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モトノセカイカエール

 大と小、二つの太陽が仲良く傾き、空が茜色に染まり始めた頃。

 俺とアーパネイはセレスゲティ大草原を抜け、始まりの街の入口へと到着する事となった。

 始まりの街は外周部を高い塀で囲われており、東と南と用意された街門を用いて街を出入りする。

 東の街門より街を出たなら、始まりの街の次の街を目指す事が出来るし、南の街門より街を出たなら、セレスゲティ大草原に挑む事が出来る、と言った具合だ。

 俺とアーパネイはセレスゲティ大草原を北上して来たので、南の街門より街へ入る事となる。


 ちなみに、街の中ではモンスターとのエンカウントは無い。

 これは始まりの街に限らずだ。

 エンカウントありと設定する事も出来たが、そんな修羅の国にする必要は無いと判断したのだ。


「それで、いくら位になったんだ?」


 隣を歩くアーパネイの手の平を覗き込む。

 アーパネイの柔らかそうな手の平の上には多数の宝石があった。


「えーと、三〇〇ゴドル程度にはなりそうですね」


「何だ、それっぽっちか」


「モンスターと戦ったのは私で、創造主様は見ていただけでしたよねっっっ!!!」


 最初のエンカウントの後、始まりの街へ到着するまでにもう数回ばかりモンスターとはエンカウントした。

 今アーパネイの手の平の上にある多数の宝石は、それらを蹴散らした際にモンスターが残したドロップアイテムだ。

 ドロップアイテムの宝石は街で換金する事が出来る。

 ゴドル、とは通貨の単位だ。


「何かを買うつもりなんですか?」


「ああ。まさか、自分がこんな目に遭うとは思ってもみなかったが、備えあれば憂いなし、とは良く言った物だな」


 こんな目、とは異世界転移――もとい、ゲーム世界転移、の事である。

 しかし、それらジャンルの物語を多数見知っていた俺は、万が一の為に元の世界に帰る為のアイテムを設定しておいた。

 それはジアーレに存在するあらゆる道具屋で格安にて販売されている様に設定されている。

 価格を高くしてしまっては転移して財の無い状況に陥ってしまった時に困るし、取扱のある道具屋を限定してしまっては取扱のない道具屋の近くに転移してしまった場合に困るし。


「モトノセカイカエールって名前のアイテムでな」


「安直すぎませんかっっっ!!!???」


 アーパネイがこれでもかと目を見開いた。

 

 名前はわかりやすさが大事だろう。

 分かりづらかったり、読めなかったり、そんな名前をつけるべきでは無いと思う。

 アイテムだろうと、人の名前だろうと。


 モトノセカイカエールは粉末をした薬に分類されるアイテムで、服用する事で元の世界に転移出来ると言う設定がされているアイテムである。


 そうした事をアーパネイに説明すると、アーパネイは首を傾げた。


「それって、間違えてジアーレの民が飲んじゃった場合はどうなるんですか? どこか別の世界に連れていかれちゃうんですか?」


「そうならない様に、転移には元の世界を具体的に想起する事が必要、との条件も設定してある。ジアーレの民なら元の世界とはジアーレの事だろう? どこに転移する事も出来ないさ。もちろん、ジアーレのどこかに転移する事も出来ない。モトノセカイカエールは拠点移動アイテムの類では無いからな」


「でもでも、興味本位に色々と試している内に何かの拍子で……とか」


「……モトノセカイカエールは劇薬なんだ」


「……え?」


 アーパネイの眉根に山と谷が出来た。


「服用して元の世界に転移出来た場合は問題無いんだが、転移に失敗すると、世界の全てを呪いたくなる程の強烈な腹痛に襲われる。胃の中の物、腸の中の物、ありとあらゆる排泄されるべき物も排泄されちゃいけない物も一緒くたに、まるで土石流の様にとめどなく溢れ、それは三日三晩続きケツの穴に安らぎは――」


