詰み
物理攻撃無効化設定。
読んで字のごとく、物理攻撃の全てを攻撃力や防御力に左右される事無く無効としてしまう無慈悲な設定である。
ちなみに、魔法攻撃無効化設定も存在する。
アーパネイの明後日の方向に突き抜けたステータス値から繰り出された攻撃を事も無げに受け止めたレインボースライーム。
その様子から物理攻撃無効化設定を想起させた。
物理防御力を用いて物理攻撃に抗じた場合、どれだけ差があろうと攻撃が命中したならなにかしらの結果は出るはずだからだ。
盾や鎧に命中したなら欠けの一つは。
身体に命中しなら傷の一つは。
例え、最小ダメージ値である一であろうと。
たかが一、されど一。
レインボースライームの場合なら攻撃命中時にそのぷるんとした身体がひしゃげる位はするはずだ。
金属音さながらの衝突音を奏でながら受け止めるなんて有り得ない。
それは物理攻撃無効化設定が働いている証左と言えるだろう。
「将雅さん、レインボースライームは魔法防御力が高いんですよね? なのに、物理攻撃が無効とされてしまっては……」
まるでこの世の終わりでも迎えたかの様に表情を曇らせるアーパネイ。
自慢の物理攻撃の一切が無効とされる存在が目の前にいるのだ、それも仕方ないだろう。
「そんな顔をするな、塩をかけてやりたくなるじゃないか」
「かたつむり扱いしないで下さいっっっ!!!」
「いや、なめくじだ」
「女の子に向かって酷くないですかっっっ!!!???」
「…………え?」
「きょろきょろしないで下さいよっっっ!!! 目の前にいるでしょう、女がっっっ!!!」
ふんがー、と憤慨に鼻息を荒らげるアーパネイ。
ダメージが大きい事は間違い無いだろうが、とりあえずは大丈夫そうだ。
「物理攻撃が無効にされるのならそれ以外の方法で攻撃すればいいだけだ」
「物理以外って……魔法でですか? 私は魔法の一切を使えないんですけど……」
「脳筋だもんな」
「そう設定したのは将雅さんですからねっっっ!!!」
アーパネイの抗議を無視し、意識を自らの内側へ。
取得済み魔法系スキルを脳裏に展開。
設定した覚えのあるあれこれが灰色表記でずらりと表示される
さて、どれを用いてくれようか……。
「もしかして、将雅さんって魔法使えるんですか?」
「言ったろ、いざとなったら魔法で援護するってな」
「言ってましたっけ、そんな事」
「本当にお前さんって見た目はとびきりなのに中身は残念だよな」
「それほどでもありませんよー」
「褒めたつもりは無いから身をくねらせなくてもいいぞ。それとも、それはなめくじのモノマネか何かか」
「そんな真似なんかしていませんっっっ!!!」
レインボースライームは魔法防御力が高く設定されている。
高く設定されてはいるが、無効と設定はしていない……はずだ。
魔法防御力を上回ろう攻撃力を発揮する魔法を用いればダメージを与える事は出来るはずなのだ。
……まさか、物理攻撃無効化設定に併せ魔法攻撃無効化設定なんかしていないだろうとは思うが。
物理攻撃無効化設定ですら施した覚えは無いのに。
「まったく、いつかの俺をぶん殴ってやりたい思いだ」
脳裏に展開された取得済み魔法系スキルの一覧より一つを選択する。
〈ブリザードコフィン〉。
照準の足元より天をも貫こう氷嵐竜巻を発生させ、そのまま棺と見立て葬る魔法系攻撃スキルだ。
水氷属性における最上級に位置される魔法系攻撃スキルで基礎攻撃力も高い。
単純な設定値を比較したならレインボースライームに設定された魔法防御力を安々と貫ける程に。
レインボースライームを照準に右手を伸ばす。
「〈ブリザードコフィン〉!」
……………………。
何も起こらない。
照準――レインボースライームの足元は緑色の下生えがそよそよとなびいている。
