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ダークレオハンティング

 高空から見渡せるならば、どこまでも広がる若草色にポツンポツンと低木や岩石が焦げの様に染みを作っている事だろう。

 真奥部は絶えず霧が発生している設定なので見渡す事は叶わないだろうが。

 それが、現実世界のセレンゲティ国立公園をモチーフに設定したセレスゲティ大草原だ。

 始まりの街に隣接する様に横たわるジアーレ七大ダンジョンの一つである。

 

 そんなセレスゲティ大草原に俺とアーパネイは立っていた。

 いや、俺は絨毯の様な草原に寝そべりながら青空を漂う多数の雲を数え、アーパネイはダークレオA、Bと戦っていた。


「ちょっとは手伝って下さいよっっっ!!!」


「いざとなったら魔法で援護してやるさ」


 恨めしそうに俺を睨めつけるアーパネイに手をひらひらとさせる。

 

 ジアーレのあらゆるを設定したのは俺である。

 すなわち、多種多様に存在する魔法系スキルの全てを設定したのも俺だ。

 そんな俺が魔法系スキルを取得していないはずが無く。

 取得済み魔法系スキル一覧を意識したなら、あんな魔法系攻撃スキルこんな魔法系補助スキルが灰色表記で脳内を駆け巡る。

 アーパネイが危うくなったならその中の一つを適当に選んで打ち込んでやればいいだろう。

 草原地帯なので火炎系の魔法は一応やめておこうか。

 ゲームならフィールドが草原だろうが海だろうがお構い無しだが、リアルだとどんな影響があるかわからない。

 火事になったら洒落にならん。


 まあ、アーパネイが俺の援護を必要とする事態に陥る事など有り得ないだろう。


「本当――ですよっっっ!!!」


 まるで捨てられた猫の様な雰囲気を醸し出しながら、アーパネイはダークレオAを見据えながらトゲトゲハンマーを振り回した。

 アーパネイの桁外れの膂力で振り回されたトゲトゲハンマーはにわかにしなりながらダークレオAの横っ腹に先端のトゲトゲ球をめり込ませると、ダークレオAの骨を砕く。

 グシャア、との破砕音と、ギャイン、とのダークレオAの悲鳴が重なる。

 ガクリ崩折れるダークレオAを、邪魔だ、と言わんばかりに容赦無く蹴り飛ばすアーパネイ。

 下生えを刈り取る様に転げるダークレオAの傍ら、紫白の巫女装束の裾がふわりと揺れ、アーパネイの白い御足が覗く。

 そのままアーパネイはトゲトゲハンマーを振りかぶりながら後方を振り向いた。

 振り向いた先にはアーパネイに喰らいつかんと中空に身を躍らせているダークレオB。

 ダークレオBの急襲はアーパネイに察知されてしまっていたのだ。

 次の瞬間――トゲトゲハンマーがダークレオBの頭部に振り下ろされる。

 大きく開かれたダークレオBの口は強打の圧力により強制的に閉じられ、中空に踊っていた身体は緑の大地に叩き落とされてしまう。

 アーパネイは間髪入れずトゲトゲハンマーを振りかぶり直すと、体勢を立て直しきれていないダークレオBに二度三度四度……とトゲトゲハンマーを打ち下ろした。

 ゴギン、ゴギン、ゴギン……と無慈悲に。 

 トゲトゲハンマーがダークレオBの身体にめり込むたびに、ダークレオBの悲鳴が虚空に溶ける。


 ……やっぱり子供には見せられない。

 

