✝霧の街の怪物祭
ハッピーハロウィーン!
でも作者には縁がない!話だけでも!
ボクは気が付けば見覚えのある町に立っていた、その日は年に1,2回ある晴天の日
ボクは鼻歌を歌いながらスキップで職場に向かっていた
ああ、これは夢だ、何故ならボクはこの光景を何度も夢で見たことがある、きっとまた同じ悪夢だろう
あの時のボクはすっかり浮かれきっていた、大家さんに待ってもらっていた家賃を払うどころか半年先までの家賃までもを払い終え、それでも手元に残ったのは3000万近い大金、浮かれるのも無理はない
とても上機嫌だったボクの視界が夜の光景に変わる
ここから…ここからだ…ボクの悪夢はここから始まる
もう終わったことだから、ボクはこの光景を見ることしかできない
それに例え、ここでボクを助けることができたとしても、所詮ここは夢の中、目が覚めればあの残酷な現実が待っている
普段は安物の服しか買わないボクだが、この日は有り余る金を手に少し高いがおしゃれな服を買い込んだ
普段は映画なんて生活費が消えるだけと考えて見に行かないボクが、流行りの映画なんて見に行った、感動して泣いた
そして、普段はチラシをすべてチェックして、あらゆる店を回り一番安い食材しか買わず、調理にもお金を掛けないよう拾ってきた薪で料理するほどのボクが…外食なんて物をしてしまった
肉なんて久々だった、寿司なんて子供の時の誕生日以来だ、もやし以外の野菜も久しぶり、こんなに濃い味付けの料理なんていつ以来だろうか…
ここまでは本当に夢のようだった、でも夢じゃない、ボクはあの時の楽しかった、楽しすぎた思い出をこうして夢で見るほどよく覚えている、まあ悪夢もセットで着いてくるのが考えものなのだが…
視界が切り替わる
普段は震えるほど冷たくて寂しい、でもどこか愛おしい静かな夜、でもこの日だけは光の下に照らされたカーニバルの夜だった
そしてカーニバルは終わりへの序章だった
ガラスが割れる音、床にぶちまけられる豪華な料理、周囲の人の悲鳴、骸の巨人は夜の街を練り歩き、たった一人のパレードを行って、滅びだけを残して逝った
そしてまた視界が切り替わる
いつも通りの霧がかったこの街の朝日の中、壊れた街でボクを見つめるのはあの憎たらしい黒焦げ肌の上司だった
ハロウィーン―霞叢地・死者の宴―
「おーい、大丈夫かお前?」
「うぅ…借金…借金が…」
窓のカーテンが閉じられたある建物の二階の一室、そこにあるソファで櫻木は項垂れていた、その顔色は悪い
「いやぁーしかしすげえな、5億の借金って、俺人生ゲーム以外でそんな借金初めて見たわ」
「うがああああああ!」
「落ち着け、とても20代の女が出す声とは思えんぞ」
「うぅ、うぅぅぅぅぅぅ…」
「泣くなよ、幸い半年分の家賃は払ってたんだろ?なんなら事務所使っていいから」
「うぇ…うぅ…」
「なあ、元気出せって、ほらこういう時はアレだ、飲んですべてを忘れて…あっ…」
そういやそうだった、とクリスが自身の発言の失敗に気づくがもう遅い、クリスの言葉は櫻木の心を容赦なくえぐった
「ええ、ええ、そうですよ、ボクは飲んですべて忘れましたよ…その結果が酔った勢いで街を恐怖に陥れましたよ…」
「すまん」
「うええええええぇぇぇぇん!」
うるさいなぁ、と面倒くさそうに耳を塞ぐクリスであったがこのまま放っておくわけにもいかない、彼は借金を背負った後輩と縁を切るほど薄情ではなかった
が、かといって彼は連帯保証人の類になってやるほどのお人よしでもなかった、借金の原因が酒であればなおさらのことである
「…先輩…」
櫻木は何かを思いついたようにソファから体を起こした
