第6話『ママと秘密の花園』※
冒険者は寝袋に包まれながら、ボソリと呟く。
「……寝るには最適の場所だが、安眠するには最悪の場所だな」
まさにその通りだった。
この森は珍しく魔物や野獣が出ない安全な場所である。近場にダンジョンや遺跡も少なく、おまけに野盗も出ない。旅人や商人、冒険者の疲れた脚を休ませるには、最適な場所と言えよう。
それはまったくもって問題ない。むしろ好都合と言える条件だ。
だがしかし、そういった場所には、必然的に多くの人が集まるようになる。
そして夜になれば、持て余した欲望を発散すべく、それを行う者も出て来る。
愛という名の熱。それは共鳴するかのように人から人へと広がり、淫美な空間が森に充満していく。
気付けば森は、嬌声が木霊す場と化していたのだ。
冒険者は寝袋の中に潜り込み、耳を塞ぐ。
(ううぅ……寝れない……頭がどうにかなりそうだ。安眠の尊さが理解できるよ……)
そうこうしていると、寝袋に何者かがゴソゴソと侵入してくる。
「よい、しょっと」
「よいしょっとじゃないよ! なに自然と人の寝袋に入って来るんですか!!」
「え? だってこの森って、こういう場所なのよ」
思わせぶりなセリフに、冒険者は思わず息を呑む。
豊満なバストと魅惑のヒップを持つ美女――その彼女から誘惑とくれば、直ぐ様陥落するだろう。
冒険者は背中に密着された、極上のボリュミーな乳房を味わいながら、これから起こる事に胸を高鳴らせ、生唾をゴクリと飲みこむ。
そして女性は、冒険者の耳元でこう囁く。
「他の女が、よからぬ事をしに来るかもしれないでしょ! どんな病気を持っているかもしれない危険な女から、みーくんを守るため、こうして密着警護しているの。嫌? 嫌じゃないよね?」
「そ、そうですよね。そういう意味ですよね」
期待した俺がバカだった。冒険者は自らの煩悩を恥じつつ、下半身の熱をほぐそうとする。彼は頭の中で素数を数え始めた。
(落ちつけ。大丈夫だ問題ない。ビー・クールだ。まずは素数を数えて心を落ち着かせよう。2、3、 5、 7、 11、 13、3、8、3、8、3…… )
冒険者の頭から素数が消え、意味深な『3』と『8』が支配する。その数字がなにを意味するのかは、言うまでもないだろう。
ママこと、女性が押し付けるたわわに実った肉の果実――。
そして胸とくれば、自然と尻が連想されてしまう。男という生き物の、悲しき性だ。
その元凶である女性が、なぜか冒険者の寝袋から抜け出る。月夜に照らされた彼女は、魅惑的な後ろ姿だった。
もしかしたら、彼女に不快な思いをさせてしまったかもしれない。
思わず冒険者は、月に照らされた彼女に向かって尋ねる。
「どうしたの? 俺、なにか――」
「大丈夫、ママはちゃんとここにいますからね~❤」
いつもと変わらぬセリフ。まるで赤ん坊を癒やすようで、本当に血の繋がった息子をあやすかのような、温もりのある優しい言葉――しかし、なにかが違う。冒険者はなぜかそう感じた。
そして女性は、目にも留まらぬ疾さで手を振るう。銀色の光跡が木々の間を駆け抜ける。
彼女が投げたもの。それはスローイングナイフだった。
もちろん冒険者が買い与えたものではない。おそらく先のゴロツキとの戦いの際、彼らの懐からくすねたものだろう。
スコーン!!
スローイングナイフが木に当たり、清々しい音が木霊する。
女性は悔しげにボソリと呟く。
「外したか……」
闇夜に輝く月。その光を背に、何者かが舞い降りてくる。
女性はその人物に向かって駆け出す。そしていつの間にか手にしていたウォーハンマーを振り下ろし、侵入者を撲殺しようと試みる。
一方黒き侵入者は、女性の攻撃を先読みし、すべての攻撃ひらり、ひらりと躱し続けた。
女性の猛攻は収まらない。まるで宿敵にでも出逢ったかのように、執拗に、一撃一撃に恨みを込め、ウォーハンマーを振るい続けた。
女の形をした、荒ぶる鬼神――。そんな彼女に向け、冒険者は叫んだ。
「待って! 彼は敵じゃない! やめるんだ!! 攻撃中止! 中止だ!!!」
その言葉に女性は耳を傾ける。一旦攻撃を止め、侵入者との距離を取る。
「なんで止めるの?! こいつは魔族!! 人類の敵よ!!!」