明日へ向けて
足取り重いアーパネイを、捨てて行くぞ、と励ましながら、始まりの街まで戻った俺とアーパネイ。
一息も入れずにそのまま病院へと向かう。
陽は微妙に傾き始めており、もたもたしていてはうっかり閉院時間となりかねない。
時間は人の考えを変える。
たった一晩でも先生の考えが変わる可能性は有り、取引の条件を満たす事が出来ている現状なのだから無駄に時間を空けずに取引を終えてしまうが吉だ。
ついでにアーパネイのダメージも回復させたく。
病院の受付へ顔を出すとすぐに事務所へと案内をされた。
「お待ちしておりましたよ」
事務所では朝に訪ねた時と同様、先生が迎えてくれた。
椅子も二脚用意されており俺とアーパネイと並んで腰を降ろす。
「もしかしてとは思いますが」
「中々苦労させられましたよ」
期待と懐疑を入り混ぜた様な表情で俺を伺う先生に一つ頷き、アーパネイへと視線を送る。
アーパネイにはみなまで言わずとも伝わった様で、大きな袋よりダークレオの尻尾を取り出してくれた。
収納した時と変わらない艶やかな灰色をした尻尾である。
目にした先生の色が変わる。
「その色艶はまさしくダークレオの尻尾! ドロップ率の低さ故に中々市場にも出回らない逸品をまさかこの数時間の内に用意なさるとは……!」
市場に出回らない逸品、か。
設定をした俺をしてダークレオよりのドロップを諦めたのだ、幻扱いされるのも頷ける。
「早速ですが、モトノセカイカエールとの交換をお願いしてもいいですか?」
「もちろんですとも!」
ダークレオの尻尾を受取ながら、先生は力強く頷いてくれた。
しかし、すぐに表情を曇らせてしまう。
「この取引は私からの提案ですが……希少価値を考えると市販されている様な薬とは釣り合いが取れているとは言い難いですね。申し訳なく思ってしまいますよ」
言葉の通り、申し訳無さそうに眉をしかめる先生。
そう思ってもらえるのなら――。
「でしたら、厚かましいお願いをさせてもらってもいいですか? 連れが少々ダメージを負ってしまいまして、病院の施設を利用させてもらえると助かるのですが……」
俺の申し出に先生がアーパネイへと視線を向ける。
ぺこり、小さく会釈をして見せるアーパネイ。
顔色はあまり良くない。
「なるほど、確かに万全とは言えない様子に見えますね」
「それで、恥ずかしい話しですが手持ちにもあまり余裕が無く、いくぶんかの割引をお願いしたいのですが……」
「この街を後にする予定はありますか?」
「いえ、今の所は」
先生の問いかけに首を振る。
予定は未定だが今すぐに街を出るつもりは無い。
「でしたら、今回に限らず、必要に応じた当面の治療を引き受けさせて頂きましょう。お代も気になさらなくて結構ですよ」
「ほ、本当ですか?」
全面的に面倒を見てくれるとの申し出。
ありがたすぎる話ではあるが。
「たかが……と言っては怒られるかも知れませんが、ダークレオの尻尾一つでそこまでして頂いてもいいんですか? 特にこれと言った効果を備えるアイテムでは無いはずですが」
「確かに、ダークレオの尻尾にはバフやデバフの様な有効な性質がある訳ではありません。また、希少であれど金銭的な価値としては大した事がありません。一般的には、たかが、と言えてしまう程のアイテムではあります」
うんうん、と頷く先生。
不意に、先生の目が妖しく光る。
「……しかし、とある筋には大変人気のあるアイテムでしてね」
まさかとは思うが、俺が納めたアイテムが何らかの犯罪行為に利用されるのであれば看過する訳にはいかない。
「そう顔色を変えなくても大丈夫ですよ、人様の迷惑になる様な事は一切ありませんから。……まあ、あまり大きな声で言うのも恥ずかしい事なんですが、この尻尾は触り心地が抜群でしてね。それで責められる事を好む物もいるのですよ」
確かに、ちょっと触った程度ではあるがこの尻尾は癖になる滑らかさを備えている。
「触り心地の虜となってしまう女性も多いのかもしれませんね」
「……ええ、女性に限らず、ですけれども」
そうして、先生は目を細めたのだった。
もうこの話題は止めにしよう。
……違う世界に引きずり込まれかねないから。
アーパネイの回復には三時間少々かかった。