 数メートル程度離れた辺りでは、アーパネイに蹴り飛ばされたダークレオAがよろよろと立ち上がろうとしていた。

 位置としてはアーパネイの後方となる。

 無防備に背を晒す格好となってしまっているアーパネイへ注意を喚起――しようとして止める。

 アーパネイはダークレオBを蹂躙しながらも後方をちらりと見やっていた。

 アーパネイはダークレオAが戦線に復帰しようとしている事に気がついているのだ。

 それでもなお無防備そうに背を晒しているのだから、何か訳があるのだろう。

 声をかけてはその目論見をご破産とさせてしまうかもしれない。


 そうしている内に、トゲトゲハンマーを叩きつけられ続けていたダークレオBは設定されたHPを枯渇させ、身体を光の粒と霧散させてしまった。

 ふわり、光の粒が散り散りと溶けていくエフェクトに照らされるアーパネイ。

 その有様は絵画に描かれた天上人の様に神々しい。

 ジアーレを象徴する女神であるのだから、神々しいのは当然であるか。

 そのタイミングを狙ったのか、ダークレオAが動き出した。

 物理系補助スキル〈電光石火〉だ。

 ステータス値の、すばやさ、に攻撃時に限って二〇〇%の補正を与えようスキルである――のだが。

 アーパネイの、すばやさ、の前では、ダークレオの、すばやさ、が二〇〇%割り増そうと些末な事だった。

 アーパネイは雷さながらの勢いでダークレオAに振り向くと、身体を傾けることで器用に照準を調整し、トゲトゲハンマーをダークレオAの顔面に叩き込んだ。

 雷光さながらの勢いで振り回されたトゲトゲハンマーと〈電光石火〉によりステータス補正がされた渾身の一襲との正面衝突。

 ダークレオAは瞬きの合間にHPを枯渇させ、光の粒と消え失せてしまった。 


 アーパネイがいつまでも背を晒したままだったのは、ダークレオAより攻撃箇所の選択肢を剥奪する為だったのだろう。

 目の前に露となっている死角であろう背後と、側面または正面。

 どの部分を襲撃しようかは一目瞭然。

 攻撃されるとわかっている死角なんて死角とは言えない。

 ダークレオAが武士道精神なんかを持ち合わせていたなら正面に回ったかも知れないが、そんな事も無く。


 アーパネイのこうげき、ダークレオBをやっつけた、ダークレオAをやっつけた。

 ゲームならばただこれだけのやり取りのはずなんだけどな。

 リアルの奥深さにはただただ舌を巻いてしまう。






 ダークレオA、Bがドロップした宝石を拾うアーパネイ。

 表情はつまらなさそう。


「落ちませんね……」


「いくらレアアイテムとは言え三時間粘っても落ちないなんて酷いドロップ率だ。いい加減疲れて来たな」


「そう設定したのは将雅さんですよねっっっ!!! それに、将雅さんは何か疲れる事しましたかっっっ!!!??? モンスターと戦っていたのは私だけですよねっっっ!!!」


「寝転んでいたら背中が痛くなって来たし、流れる雲を追うのに目も疲れた。……ちょっと首とか肩とか背中とかマッサージしてくれないか?」


「鬼畜ですかっっっ!!!」


 むふー、と蒸気機関車の様に鼻息を吐き出しながら、俺の後ろに位置を取るアーパネイ。

 そのまま俺の肩に両手を乗せると、肩井(けんせい)肩外兪(けんがいゆ)と言ったツボを親指でぐにぐにともみ始めた。

 何だかんだ言いながらマッサージしてくれるとは、健気過ぎて涙が出そうである。

 こいつはいい嫁になりそうだ。


 各モンスターには戦闘に勝利する事で得られるアイテム――ドロップアイテムが設定されているが、レアに分類されるアイテムをドロップする設定がされているモンスターも存在する。

 ダークレオもそうしたモンスターの範囲であり、ダークレオの尻尾、なるレアアイテムをドロップする。

 名前の通りにダークレオの尻尾その物であるのだが、戦闘の最中に尻尾を切り落としても無駄だ。

 そうしたとて、戦闘の終了に伴い切り落とされた尻尾も光の粒と霧散してしまう。

 あるいは、戦闘領域より離脱し戦闘を終了させても同様だ。

 これはダークレオに限ってでは無く、ジアーレに現れる全てのモンスターに適用される。

 戦闘終了判定の後に残されるのは設定されたドロップアイテムのみなのだ。


 そんなダークレオの尻尾を俺とアーパネイは求め、セレスゲティ大草原をうろついていた。

 理由は一つ。

 モトノセカイカエールを手に入れる為。

 病院の先生は、モトノセカイカエールを譲る為に条件を出して来たのだ。

 すなわち、ダークレオの尻尾との交換――である。


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