「…なんだ」
「3000万…ありますよね…」
「やらんぞ、絶対にやらん」
「くそがぁ!この薄情モノー!」
「はいはい、女の子がそんな汚い言葉使うんじゃありません、それに5億が4億7000万になったところであんまり変わらんだろ」
櫻木は再びソファに突っ伏した、彼女の顔を除くことはできないが、うっうっ…という呻き声からしてだいたいの表情は察しが付くだろうが
「だいたい、そんなに早く人の金を宛てにしようとするんじゃねえ、せめて仕事ありますか、とかあるだろうに」
「そんなものあるんですか?」
「お、おう、そんな急に真顔で聞いてくるなよ」
「あるんですか?」
「…ないけど」
目を見開き固まりきった表情でクリスの胸ぐらをつかみ、問い詰めていた櫻木はそのままの表情で涙を流し、その場に崩れ落ちた
「もうだめだ、おしまいだ、ボクはこのまま多額の借金で身動きが取れなくなって、借金取りから逃走して冬の教会でルーペンスの絵の前で死ぬんだ」
櫻木はその場に女の子座りで両手をついて首を斜めに倒し、虚ろな目で虚空を見つめていた、両目から声を出さずに涙を流すその姿はどこか犯罪的な雰囲気があった
「お前はネロじゃねえよ」
しかしクリスはその姿を見てもツッコミを入れるだけで情の欠片も見せない
「先輩…生命保険入ってます?」
「何考えてんだ、怖えよ」
何も見ていない目でぶつぶつと文字通り呪詛を吐き始める櫻木を後目にクリスは、ゴソゴソと箪笥を漁り始める
クリスの後方では陰陽術の使い手である櫻木のせいで異界が広がり始めているのだが彼は全く気にした様子を見せない
「おっ、あったあった」
「…先輩?」
「ほい、おお似合う似合う」
クリスは箪笥から取り出した黒い三角帽子-魔法使いなどが被るであろうそれを櫻木の頭に乗せた
「まあそう落ち込むな、人生意外と何とかなるさ、それに今日はハロウィンだぜ、一日くらい借金のことを忘れてはしゃごうや、今日くらいは俺が金出してやっからよ」
「先輩…」
「ほらさっさと行こうぜ、今日は無礼講だ」
「その調子でボクの借金返済の手伝いも、痛あ!」
「調子に乗んな、お前の仮装サキュバスにすんぞ」
霞叢地中心にある大通りは相変わらずの霧がかかっているが、大量の電灯が道に沿って立っており見通しは良い
今日は年に一度のお祭りの日、霞叢地はもともとの不気味さを生かし、ハロウィンには街全体が協力してこの広い大陸でもかなり大規模の祭りを開催する
この日は多くの観光客がやってくる、街の商業関係者にとって所謂稼ぎ時であった
しかし、殺し屋もとい便利屋稼業であるクリスたちにはあまり経済効果は得られず、純粋に祭りを楽しんでいるクリスはさておき、多額の借金に苦しむ櫻木の顔には悔しさがあふれていた
「毎年思うがすげえな、こんなの本物と仮装の区別がつかねえんじゃねえか?」
「嗚呼、みんな浮かれてる…祭りのときはなんでこんなに物価が高いんだ、ボクを餓死させるつもりなのかそうなのか?」
祭りに集まった人の半分以上は怪物の姿をしているが、如何せん獣人種や吸血鬼などの亜人種が存在するこの世界では仮装と本物の区別がつきにくい
クリスが街で見たのは狼男や魔法使い、喋る人形に包帯グルグル巻きのミイラ、かぼちゃ頭のジャック・オ・ランタンといった怪物の数々だった
あからさまに仮装とわかるものもあれば、魔法を駆使し非常にクオリティの高い仮装をしているもの、はたまた狼の獣人やクリスのような本物の怪物種
街は死者や魔女や怪物といった異形が跋扈する楽園と化していた