待ちぼうけるには長い時間だったが、治療にかかった時間として考えるなら短い時間と言えるだろう。
打撲とは言え、リアルでは三時間でアザも何も無くなる程に全快するなんて事は有り得ないのだから。
病院を後にし、すっかり陽が落ちてしまった通りをアーパネイと歩く。
アーパネイの足取りは軽く治療を受ける前とは雲泥の差だ。
ちなみに、モトノセカイカエールは受け取って来た。
今はアーパネイが携える大きな袋の中だ。
「三人目……ですか?」
「三人目と限る訳では無いけどな」
目を見張りながら首を傾げるアーパネイに頷く。
アーパネイの治療中、ただぼんやりとしていた訳では無い。
俺なりに今後の事を考えていたのだ。
そうして出した結論が、仲間を増やす、事。
それを歩きながらアーパネイに告げたのだ。
「三人目でも四人目でも、必要だと思える人材に出会えたなら採用したいと思っている」
「私は将雅さんと二人でもいいですけど……」
唇を尖らせるアーパネイ。
どこか拗ねている様に見える。
もしかしたら、仲間を増やさなければならない程に自らは役立たずなのだと思っているのかも知れない。
否定はしない。
「否定して下さいよっっっ!!!」
アーパネイが泣きそうになりながら声を上げた。
「今日は何とかなったが、今後も似たような事になったら困るだろう?」
「似たような事って……?」
「忘れた訳じゃないとは思うが、俺とお前、どちらかが死を覚悟しなければならない状況に陥ったじゃないか」
「ああ、そんな事もありましたね」
こいつ、マジか。
病院で三時間ばかりのんびりしている内にすっかりととぼけてやがる。
喉元過ぎれば熱さもなんとやらとは言うが……。
「あんな目に遭った原因はレインボースライームの設定ミスとかレアモンスターとの戦闘では逃げる事が出来ないとか、色々とあるが……」
「それ、将雅さんのせいですよね」
アーパネイの的確なツッコミ。
的確すぎるので無視を決め込む。
「俺とお前さんには女神の祝福が適用されないって部分はあまりにも大きい」
モンスターとの戦闘でHPを〇と枯渇させてしまっても戦闘が終われば蘇生される。
そうしたジアーレに生きる民の特権はジアーレに生きる民では無い俺とアーパネイには適用されない。
俺とアーパネイはHPを〇と枯渇させてしまっては終わりなのだ。
俺は死を迎え塵と化すのかもしれないし、アーパネイはそれにジアーレの崩壊が加わる。
今回は何とかなったが、逃げられない戦闘で勝てそうにないモンスターを相手取った場合。
待っているのは敗北、つまり死だ。
少なくともそれは回避しなければならない。
戦闘で逃げる事が出来るのならば――。
「俺とお前さんが戦闘から逃げ出せる様に、シンガリを請け負ってくれる人材を探す」
「つまり、代わりに死んでくれる人って言う事ですね」
「言い方っっっ!!!」
身も蓋もなさすぎる。
だが、その通りでもある。
いざと言う時に俺とアーパネイの代わりに死を覚悟してもらおう人材を探そうと言うのだ。
一時的とは言え死んでもらおうと言うのに、言い方を取り繕う俺は卑しいのかも知れない。
「後、魔法系スキルの使い手も欲しいな。お前さんは物理系特化だし、俺が魔法系スキルを用いるには何かと限りがあるからな」
「あんな真似はもう勘弁して下さいね……」
げんなりしながらも頬を桃色に染めるアーパネイ。
あんな真似、とは眼窩にむしゃぶりついた事だろう。
俺とて何度とやろうとは思わない。
今回は緊急時であるが故の措置だっただけだ。
「盾役と魔法火力役、明日はこれら人材を募集する為にギルドへ言ってみよう」
ギルドとは人材と仕事の斡旋所である。
ほとんどのギルドには酒場も併設されているので、何か情報を求めたい時には立ち寄って見ることがゲームをプレイする上でのテンプレである。
「じゃあ、私が物理系火力役で、盾役と魔法系火力役が新人さん……。将雅さんは何役なんですか?」
「昼寝でもしているつもりだが何か」
「それ、明日は言わないで下さいよっっっ!!!」
ふう、とため息一つ、アーパネイが肩を落とす。
いよいよ、ジアーレでの生活が本格的に始まろうとしていた。
予定していた分は以上です
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