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プロローグ 俺様野郎の初めての失敗

 朝日がまた一段ときれいに見える。そう考えるほどに、俺様は暇を持て余していた。

 朝の起床時間は日陰の位置を見て判断するに午前9時あたりで、その少し遅めの起床時間は、毎日の俺様の自堕落な生活の象徴である。

 瞬きを二、三度繰り返して、清潔感あふれる白のベットから体を起こし、コンクリートの灰色が薄暗さを少しばかり醸し出す天井に向かって両手を掲げて伸びを一つ。

 鬱陶しく陽の光に照らされる外の世界に目をくれれば、今日も緑鮮やかな森林の景色が広がっており、耳をすませばまだ微かに小鳥のさえずりさえも聞こえてくる。

 森の向こう側には対照的に騒がしい小さな町が一つばかり、ガヤガヤと聞こえてくる喧騒は、セクセクと村民たちが勤勉に働き始めていることを表しており、俺様とはどいつもこいつも対照的で、聞くも心地に悪く目をそらすも気分が悪い。

 

「聴覚落とす方法とかねぇんだったか・・・・。いや、俺様の場合はすぐに再生するから意味が無いのか」


 ふと浮かんだ魔法の開発案に自ら興味を抱くも、すぐにその無意味さを自覚しながら混凝土に裸足をついて立ち上がり、全面灰色のレンガで囲われた遊びっ気のない寝室の出口へと足をすすめる。裸足に伝わる朝寒で冷えたレンガ特有の冷たさは、冷たすぎず落ち着きがある温度で妙に心地が良い。

 夏場の日中でもこれを体感できる魔法の開発も悪くないかもしれない、などと馬鹿らしくもそんな新案が頭の中をよぎり、どうせ暇なら作ってみてもいいかと割と本気で考えながら、俺様は寝室を後にした。


 やはり面白みのない全面灰色の廊下を歩き、朝食を摂るべく居間へと足を進めている。曲線状に少し曲がっている廊下には板こそ貼られていないものの規則的に窓が存在する。そこから見えるのはやはり森の姿と、広大な湖が一つ。日差しが反射する水の色は透明感のある美しい水色で、見て取るようにわかる水質の良さは獣たちが水飲みに来るほどだ。

 両手を後頭部にやりそんな日常の穏やかな風景を見渡しながら、階段を6段ほど下って、また続く廊下の右脇に見える一つだけ赤く目立つドアの方へと趣き、凹みの有り古めかしいノブを回して居間へと入った。


 入ると既に魔法道具による予約タイマー機能により作り上げられていた朝食を尻目に、木製の椅子へと座り、ふぅ、と一息。朝食の置かれた一人暮らしには似合わぬ大きなダイニングテーブルは、静寂な居間へとさらなる孤独感を連れ込んでくる。

 テーブルを変えるなりなんだりすればいいのだが、それもなんだか負けた様な気がする独り身25歳の今日このごろだ。

 

 手で運ぶのも面倒なので、膝の上で遊ばせていた自分の指をパチンと鳴らす。

 

 空気を音が振動すると、それに合わせたように雰囲気が少し変化する。生まれたときから付き合っていれば今や慣れたものだが、はじめの頃は神妙なこの雰囲気が持つ独特の緊張感が体を震わせたものだ。

 数秒の時を得ると、ふわりと火加減良く焦げた朝食のフランチパンが浮かび上がり、柔らかく空中をほんの少し上下する。

 机の下で人差し指を自分の方にクイッと動かすと、ゆっくりとパンは自分の口へと移動を始める。

 

「俺様こんなくだらない魔法まで考えてたんだな・・・・・」


 自分の稚拙な発想に呆れつつも、口を開けて待ち構える、と・・・


「にゃぁ・・・」

「ん?・・・・ポンタか」


 声に反応して斜め下の方向に視線をやれば、黒の中に白い斑点を幾つか含んだ子猫が一匹。

 彼は俺様の唯一の同居人であり、寂しさを紛らわせてくれるマスコットキャラクターだ。ちなみに猫なので俺様は一人暮らししているのと変わらないと考えている。

 ふりふりと揺らしている尻尾の先に、音符の形がかたどられているのを始めてみたときは、本気で子猫なのだろうかと疑ったものだ。

 そんなふうに眺めていると忘れかけていたパンが頬のあたりに優しく触れて、すぐに口を開けてぱくりと咥えた。

 右手で持つと小さく噛み切って、咀嚼した後飲みきると太ももに肘のあたりを置いて前向きになってポンタに向き直る。パンはバターとイチゴジャムの、甘さと脂身のある味付けだった。


「どうしたポンタ」

「にゃあ・・・・。にゃあ・・・・」

「・・・・・うん。悪い。普通に聞いてもわかるはずなかったわ」


 言うとポンタの手のひらに収まる程に小さな頭を軽く擦って、口のあたりの毛をやさしく撫でて魔法をかける。撫でた時に目を細めるポンタの仕草は、いつ見ても可愛らしい。

 手を離すとポンタはこちらを見上げて口を開き流暢に舌を使い始める。


『コウ。僕の朝ごはんまだできてないの?』

「あ?いつものお前の部屋の奥においてなかったのか?」

『きれいに洗われた銀色の食器が一つ置いてあった』

「食材切らしてたか・・・・・。わりぃ」

『いいよ別に。お昼まで我慢したほうがいいかな?』


 なんて良い子なのだろうかこの子は。ポンタとは青年期からの長い付き合いになるが、この優しさにはいつも愛おしさを感じてしまう。小動物の力とは恐ろしいものである。

 謝る時に合掌した手のひらを離しながら、流石に何もやらないのは無情だと考えて、テーブルの皿に戻したパンをもう一度手に取ると真ん中で半分にちぎって、ポンタに申し訳な下げに片方を差し出しす。