「だいたいいつもの物価でもボクの生活は危ういっていうのに、なんでわざわざ現金が尽きかけたこのタイミングでこんな行事やるんだ…」
「おーい、何か骸骨出てきてんぞ、パフォーマンスと思われてるからやめてくれ」
「…みんな楽しそうだなボクは全くそうじゃないってのに…」
「ああもう、仕方ねえな」
クリスは一旦その場から離れるが、櫻木はそれに全く気付かない、完全に自分の世界に入り込み、呪いを吐き続ける
嘆きを呼びかけだと勘違いした骸骨たちが次々と櫻木の周囲に現れるが、時期が時期であるため周囲の人々は気にする様子を見せない、せいぜいあの人の気合の入り方スゴイ、といった感想を抱かれるくらいである
「おーい」
「…なんでこんな…」
「うわ全然聞こえてねえ、まあいいか」
返ってきたクリスは去るときは持っていなかった紙袋からドーナツを一つ取り出す
「Trick or treat?」
そしてその言葉とともにこの世を呪い続ける櫻木の口にドーナツを突っ込んだ
「わぷ、いきなり何するんですか!」
「いや全然話聞いてねえもんだから、お菓子といたずら両方だ」
「のどに詰まらせたら、んむっ、どうするつもり、はむっ、だったんですか!?」
「文句言う割にはしっかり食ってるじゃん」
「もぐっ、食べ物を残してはいけませんよ、お菓子ならなおさらです」
ドーナツを食べ終え、キリッとした表情で言う櫻木、そしてやはりクリスはマイペースに自分の分のドーナツにかじりついた
「先輩」
「んー?」
「ハッピーハロウィーンですね」
追加のお菓子を手に、花の咲くような笑顔だった
「そうそう、せっかくの祭りなんだからそうやって笑っときゃいいんだよ、それに死者があの世から来る祭りだからな、お前のじいちゃんに辛気臭い顔見せないようにな」
「あはは、面白いこと言いますね、死者は適切な呼びかけが無いとこの世には来れませんよ、それにおじいちゃんならこの間吸血鬼の前に桜の依り代となって砕け散ったのがそれです」
「…悪魔か、お前やっぱ陰陽師なんて聞こえのいい物じゃなくて死霊術師だろ」
「む、失礼ですね、ボクは先祖代々、由緒正しい陰陽師の家系ですよ」
「じいちゃん泣いてんじゃね?」
Happy Halloween!
~魔法使いの食道楽その6~
『ドーナツ』
アリス「今回はクリストファーが櫻木の口に突っ込んだドーナツだ、人の口にいきなり食べ物を突っ込むのは窒息などのほかに物によっては歯が折れたり抜けたりする危険があるから絶対にやめような!」
アリス「ドーナツの発祥はオランダのお菓子『オリークック』だ、これはボール状の小麦が主材料のお菓子で生地は今のドーナツとあまり変わらない。ちなみに今の穴の開いた輪っか状のリングドーナツは19世紀ごろから見られるようになった、オリークックは17世紀より前には存在していたらしい」
アリス「ドーナツの名前の由来はドウ(小麦)のナッツ(木の実)という意味だ、元々はナッツ…せいぜい栗くらいの大きさのお菓子だったんだな、ちなみにドーナツの穴は熱の通りをよくするために開けられている」
アリス「ものにもよるが、ホットケーキミックスなどを使えばパンよりも簡単に作ることができることもあり外国では朝食代わりに作られることもあるみたいだ」
アリス「サーターアンダギーにチュロスやバーライナーなど、広義的にみるとドーナツの範疇に入るお菓子は意外と多い、このお菓子は手軽に作れて美味しいから様々な発展を見せたんだと思う」
アリス「先に述べた通りホットケーキミックスを使えば簡単に作れるから暇つぶしに作ってお菓子に食べるといいと思うぞ、ただし基本は油で揚げるからコレステロールやカロリーに注意だ」