【本上さん】
大学一年の春。まだ桜が微かに残っている日曜日。
実家を離れ独り暮らしをしている僕は、親に起こされなくとも朝にパッチリと目を覚ました。
バイトの支度をして、時間を潰し家を出た。
ここは人が多く行き交い、田舎に暮らしていた僕にはまだちょっと慣れない都会。
田舎か都会どっちが好きと言われれば田舎だが、都会に憧れていたのも事実。
自転車での通勤は人が多い為歩きで通っている。
大学は原付で通ってはいるけど、バイト先までそう遠くは無いのに原付で行くのもガソリンとかもあるし控えて、節約というのをしていた。
僕の働いている場所は鶴屋書店という本屋。
今日も今日とて頑張らないと。
「おはよう!優之介くん!」
「おはようございます!鶴屋さん」
幼女体型の店長と挨拶を交わすと、
「はろー!」
次は本棚を掃除していた原さんが挨拶をしてきてくれた。
「おはようございます!」
ここまでは何も変わらない日常。そして、
「おはよう!本上さん」
返事がない。これもまた日常であった。
制服に着替え、レジの仕事を交代したは良いが珍しくお客さんが少なく、暇と言う言葉がしっくりくるこの状況。
「優之介が来た途端に暇になっちゃったね!」
原さんも自分の仕事を終えたのか、僕の所に来てはそう話しかけてきた。
「まるで僕のせいみたいな言い方やめてもらえますか?」
原さんは、アハハと笑い、
「そういう意味で言ったんじゃないよ」
と僕をからかうのが楽しいのか、笑いながらそう言った。
「優之介くんと美佐ちゃん!見て!やっと新刊届いたよ!」
大体145cmの小さな店長の鶴屋さんが重たそうにダンボールを持ってきては中身を見せてくれた。
「あ!この小説新刊出てたんですね!」
「優之介くんなら知ってると思ってたけど」
鶴屋さんの僕の印象がおおよそ予想がついたところで、
「この小説1年くらい新刊出てなかったので、チェックするのやめてたんですよ」
ラノベとか好きな人なら分かってくれるよね?この気持ち。
「でも書く人も大変だよね。この人って何冊か掛け持ちで書いてるよね。そういう人って登場人物とかごっちゃんになりそう」
「それでも納得いく話を書くっていうのは凄いよね」
二人の話を聞いてコクコクと頷いている僕。
原さんは元々そんなに本を読まない人だったらしく、ここで働くようになってから本を読むようになったとこの前聞いていたが、それにしてはやけに詳しかったりする。
原さんは読むスピードが早いのかな。
鶴屋さんは言うまでもなく、小さい頃?から本が大好きらしい。
そしてここでの問題児の本上さんはもう見るからに本が好きで好きで堪らないといった印象を受ける。
「そういえば本上さんって僕と同じ歳なんですよね?」
ふと疑問に思ったことを口に出した。
「そうだよ!大学も通っているよ」
そう鶴屋さんが教えてくれたが、僕はどこの大学かは聞かないでおいた。
僕も自分の通っている大学は仲良くもない人に知られたくないし。
「それにしても本を読んでるだけで働かないですね」
僕が入ったときからずっと、バイト中本を読む以外の行動を見たことがない。
あれで僕と同じ時給かと思うも、本人に何か言う勇気などは持ち合わせていなかった。
「いやいや!開店するときに通学路だからって朝早く来てくれて手伝ってくれたりしてるんだよ?」
「「そうなんですか!?」」
原さんと僕が同時にそう言うと、鶴屋さんはうんと頷いた。
「新刊とかの情報とか!...そうだ!この漫画や小説の配置も夢子ちゃんが決めてくれてるんだよ!」
どうやら鶴屋さんは本上さんを気に入っているらしく笑顔でそう語ってくれた。
そんなことも知らずに本上さんを給料泥棒扱いしていた僕は罪悪感にのしかかられていた。
「そういえばこの前、鶴屋ちゃんが売り上げが延びたって言ってたけど、本上ちゃんの配置決めと関係があったりするの?」
「そうなんだよ!夢子ちゃんは凄い子なんだ!」
僕はどう凄いのか気になり本棚へと目をやると、そこまで気にして見てはいなかったけど、よく見ると小説のコーナーにちょくちょく漫画も間に入っていた。
なるほど。小説が漫画化したやつは1巻だけ間に挟んで置けば宣伝にもなって買う人もいるかもしれないな。
中々凄いことしてると感心してしまった。
「ほらほら!お客さん来たから!」
原さんの言うとおりゾロゾロとお客さんが書店へと足を運んできた。
それから数時間お客さんの対応に追われ、無くなってしまった小説やらを補充していたら上がりの時間になってしまった。
5時間という短いバイトをこなした僕は、従業員の部屋に戻り更衣室で着替えを済ました。
「お疲れ様でした!」
中に戻り挨拶をすると、
「お疲れー!」
「おつー!」
など、優しい皆は挨拶を返してきてくれた。
ただ本上さん以外だけど。
僕はこの時、考えてしまった。意外とこの書店に貢献していた本上さんに挨拶をしないのは失礼なんじゃないかと。いや、一応皆に向けた挨拶のつもりだったんだけどね。
「本上さんお疲れ様!」
そう言ったとき、原さんと鶴屋さんが同時に僕の方を向いたのは視線を感じたのでわかったしまった。
気まずい空気の中、本上さんは挨拶されてビックリしたのかショートカットの髪を少し揺らしながら、クリクリとした綺麗な目をこちらに向けた。
「あ、お、おつ..かれ.さま」
彼女も女性だ。なんとも言えぬ透き通る声をしていた。
挨拶を返された僕の方が、今驚いてるんじゃないか?
「ま、またね!」
「また...」
小さい身体をこちらに向けて、手を振ってきてくれた。
やばい。可愛い。
こうして僕の休日は、家に帰っても本上さんのことで頭がいっぱいの状況で終わった。
この作品を見たことがあるなって思った方、ありがとうございます。
元々リアルという名前で投稿していましたが、パスワードを忘れてしまい新しい名前で、また投稿させていただきました。
心機一転ということでこれからも宜しくお願い致します。