「これだけでも食っといてくれ」

『おぉ。美味しそうなパンだね。でもこれバター塗ってあるけど僕が食べて大丈夫なんだっけ?』

「なんかあったらバター製造してるとこ全部潰しとく」

『災難だなぁ・・・・。そもそも猫向けにバター作ってるところなんてないのに』

「消費者に合わせられない生産者なんて潰れときゃいんだよ。まぁ、なんかあったら解毒の魔法あるし」

『じゃあ、いただこうかな』


 そもそもポンタが差し出した時に既に前足で触っていたので、そうなる以外は捨てるしか選択肢はなかったのだが。

 床の上に置くと小さな口でボソボソとポンタは食し始め、それを見ると俺様も机に向き直って自分の分を食べ始めた。

 少しばかりだけそんな沈黙があったのち


『ねぇコウ。いつまで一人でいる気なの?』

「ポンタが居るから別に一人じゃねぇだろ」

『僕そろそろコウとふたりきりで居るの飽きてきたんだけど』

「いきなり辛辣な発言だなそれは・・・・・」


 苦笑いしながら返答する。


『街に出れば女の子もよってくるでしょ?一応、コウは技術的にはすごい魔法使いなんだし。こんなくだらない魔法道具作るのに日々明け暮れていても』

「ポンタお前もしかして朝ごはんなかったの怒ってたりするのか?」

『いや、そうじゃなくてね?単純に8年もこんな塔の中で二人で暮らし続けてたら、流石に生活に飽きを感じるんだよ』

「また暇つぶしの道具マジックアイテムこしらえてやろうか?」

『その返しも飽きたってわかる?』

「お前やっぱ怒ってるだろ!?」


 首を傾げてさも当たり前のことを告げるように俺様の作品たちをけなされたことに、衝撃と確信を持って席を立って焦りながらも問いかけた。

 そんな返答を受けたポンタは『本当に怒ってないんだけどなぁ・・』と、また音符の着いた尻尾をふりふり揺らしながら、普通の猫にはないような柔らかい表情を浮かべて困ったようにそう返す。


『コウが人付き合い苦手なのは知ってるけど、関わらないとうまくなることもないんだからね?』

「母親みたいなことを言うなよ・・・・。別に人付き合いが苦手なわけじゃねえぞ?ただめんどくさいだけだ」

『あ、うん。わかったからとりあえず町に行こっか』

「たしかに今のは呆れるほど典型的な返しだったかもしれないけど無視はやめてくんねぇかな!?」


 目を細めて呆れたようにそんなことを言われてしまってはこちらの立場もあったものではない。

 ポンタは懇願する俺様の言葉に『はいはい』と棒読みで受け応えながら、こちらに近づき滑らかに跳躍すると俺様が先程座っていた席へを登る。


『じゃあ別に町にでろとは言わないからさ、誰でもいいから連れてきなよ』

「無理だろ。俺様が近づいたら町の奴らも逃げてたし」

『そりゃ見かけた人全員にあんなひどい笑顔浮かべたらそうなるでしょ・・・・』

「ポンタなんで今日そんなにひどいこと言うんだよ!?」


 いつもはあんなにいい子だと言うのに、今日はどうしたというのだ。

 するとポンタはゆっくりと椅子の上で体を丸めて、尻尾を自分の顔の前でパタパタしながら、


『えっとね。もう少し賑やかだともっと楽しいかなぁと思って』

「そりゃまた唐突にどうした・・・」

『なんとなくだよ。少し思っただけ。別に無理に矯正したりしないけどさ、ちょっとこのまま僕とコウだけで生きてくのも退屈かなぁってさ』

「・・・・・・そうか」


 寂しそうにそんなことを語るポンタの態度に、なぜだかこちらも同調してしまいしんみりしてしまう。

 朝から何をやっているのだろうか、ふと気まずくなって天井のレンガとレンガの間を見上げながら、残りのパンを口へと運んだ。


「よし、わかった。誰か連れて来てやるよ」

『本当に?』

「おぅ、俺様は嘘をつかねぇ男だからな!」


 そう言ってできる限りの笑みを作って言ってやると、


『コウ、その笑顔は禁止だからね?』

「・・・・・」


 そんなふうに諭されてしまった。




 そして約束を守るべく、勿論誰かをつれてこようなどとは考えてない俺様は、魔法で人間を生成してやろうと、本と魔法陣が描かれた漉いた薄手の紙が散乱している作業場に趣き、−−現在。


「おぬしが私のお師匠様か!」


 予想外だった。明らかに、完全に、どこをどうとってもこうなるとは思いもしなかった。

 魔法陣の書かれた紙の上に尻餅をつく俺様の腰の上に乗り、今喜々として俺様に話しかけたのは綺麗な色白の全身の肌を晒し、サラサラときらびやかな長い赤髪を揺らす、顔立ち整ったの美幼女。


「なぜだ・・・・・」

「私の名前を名乗ろうにもまだ名前がないのだが、まぁ、とりあえずは名無しちゃんとでも親しみを込めて呼ぶといいぞ!」

「なぜなんだ・・・・・!」

「ええっと・・・・・」


 それは俺様の人生初めての失敗であり、はたまた神のいたずらで−−


「とにかくこれからよろしく頼むぞお師匠様!!」

「なんでこうなったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 誰でもいいから説明をしてくれと、誰にともなく世界で一番の知識者である俺様は、小さな体に抱きつかれながら、そんな同仕様もなく誰にも答えようもない悲鳴を上げるのだった。

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