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病院へ

 俺がRPGツクーレで設定したゲーム世界であるジアーレには回復魔法が存在しない。

 プレイヤーキャラクターが魔法で回復出来るのなら、モンスターなどのエネミーキャラクターもそう出来ないと理不尽だろうし、ボスキャラクターの様な強敵に回復魔法を用いられ、あまつさえ全快されては興ざめだろう。

 そうした思いから、回復魔法は設定しなかった。


 減った生命力――HPを回復する為には休息や病院での治療が必要になる。

 毒や麻痺などの状態異常も同様だ。


 しかし、RPGをプレイする上で、戦闘によりプレイヤーキャラクターのHPが〇となってしまう場面はおよそ避けられない。

 回復魔法と言う回復手段が無い中でHPが〇になってしまったならどうするか。

 HP〇のまま――と言うのはいくらなんでも鬼畜だろう。

 なので、戦闘中にプレイヤーキャラクターのHPが消耗し〇となってしまった場合は、死亡、ではなく、仮死、と扱う事とした。

 戦闘が終わりフィールドへ画面が切り替わった時には、HP一の状態で蘇生されている様に設定したのだ。

 そうした特殊な環境がジアーレの通常とまかり通らせる為に、ジアーレに生きる民はみな女神の祝福を受けており、生命力が底を突いた原因がモンスターであった場合は真なる死には至らない、との理屈も用意した。

 そして、それはただ蘇生されるだけでは無い。

 戦闘により腕や足を失おうが、内臓を破壊されようが、原型を留めない有様と陥ろうが、戦闘が終われば五体満足状態で蘇生されるのだ。

 ……それら設定はリアルではどう表現されるのだろう。


 また、戦闘において、プレイヤーキャラクターの全てがHPを〇としてしまった場合は、全滅、となる。

 その際、現在の状況を引き継いだまま近くの安全地帯からゲームを再開するか、タイトル画面にまで戻され最後に立ち寄った安全地帯まで状況を巻き戻されるか、RPGツクーレではどちらを仕様とするのか設定出来る。

 俺が仕様と採用した設定は後者だ。

 全滅プレイなんてヌルい真似はさせない。

 ……そうした設定もリアルではどう表現されるのだろう、気になる。


 そして、それら仕様のジアーレにおいて重要なのが、病院、だ。

 SFで言うならコールドスリープ装置、現実世界で言うなら酸素カプセル、そうした外見の療養装置が病院には用意されており、HP一の重体状態でも入院と言う形を取り数日で全快させる事が出来る。

 しかし、入院の期間中はそのプレイヤーキャラクターはパーティーを離脱しなければならない。

 そうした欠員が出てしまった場合にプレイヤーキャラクターを補充出来る様、冒険者斡旋所(ギルド)なる施設を設定してある。

 冒険者斡旋所では欠員に限らずプレイヤーキャラクターの入れ替えが可能だ。

 最初から最後まで固定メンバーで進めるも良し、適宜入れ替えながら進めるも良し、そう自由度高くプレイ出来る様に設定したつもりだ。

 もっとも、クリアラインを撤廃したこのゲームに、最後、は存在しないのだが。


 回復魔法が存在しない事、自然回復以外での回復には病院での治療が必要になる事。

 これら、HP管理にまつわる設定、は俺がゲームを設定するにあたりこだわった点である。

 

