ゲーム世界ジアーレ
性は御神本、名は将雅。
気がつけば一人でポツンと立っていた。
装いは布製の粗末な服。
まるで、布の服、だ。
七分袖のシャツとスウェットでベッドに入ったはずだったんだけどな。
そう思いながら周囲に目をやる。
「サバンナかよ……」
率直な感想が思わず口をついた。
辺りは見渡す限りの大草原であり、所々に低木や岩石が見られた。
ゾウやキリンが歩いていても不思議は無さそうだ。
「こんな場所、近所に……いや、日本にあったか……?」
目のやり場に困ってしまい、空を見上げる。
空には雲一つ無く、どこまでも青空だった。
そして――。
「何てこった」
――呻きを漏らす。
見上げた雲一つ無い青空には、太陽が二つあったのだ。
「これは日本じゃ――いや、地球じゃないな」
そんな俺の仮説にトドメを刺すかの様に、大きなトカゲめいた存在が羽を羽ばたかせながら青空を右から左へ通り過ぎていく。
ドラゴン、そんな単語が脳裏をよぎる。
異世界転移、または転生。
ジャンルとしての勢いは一時より落ち着いたが、それでも漫画やアニメ、小説、ゲーム、あらゆるメディアを未だに席巻しているジャンルである。
中でも、小説家になってみれば? なるコミュイティサイトでは勢いを衰えさせる事無く健在だ。
趣味として漫画や小説はよく読むし、アニメだってそこそこ見る。
そうした一環で異世界転移や転生を扱った物語を読んだ事や視聴した事はあったが……。
「まさか、ノンフィクションとしてお見舞いされるとはな」
誰に言うでもなく呟く。
独り言は俺の癖だ。
悪癖と言ってもいい。
一八歳でありながら長く一人暮らしなんかをしているからだろうか。
ともあれ。
「これからどうするか……」
俺が知っている範囲の異世界転移や転生を扱った物語の大半は、その人には特殊能力が備わっていて、面白おかしく、かつ、ハーレムを形成しながら過ごす……と言う内容だ。
特殊能力。
俺にも何かあるのだろうか。
炎の一つでも出せるかも知れない。
そんな事を思いながら両手を突き出して見る。
と――。
「お――おおおおおっっっ!!!???」
――両手の先の空間が渦を巻く様に歪み始めた。
「ま、まさか、本当に特殊能力が備わっていたりするのか!?」
そんな俺の期待を集めた歪は一際眩しく輝くと――炎では無く、一人の女の子を出現させた。
胸のサイズはBカップ、この柔らかさはノーブラだろう。
女の子は俺が突き出した両手の先に現れた為、女の子の胸の膨らみが両手の平にすっぽりと収まってしまったのだ。
せっかくの奇跡なので一揉みさせてもらった。
それの感想が先である。
「き、きいやああああああああああああああああっっっ!!!」
上質な絹を一気に切り裂いたかの様な悲鳴が大草原にこだまする。
悲鳴の主は現れた女の子。
上等な鈴の音さながらの声音が、鼓膜を貫き脳髄を刺激してくれる。
女の子は悲鳴と共に二歩三歩とたたらを踏むと、隠しかばう様に胸を両手で抱いた。
そうして、頬を桃色に染め、俺を睨めつける。
「な、何ですか、あなたはっっっ!!!」
「それはこっちのセリフだ。突然現れたのはお前さんの方だろう」
「わ、私は、異物の出現を感じたので、ジアーレを象徴する女神として確認に――」
女の子は白と紫に染め分けられた巫女装束を装いとしており、薄手の千早を羽織っていた。
顔立ちは可愛らしく百点満点。
好みど真ん中場外ホームラン四割バッター万歳状態である。
先頭バッターとして満塁ホームランだって打てるレベル。
装いといい顔立ちといい、ついでに胸のサイズといい、まるで、六年前に設定したゲームキャラクターその物だ。
ふと気がつく。
「お前さん、今、ジアーレって言ったか?」
「い、言いましたけど、それがどうかしましたか?」
女の子の言葉を遮る様に声を上げた俺に、女の子は警戒心を露わに眉根を寄せる。
ジアーレと言う単語には覚えがある。
俺は、RPGツクーレ、と言うロールプレイングゲームを設定する事が出来るゲームにハマっている。
六年前から今日まで飽きる事無く。
そのRPGツクーレで設定しているゲーム世界の名前、それが、ジアーレ、なのだ。
まさか――。
「お前さん、名前はアーパネイって言うんじゃないだろうな?」
「な、何でそれをっっっ!!!???」
女の子は、ビクッ、と派手に身を震わせると、露骨に俺から距離を取った。
見知らぬ男に自分の名前を把握されていたなら当然だろう。
通報されてもおかしくは無い。
俺がRPGツクーレで設定したゲーム世界であるジアーレには、象徴として女神が存在する様に設定してある。
その女神の名前はアーパネイ。
目の前に現れた女の子は、ジアーレを象徴する女神であり、アーパネイと言う名前である。
……これはそう言う事だろうな。
どちらか言うならば、異世界転移、になるのだろうか。
俺は自らが設定したゲーム世界に入り込んでしまったのだった。