーパネイが拗ねた様に唇を尖らせた。

 ……鼻くそほじる、とか口にされて少しドキドキした。

 若い女性に下ネタを振るおっさんってこういう気持ちなんだろうか。


「六畳一間でも退屈する事無く過ごせる様、ジアーレのあれこれを調べて把握出来る魔法道具パソーコンを設定して設置したし、本棚には少年漫画や少女漫画、青年漫画に成年漫画までラインナップしておいたはずだ」


 それら退屈しのぎの手段は俺の趣味が多分に反映されている。

 ラインナップしておいた漫画の種類は趣味の範囲を超えて多種揃え設定したつもりではあるが。

 普段は少女漫画とか読まないし。


 ニタリ、と口角を歪める。


「……特に成年漫画には何かとお世話になったんじゃないのか?」


 成年漫画、いわゆる一八禁な内容の漫画。


「い、いやいや、いやいやいや、そんな事そんな事、そんにゃ事は無いですにょ」


 頬から耳から首筋から、顔面のあらゆるを桃色に染めながらこれでもかと狼狽えるアーパネイ。

 嘘がバレた小学生よりわかりやすい。

 にょ、て何だよ。


「とぼけても無駄だ! お前さんの設定をしたのは俺だからな、趣味も嗜好も夜のお楽しみもばっちり把握している! 昼間、俺の状況を知らしめる為にお前さんの個人情報を暴露してやったが、それに付け加えてやろうか? どんな体勢が好みか、どんなネタが好みか、お気に入りは中指と薬指で――」


「いやああああああああああっっっ!!! 女子のプライベートですよっっっ!!! 変態! 変態っ! ! 変態っっっ!!!」


 アーパネイは風呂上がりのタコさながらに顔面を真っ赤に染めると、ポカポカと――否、ギュオン、と風を切り裂きながら俺に殴りかかって来た。

 カンスト手前に設定された、ちから、と、すばやさ、が拳を聖剣や魔剣に比肩させる。


 みぞおちを突き抜こう、ソーラープレキサスブロー。

 肝臓を破壊しよう、リバーブロー。

 捻りを加えながら心臓を撃ち抜こう、ハートブレイクショット。


 脳筋ステータスから繰り出されるそれらはどれも魔王すら屠れそうだ。

 ジアーレに魔王なんていないけど。


 いや、待て待て、こいつ、俺を殺す気か!


 ほうほうの体で何とか躱すが――次は躱しきれない。

 そう覚悟する俺に、アーパネイは腋を締め両拳で口元を隠す様なピーカブースタイルに構えると、∞を描く様に身体をゆすり始めた。

 ジャック・デンプシー……。


 誰だ、本棚にとあるボクシング漫画を並べたのは!

 俺だ!


「おい、待て! それは洒落にならないぞ!」


 呼びかけ届かず、アーパネイのウィービングが徐々に加速し始める。

 これは本格的にヤバイ。


「分かった! 俺が悪かった! 以後、プライベートには触れず、尊重する事を約束するっっっ!!!」


 ピタリ、アーパネイの動きが止まる。

 まるで糸が切れた風神の様に。


「……私の全ては創造主様が設定下さりました。ですが、創造主様にはデリカシーを持って頂く事を強く求めます」


 刺す様なアーパネイの視線にこくこくと頷く俺。

 ここで返答を間違えると生命に関わる。


 そうして、アーパネイはようやく腕を降ろしピーカブースタイルを解いてくれた。


「せっかく用意してくれていますから、私だって漫画は読みますよ。少年漫画なら、俺に届け、とか、少女漫画なら、海賊王に私はなる! とか……。ですが、本を読むのはなかなか大変なんです」


 アーパネイがもじもじと身を寄せる。

 そこには∞を描こう風神では無く、愛らしい顔を羞恥に染める女神がいた。


 そう言えば、アーパネイには三行以上の文章を読むと腹が痛くなる設定があったな。

 腹痛にのたうち回る美人……か。

 何だろう、この胸の沸き立ちは。

 いけない扉を開いてしまいそうだ。


「海賊王に私はなる! は何処らへんまで読んだんだ?」


「ええと……、海賊狩りのポロに告白される辺りまでだったと思います」


「まだそこかよ!?」


 まだ一巻、二巻付近じゃないか。

 単行本で八〇巻以上が刊行されているってのに。


 六年も経ってまだそこまでしか読めていないとは。

 六年前の俺がした設定とは言え、いくらなんでも不憫が過ぎる。

 現実世界へ帰ったら、過去に設定した内容は変更しない、と言うマイルールを初めて破ろうか。

 せめて五行は読ませてやりたい。


「撤廃して下さいよっっっ!!!」


 却下。


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