氷のこの字も竜巻のたの字も見受けられない。
「……〈ブリザードコフィン〉」
……………………。
もう一度スキルの使用を宣言してみたものの、やはり何も起こらない。
「何の真似ですか、将雅さん」
「そいつは俺が聞きたい位だっっっ!!!」
不思議そうに首を傾げるアーパネイに思わず声を荒げてしまう。
灰色表記された取得済みスキル一覧より任意のスキルを選択、スキルの内容に伴った対象を照準と定め使用を宣言。
このイメージや手順ではスキルを発動させる事は出来ないのだろうか。
何かリアル特有のルールが存在するのだろうか。
魔法系スキルであればMPが足りる限りは使用が可能……と、ばか……り……。
「まさか!」
ふと思いつき、自らのステータス値を確認するべく意識を自らの内側へ向ける。
この挙動でステータス値を閲覧できる確証は無かったが、どうやら正解だった模様。
脳裏に自らのステータス値が浮かび――。
名前:御神本 将雅
レベル:99
職業:創造主
HP:43/43
MP:2/2
――愕然としてしまった。
無駄に高いレベルやらレベルの割にしょぼすぎるHPやら、それより何より、MPの現在値/最大値が二……だと。
〈ブリザードコフィン〉に設定されたMPの消費量は一八だ。
MP二では逆立ちしたって足りない。
それどころか、MP消費量が三で全魔法系スキルの中でも最低値であるファイアボールすら使えない。
今更ながら勘違いしていた事に気がつく。
使用可能な道具やスキルは白色表示、使用不可能な道具やスキルは灰色表記。
これはRPGツクーレの仕様だ。
何故こんな基本的な部分を失念していたのだろう。
つまり、今まで俺の脳裏に展開された取得済み魔法系スキルが全て灰色表記だったのは、使用不可能、と言う意味であったのだ。
さらに、絶望的な事が一つ。
RPGツクーレの仕様としてレベルの上限は九九である。
レベルが上がればHPやMPを始めとした各種ステータス値が上昇する仕様でもある。
そんな仕様でありながら、俺のレベルは九九……、上限一杯である。
つまり、俺のレベルはもう上がらない。
つまり、俺のステータス値はこれ以上上昇しない。
つまり、MPの最大値は二で打ち止め。
つまり……俺はあらゆる魔法系スキルを取得していながら使用する事が出来ない。
今も、これからも。
……何てこった。
「ゆ、将雅さん、大丈夫ですか! 顔色が灰の様に真っ白ですよ!」
「燃えたぜ……。燃え尽きちまったぜ、おやっさん」
「しっかりして下さい、ここにおやっさんはいません! いるのは可愛らしい女神ですよっっっ!!!」
「……助かった。お前さんの厚かましさに目が覚めたぜ」
アーパネイのファインプレーで正気を取り戻せたはいいが、どうした物か。
レインボースライームに物理攻撃のあらゆるは通じず、魔法攻撃は使用不可。
……詰んでる。
「……逃げるか」
戦闘においては戦うばかりが手段では無い。
多々存在するRPGのどれにも、逃げる、が選択肢の一つとして存在する様に、RPGツクーレにも存在する。
三十六計逃げるにしかず、て奴だ。
そうして、アーパネイの肩を抱いたまま一歩を後退したら……何かにつっかえた。
後ろを向いても誰もいないし何も無い。
気の所為か、と今度こそ後退しようと――出来ない。
まるで見えない壁に阻まれているかの様に、レインボースライームから一定以上の距離を取る事が出来ない。
「対レアモンスターにおける逃げる不可設定……」
いつか自らがした設定を思い出し、呟く。
ボスモンスターやレアモンスターとの戦いでは逃げる事が出来ない様に設定をしたのだ。
ボスモンスターはともかく、レアモンスターからも逃げられない設定をしたいつかの俺は何を考えていたんだ。
……いよいよ八方塞がったか。