 今向かっている病院は、それら設定を支える重要な施設なのだ。






 俺とアーパネイは二階建ての建物――病院の出入り口へとやってきた。

 設定の通りなら、一階は受付や診療の為、二階は入院の為の造りとなっている。

 夜の帳に包まれた街並み同様に病院も明かりが落とされていて、診療時間の案内を見るまでも無かった。


「夜の病院って不気味ですよね……」


 病院の薄暗い出入り口を眺めながら呟くアーパネイ。

 出入り口はガラス扉となっているので中を見通す事が出来るのだが、奥には闇がたゆたっていて先まで見通す事は出来ない。

 まるで深淵だ。


「どうします?」


 アーパネイに答えず、二階を見上げる。

 俺に倣ってアーパネイも見上げる。

 今夜は月が綺麗ですね、なんて的外れな事を口にしながら。


「的外れとか酷くないです?」


 また口にしてしまっていたらしい。

 いい加減意識して気をつけないとな。


 建物を見上げた先、二階ではカーテンから明かりが漏れている窓がいくつか見られた。

 入院患者が数人いる様子。

 入院患者がいると言う事は宿直の看護師、または医師もいるはずで、少なくともスタッフが誰一人といないはずは無い。


 一歩を踏み出し、出入り口の傍に設えられているドアベルを鳴らす。

 ドアベルは呼び出しをするだけでは無く、内部とも通信が出来る魔法道具と言う設定だ。

 現実世界のインターホンよろしくである。

 

 程なく応答があった。

 声音からおばちゃんと思われる。


「……はい、急患ですか?」


「いえ、そうじゃないんですけど、ちょっとお願いがありまして」


「お願い……ですか?」


 ドアベル越しでもおばちゃんが困惑しているだろう事がわかった。


「モトノセカイカエールと言う薬を一つでいいので譲って欲しいんですよ。もちろん、代金はお支払します。お願いできませんか?」


「申し訳ありません、当院の診療時間はすでに終了しており、急患以外の対応は致し兼ねます」


「や、そこを何とか! すぐ終わりますから――五分、いや三分、なんなら一分でも結構です!」


「……申し訳ありません」


 取り付く島もない。

 おばちゃんの言うとおり、診療時間はすでに終わっているので当然と言えば当然であるのだが。

 そのまま、おばちゃんがドアベルより遠ざかって行くのがドアベル越しでも感じられた。

 そして、かすかに聞こえる。


「おまたせー……て、ちょっと! 私の分のイカゲソ食べたの誰さー! ひい、ふう、みい――三本も減っているんだけど! ぶっ殺すよ!」


 ……どうやら、中ではイカゲソパーティーが開かれている模様。

 おばちゃんは何本食べる気でいるのか、とか、ぶっ殺すとか病院関係者が不謹慎極まりない、とか、声を大にしてツッコミたい思いに駆られる。


 イカゲソパーティー……か。

 閉院後の病院内ではイカゲソパーティーが開催される、そんな設定した覚えは無い。

 それとも、いつか設定した事を忘れてしまっているのだろうか。


 ともあれ、ああもにべなく断られてはもうドアベルは鳴らせない。

 次はパーティーの参加者全員の不興を買うだろうし、そうなっては明日にも響く。

 

 だが、まだ打つ手を失った訳では無い。


「なあ、アーパネイ。お前さん愛用のトゲトゲハンマーをちょっと貸してくれないか?」


「いいですけど……て、何に使う気ですか? もしかして、病院の扉をぶち破ろうとか考えていますか? 私にもイカゲソくれます?」


 大きな袋からトゲトゲハンマーの柄を覗かせながら、アーパネイの手が止まる。

 アーパネネイは、俺が病院のガラス扉を粉砕しイカゲソパーティーへ乱入する事を心配――いや、期待をしている。

 だが、そんなテロリストの様な真似をするつもりは無い。

 そして、例え乱入したとしてもイカゲソをくれてやる気も無い。


「そんな事するかよ、お前さんは俺を何だと思っているんだ。今、おばちゃんが言っていたろ? 急患以外の対応は致し兼ねる、て。裏を返せば、急患には対応するって事だ。……二、三日ゆっくりして来いよ」


「創造主様は私を何だと思っているんですかっっっ!!! いい加減扱い酷すぎませんかっっっ!!!???」


 アーパネイは顔色を青ざめさせながらトゲトゲハンマーを大きな袋の中に押し込んでしまった。


 どうやら今日中に現実世界に帰る事は無理そうだ。

 超谷飛翔平の活躍をリアルタイムで楽しむ事は諦めて、ダイジェスト動画か再放送を楽しむ事に切り替えよう。


 ……まさか、序盤から大乱調で炎上したりはしないだろうな。


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