「もう止めて下さいいいいいいっっっ!!! 聞いているだけでお腹が痛くなりそうですっっっ!!!」


 アーパネイは歯を食いしばると、これ以上聞きたく無いとばかりに両耳を塞ぎ、いやいや、と首を左右に振った。


 どうやら理解してもらえた様だ。

 モトノセカイカエールが消費される可能性は低かろう事を。

 ジアーレの民には使い道の無いアイテムであり、道具屋の不良在庫となっている可能性は高い。






 ……高い、と思ったんだが。


「モトノセカイカエールなら売り切れているよ」


 道具屋の親父さんが口にした内容に、目が点となってしまった。

 混乱しながら言葉を絞り出す。


「ひ、一つでいいんですけど……」


「悪いね、お兄さん。元々の入荷数が少ないって言うのもあるんだけど、最近はよく売れてね。今回も入荷と同時に売り切れてしまったんだよ」


 想定外の結果に言葉を失くす。

 入れ替わる様に、アーパネイが口を開いた。


「モトノセカイカエールって飲んだらお腹が痛くなる薬だと思うんですけど、そんな薬を誰が買って行くんですか?」


「あれは強力な下剤として需要があってね、ほれ」


 道具屋の親父さんはとある建物を指差した。

 その建物には御旗が掲げられており、黒十字が五角形に収められた格好のシンボルが記されていた。

 あれは――。


「……病院、だな」


 現実世界の地図記号をモチーフにデザインしたシンボルで、ジアーレの病院施設の全てはこのシンボルマークを掲げる様に設定されている。


「どうしても必要だと言うなら病院まで足を運んでみてはどうかね? もしかしたら、一つや二つは譲ってくれるかも知れない。月半ばの入荷日まではまだまだあるから、急いでいるならそうした方がいいんじゃないかね?」


 道具屋の親父さんが口にしたのは、いわゆる、次善の案、だ。

 

 ……次善の案、だと?

 設定された対応を繰り返すだけの店番としてのNPCが……?


「創造主様? どうかしましたか?」


「あ……。ああ、いや、何でもない」


 アーパネイの呼びかけに遠ざかりかけた意識が戻る。

 気がつけばアーパネイは心配そうに俺を覗き込んでいた。

 

 今は何やらに気を取られている場合では無いな。

 気になるあれこれは後でじっくりと考える事にしよう。


「入荷を待つと言うなら、予約を受け付けるよ?」


 予約、か。 

 店売りのアイテムには在庫に限りがあり、それらは月半ばか月初に回復される。

 そうした設定がジアーレの全ての店にされている。

 無限に在庫があるなんておかしいだろう、と言う微妙なリアリティを追い求めたが故の設定だ。


「今日は二日だから、次の入荷日まではまだ二週間程度もあるがね」


 道具屋の親父さんが口にした内容に、現実世界の暦を思い出す。

 確か、現実世界でも今日は二日だったはず。

 そして、月半ばまでは約二週間。

 どうやら、現実世界とジアーレと、時間の流れに差異は無さそうだ。


「……二週間は長すぎるな」


 現実世界へと帰還する手段を確保出来ないまま二週間を過ごすのはリスキーが過ぎる。

 それに今夜は帰りたい理由もある。

 始まりの街を出て別の街に買いに行くか、道具屋の親父さんの案に乗っかって病院で分けてもらうか、どうにかモトノセカイカエールを手に入れたい。


「病院へ行ってみるか」


 俺とアーパネイは道具屋の親父さんに礼を言い、病院へ歩みを向けた。

 

 道具屋の親父さんはモトノセカイカエールを下剤と言った。

 しかし、この世を呪わんばかりの高すぎる効果を鑑みれば、病院とは言え使うタイミングはかなり限定されているはずだ。

 在庫として余っている可能性は高い。

 ……今度こそ高いはずだ。


 陽はもう沈みかけている。

 早く帰らなければ、今夜のプロ野球中継に間に合わない。

 今夜は俺の贔屓チームである日本ベーコンファイヤーズの試合があり、打っては昨シーズン日本人最多の四〇本塁打、投げては昨シーズン最多勝となる一八勝、奇跡の二刀流、超谷飛翔平が先発するのだ。

 見逃す訳には行かない。


 こんな事なら、現実世界の電波を受信出来るテレビをアイテムとして設定しておけばよかったな。


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